エピローグ「平行する未来の君へ」
春に収穫された小麦が港町へ出荷され、町かどでは新小麦のパンの香りがただよう。
朝市で買った果物を提げ、ミナトは青い川の小道を歩いた。
帝国のきずいた防壁は生活のかべが足され住居へ変わった。東方の商人たちが町へ帰ってきて店をあけ、あたらしい商店街の通りはにぎわい、ヴァトレーネは異国の文化が混ざりあった街なみになった。
子供たちが笑い声をあげながら広場を走っていく。
町に学ぶ施設や図書館がなかったため、公共学校をつくって生徒をあつめた。週に何日か子供たちは読み書きや計算など習う。もちろん働き手として来れない子もいたけど、夜以外はいつでも利用できるように開放した。午後から勉強する大人もやってきて互いに教えあっている。
学校の創設はツァルニのあと押しでこぎつけた。よろこんで通うエリークの夢はカッコイイ兵士だと聞いて、ちょっと複雑な気分になる。
邸宅へ帰ったら書簡が届いていた。ツァルニや港町の文官の書簡に手紙もまざっている。封をあけて確認するとナディムからの便りだ。
ミナトがバラウルに乗った日、山脈を舞うドラゴンが目撃され内陸の都市はその話で持ちきり、山へ登る人が続出したが会えた話は聞かなかったそうだ。船で自国へもどったナディムは、さらに東へ行商に向かうと締め括られていた。
つぎに会う時は、東の果てからミナトのおどろく物を持ってくるよ!
――――君の友、ナディムより
手紙を収めるともう1通あった。質のいい羊皮紙はミナトの指輪とおなじ紋章で封蝋されてる。差出人はディオクレス、簡潔な文章でよろこびを伝えている。
三角キャベツができたから送るぞい。
――――ディオクレス
その後、ナディムとディオクレスから米と三角キャベツが送られてきた。
それぞれにお礼の手紙を書いてペンをおいた時、机のすみの鉛版が視界へ入った。後世へ遺すためミナトが町で買ってきた物、石板を掘る気力はないから帝国でもポピュラーな鉛版をえらんだ。ほんらいの用途はねがいや呪いの言葉を書いて埋める板だ。
いまは少しずつ鉛版を削って文字を入れてる。
『この世界で遠い未来に生まれるかもしれない君へ。
君がどんな道を選んでも、自分の行く道を後悔せずに進んでほしい――』
書きかけの文章を読みなおし、ミナトは首をかしげる。この世界の文明がすすみ未来にミナトらしき何かが生まれるのだろうか、過去へタイムスリップした錯覚をおぼえるけど全くの別世界かもしれない。或いはあっちの世界ですらも。
「結局どこだよ、ここ? ドラゴンもいるしなぁ……うぅーん」
「ミナト、こっちの部屋にいたのか?」
難解な問題にミナトが頭を抱えていたら、ラルフがベランダから入ってきた。すっかり慣れた手つきで障子を閉め、となりへ無理やり座って手元をのぞきこむ。
ラルフの指差した文字が間違っていた。
「あーもう、また鉛版買ってこなくちゃ」
「大丈夫だ、ここをこうして……」
ラルフがまちがった部分をきれいに削り、あたらしい文字を書きいれる。ミナトの文章に力強く掘られた文字が足された。
彼が作業してるあいだ動きが伝わり、寄りかかりながら見つめる。
書き終わったラルフが鉛版を持ちあげると、ミナトは体勢をくずして支えられた。見つめ合い、大きな手に頬をつつまれてキスがおりてくる。
「……ねえラルフ、俺ってじつは迷子なのかなぁ? 」
難解な疑問をぶつけてみる。真顔になってこちらを見つめたラルフはふたたび唇をおとした。
「ならミナトが出口へたどり着けるよう、私がいっしょに行こう」
まばたきの風を感じる距離で、黄金色の瞳がやさしくささやいた。うなずいたミナトはラルフの背中へ手をまわし、ひとしきり彼の体温を堪能した。
起きあがり鉛版を机のすみに戻した。
この世界とおなじで疑問も答えが出そうにない。
体があたたまり眠くなったミナトが寝る用意をしていると、当然のようにラルフもベッドへ入った。
「ちょっとラルフ、自分の部屋にベッドがあるだろ? 」
「待っててもミナトが来ないから今日はこっちで寝る。ベッド並べて大きくしたし狭くない」
ソファーベッドを2つならべマットを敷き、大きなベッドになっていた。さっさと夜具へもぐりこんだラルフが待ちかまえてる。
窓を閉めてランプを消せば、夜の闇がおとずれる。まっ暗闇で見えないのに確かにそこにあるラルフの息づかいと触れた指先の温かさ、心地よくなったミナトはまどろみながら目を閉じた。
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ナディムは東のシルクロードへ、ジーラはいまごろバラウルの尻尾と戯れてることでしょう。本編はこれにて終了です。このあとは閑話として後日談とシヴィルの話を載せる予定です。
――――風見鶏 kazamidori