シヴィルのひとりごと9「3度目のチャンス?」
――――どうしようもない世界さ。
『転がる石よ、こんていに怒りを持ちしもの。世界へ変革をもたらす者のひとつ』
どこかで聞いた声。北城塞都市の、いやそのもっと前から知っている。ウィリアムが死んだ時に聞こえた声、ずっと僕に付きまとってる。
ウィリアムもシヴィルも人生を他人事のように傍観してた。決められた道、決まった人生をどこかで諦めていた。どうしようもないのは世界じゃなくて僕だ。
『走りなさい、変えたいのなら。道はあの子が――』
声がふえた。静かなささやき声が方々でひびく。
「うるさいっ、耳元でしゃべるな!! 変えるだって? あれが変わるならいくらでも走ってやるよ!! 」
僕が転がる石だったら、おまえらは苔むして朽ちた化石。僕は僕らしく、道ばたの石のようにどこまでも転がってやる。
あるかどうか分からない心臓がやぶれ、足がちぎれるほど走った。大きな道が交わる先へ見えないくらいの細い道があった。ちいさな妖精がとおった奇跡、僕はそこへ飛びこんだ。
会いたい、もういちど彼に!!!
「あらシヴィルお腹すいたの~? よしよし」
泣いていた僕は母に抱きあげられ背中をさすられた。お腹いっぱいになってゲップして、決意をむねに眠りへついた。
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「じゃ行くよ、母さん」
「気をつけて行くのよ~。これも持っていきなさい」
「そんなに持てないって。そうそう、あの話父さんにもしておいて。焼きリンゴ美味かったよ」
南へいく馬車へ乗る。遠くの畑では来年の収穫にむけ、リンゴの木を剪定していた。父もいそがしく働いていることだろう。
「シヴィルというのか……若いな」
「えへへ。ぴちぴちで役に立ちますよ~」
ニコリとも笑わない兵長と面談する。同じやり取り、向こうは初対面だ。書類を記入していた手が止まりツァルニは顔を上げた。相変わらず不愛想、あの日とおなじ目は窓辺の光を反射して僕を射ぬく。
「……入団試験をするのはかまわないが、本当に受けるのか? 」
兵長は怪訝そうな顔でこちらをうかがってる。前回はなかったやり取り、不思議におもって頬へ手を当てたら原因がわかった。僕は満面の笑みを浮かべていた。
「ああ~気にしないで、これ元の顔ですから」
ぜんぶ白紙、彼は以前あったことを何ひとつ覚えてない。それでもかまわなかった。これから築き上げればいい、僕にとっては障害でもなんでもない、彼がそこに居ることがしあわせだ。
あと、前よりは上手くやる。
入団試験が開始された。訓練所の広場へ兵士があつまってまわりを囲み、木剣をかまえたツァルニと相対して立つ。
「本気で来い」
ツァルニの言葉に僕は笑って木剣を突きだす。チートと言われようが、前世の記憶にあるかぎりの訓練をおこなってきた。対人戦は村はずれでつかまえた盗賊くらいだけど、こんかいの僕はタフだ。
もちろん兵長の動きやクセも覚えてる。前世の入団試験のときは、一太刀どころかその場から動かなかった彼が1歩後退した。
「そっちこそ本気だしたほうがいいっすよ。僕、つよいですから」
今ならわかる、すべての場面で手加減されていた。打ち合いで木剣に亀裂が入り、破片が舞う。ツァルニの剣が視界へせまり、剣筋を見切った僕が頭を低くすると毛先をかすめた。
もとの位置へもどろうとする彼の足を踏んで剣を振りあげる。腿へは当たらず垂直に落とされた剣に防がれた。
「……っ!? 」
相手がバランスをくずしたのを見逃さない。姿勢を低くしたまま大きく踏みこみ、剣を突く。しかしツァルニはとどまり剣をよけた。流れるように体勢をかえて僕の腕へ木剣を振りおろす。
バシィッ。
勝負は一瞬。
「いったぁ~」
ツァルニは兵長の威厳をたもった。地面へ手をついた僕の首元へ、木剣の先が突き付けられる。剣に叩かれた腕が赤くなって、明日は痣になってるだろう。見ていた兵士たちが歓声をあげて手ごたえを感じた。弓の腕を披露するまでもなく合格だ。
差しだされた彼の手をにぎり立ち上がる。
「採用だ。シヴィル」
荒い息をととのえる彼を見て、僕は口元をニンマリさせた。これからもっと強くなる。あなたを越えて守れるほど、そして黒い毛皮の大男も倒せるくらい強く。
(油断してると僕に下克上されちゃうよ、ツァルニ)
気は急くけど焦らない、彼のそばに居られるよう調整もしないといけない。
背の高さは迫ってるけど僕の体は細身のまま、どうやらこの体は限界まで鍛えてもさほど筋肉がつかない。帝国兵士みたいにガッチガチのムッチムチ体型になるには、たんぱく質が足りないのだろうか。
村にいる時、かくれて飲んだヤギ乳では不十分だったようだ。成長期の体はまだまだ伸びしろがある。筋力を強化する食べもの、こんど食堂の親父に聞いてみよう。