ミナトの訓練
シヴィルの話がつづくので息ぬき、閑話の閑話です。「その後の話」の後日談。覚醒したシヴィル、いっぽうミナトは――――。
「えいっ、たーっ」
ミナトは気あいの声と共に飛びこむ。振った剣はうなりをあげて訓練場の中央にいた男の手元をはじき、木製の剣は地面へころがった。
「ちょっと、ラルフ! 真剣にやってよ! 」
あまりにあっけなく剣は落ちて、相手がぼんやり突っ立っていただけなのは明白だ。こっちは革のヘルメットで頭をガードしてるのに、彼ときたらチュニック1枚でヘーゼルナッツ色の髪をなびかせてる。
いまからコンビニへ行くような革サンダルの男が手を抜いてるのはあきらか、ミナトは剣を振りまわして怒鳴った。兵長の指導もあって、かまえが板についてきたところなのだ。
木剣をひろったラルフは困ったようすで髪をかいてる。
兵士達にくらべたら甘い訓練メニュー、せめて守られる姫さま的立場はへんじょうしたいとミナトは思っていた。ツァルニ兵長も協力して訓練に付き合ってくれる。なぜツァルニなのかというと一番剣さばきが上手いから、他の兵士では手加減の度合いがちがって危険だ。
兵長の邪魔にならない訓練は週1回ていど、チャンバラジムみたいだけど真剣そのもの。
そこへ割って入ってきたのがラルフ。膝を擦りむいたくらいで大騒ぎするので、スケジュールを知られないようにしていたはず。どこで耳にしたのか、訓練時間に広場へちゃっかりと立っていた。
ミナトが頬を膨らませて木剣を振り回したら、眉をハの字にしていたラルフは剣をかまえた。
「すまない、本気を出す」
剣の柄が握力で割れそうに軋んだ。摯実にしてほしいと頼んだものの、迫力をました相手にちょっと怯む。彼の本気オーラでまわりの空気はゆらめいた。
こんなことで足を止めるミナトではない。妖精やドラゴンたちと出会い、世界を変えるために立ち上がった元リーマン。ドラゴンの背中にも乗ったし、グスタフとも対等に会話した。
「やーっ!! 」
全身全霊でとびこみ、大胆に振られたミナトの剣はラルフのふところへ迫る。
カン。
ポイッ。
ミナトの刃はラルフの剣身へ当たり――正確には受け止められて弾かれた。木剣が手からすり抜け、あさっての方向へ飛んでいく。剣をふった余波で筋肉もりもりの腕が風圧を起こしぶつかった。
「あっ」
ぶつかったと言ってもほとんど風圧だ。強風に飛ばされたミナトは、へたりとその場へ倒れる。
体格差があってウェイトも差がある。蛮族をなぎたおし、グスタフでさえ圧倒する英雄はとてもつよい。ひ弱な元リーマンが勝てるはずもなく、紙きれのように地面へ転がった。
「ミナトォォォ!? 」
叫び声をあげたラルフに抱えられ、ヒギエアのいる詰め所まで運ばれた。三十路をこえた男がお姫さま抱っこされて大衆のまえを通りすぎるのは、なかなかの羞恥プレイだった。
詰め所へはこばれ長イスのうえに降ろされた。声も出せずうつむいていたら、ヒギエアが頬の土をはらい落とす。
「仲のいいこと、土が付いてるだけよ」
「良かった! ミナト、ほかに痛むところはないか? 」
安心したラルフが頬ずりしてくる。ところが、拳を握りしめたミナトの手は震えていた。
「ラルフのバカッ!! 」
「ミナトォー!! 」
ラルフの手を振りきって詰め所をとび出した。人けのない場所まで走り、川べりの小道へたどり着く。
訓練を中断してツァルニに謝りたいけど、あんな場面を目撃され恥ずかしくて戻ることは出来ない。ラルフとちょっとぶつかっただけで倒れ、抱っこされて運ばれた。思い出しただけでも赤面する。
小道をぬけて、川べりの階段へ腰をおろした。青い川は変わらず悠然とたゆたってる。
大人げない態度をとったのも後悔している。ラルフはミナトよりずっと若い。行きすぎた行動を諫めたり言い聞かせるのはミナトの役目、さっきは羞恥のあまり子供っぽい態度をとってしまった。
「はぁ……」
「昼間からゆううつ? 」
「うわっ」
誰もいないと思ってたら、シヴィルが背後にいた。訓練場のことを見られて揶揄われると思ったけど、隣へ腰をおろして沈黙してる。
「ラルフはさ、ミナトのことがすごく大切なんだと思うよ」
すこし間を置いてシヴィルが意見を言った。何を考えてるか分からない彼は、たまに16とは思えない表情をすることがある。諭されて、ミナトは穴があったら入りたい気持ちになりながらもうなずく。
彼の口元は三日月形へもどって、いつものシヴィルになった。
「ところでミナト、あそこ、ナルトォみたいな~」
「ナルトォ? ああ、流れが渦巻いてるね。川だけどこっちでも鳴門って表現するんだ? 」
川の流れが渦をまき、指さしたシヴィルは奇妙な発音で語りかけた。ミナトの反応が納得できなかった様子でそばへ寄り、こっちを注視する彼の顔はちかい。挙動はちょっと変だけど普段からこんな感じだと思う。
竜人の国に忘れた本のことも質問してきた。
竜人の国へ忘れてきたカバンのことを回想して食堂でつぶやいた気がする。詳細はふせて料理のレシピ本だと明かすとシヴィルはどこか残念そうにうなった。ラルフ以外には先進的な物について隠してるから注意しないとだめだ。
「もしかして絵がたくさんあるヤツとか、無いのかなぁ~」
今日はやけに食いつく、こうしてのんびり話すのは動乱の前以来で久しぶり。そういえば市場で銅貨を借りっぱなしだった。もしかしたらシヴィルは遠回しに気づいてもらおうとして――――、ハッとしたミナトは口を開きかけた。
「誰がさぼっていいと言った!? 」
「ひぇっツァルニ! 」
「ミナトの訓練はしばらく中止だ。ラルフ様に知られてしまったから、新しい日程は追って連絡する。おまえは来い、シヴィル! 」
嗅覚のするどいツァルニに見つかり、シヴィルは引きずられていった。銅貨を返しそこねて橋をわたる2人を見送る。会話して気持ちの整理がついたミナトも立ちあがり詰め所へ向かった。
ラルフはヒギエアのいる医務室に座っていた。数十分まえに比べて痩せたように見え、干からびてシュンとした表情だった。彼が悪いわけではない、ちゃんと意思疎通をしなかったミナトにも責任がある。
唾を飲みこんで正面へ立った。
「ラルフ、さっきはごめん。俺、恥ずかしくて……」
帝国兵士のようにムキムキは目指してないけど、ミナトはツァルニとの訓練や強くなりたい意思を話した。すこし倒れたくらいで大騒ぎして欲しくないことを伝えると、彼は頷きながら聞いている。
萎びていたラルフは元へもどり、一直線にむけられる黄金色の情熱を受け止める。仲直りするとラルフは座ったままミナトの腰元へ抱きついた。柔らかいヘーゼルナッツ色の髪へ腕をまわし、彼の温かくて大きい体を抱きしめた。
「――――まあ、ごちそうさま。ところでアンタたち、私のこと忘れてない? 」
頬杖をついて見ていたヒギエアが、片眉を上げてため息を吐いた。
読んで頂きありがとうございます。
湊のまえではウィリアムの記憶がでてくるため挙動不審なシヴィルでした。




