冬の国の第2皇子
落下する浮遊感は内臓を押しあげる。急流のなか棒きれみたいにキリモミして流される。蛮族の手はにぎったまま放さなくて、大きな体躯と共に激流へのみこまれ必死でもがいた。
「ゲホッゲホッ! ……うう……ハアハア」
浅くなった川瀬に蛮族の体が引っかかり命は助かったようだ。湊は腹ばいで咳をして川の水を吐きだす。
うつぶせに倒れた蛮族はかすかに息があるものの意識はなく、手首は解放された。よく見ると脇腹や右肩と腕に火傷があって礫や金属片が刺さっていた。放っておいても出血と寒さで息絶えるだろう。
立った湊は川原をのぼった。しかしため息をつき引きかえす。
蛮族の両腕を持って川瀬から引き上げた。
「ハアハア、重すぎっ」
あるていど川から離れたところで尻をつき荒く呼吸する。腰の袋に手が当たりナディムからもらった革袋だと気づいた。竜人の国を出発するまえに入れ替えた薬も収めてる。中身は濡れていたが使えそうだ。
蛮族の鎧を剥がし、皮膚へめり込んだ石片や短い金属片を取り除く、大きな血管には刺さってなくて無事だった。むこうの世界から持ってきたサルファ剤入りの粉末をかけると出血もおさまった。ヒギエアの手伝いを思い出しながら、ケガや火傷の部分を湊の世界の薬でカバーする。
「俺……なにしてるんだろ……」
本当はラルフやツァルニ達に使おうと思って持ってきた物、応急処置がおわり蛮族の横へ座って嘆息した。
崖下の森から白い光りがフワフワと飛んでくる。弱々しい飛び方は崖のうえで会ったやつだ。妖精は仰向けに倒れている蛮族の上を旋回した。
ちいさな光りが兜へとまり、興味をもった湊は顔を隠す仮面へ手を伸ばした。ところが蛮族が動きだし手首をつかまれた。頭の中がまっ白になって動けなくなった時、兜へとまっていた妖精が転がりおちた。わずかに声をあげた湊がそれを受けとめたら蛮族の目もそれを追う。
しばらく湊を見ていた蛮族は腕をはなし、かぶっていた兜と仮面を脱いだ。中から現れたのは神話に出てきそうなプラチナブロンドに氷青の目を持った青年だった。
「貴様はたしか竜の背へ乗っていたな? まさかスヴァローグの火を2機とも落とされるとは……1つめも貴様のしわざか? 」
大型兵器の横にいた黒い毛皮の男だった。アイスブルーの目はあの時に合わせた瞳だ。
「それの存在を知っているのか? 敵の俺を治療したのはなぜだ? 」
男は妖精を指さす。粗野な毛皮の鎧からは想像できないほど、理知的な話し方で質問された。まともに会話すらできないだろうと思っていた湊は唖然として言葉を失う。
矢継ぎばやに質問されて当惑する。たしかに葛藤はあった。ラルフの国へ侵攻し、ヴァトレーネを焼きはらった国の人間、黙りこんだ湊は手のひらへ転がる光りを見つめる。
「後悔したくないんです。あなた方からすれば甘くて理解できないかもしれない……でもこんな血みどろなやり方じゃなくて別の方法を探したい」
「……戦場ではまっさきに命をおとすタイプの人間だな」
筋肉におおわれた左腕がのびて湊の首をつかむ。神秘的だが威圧感のある青い目が覗きこんだ。怖かったけれど湊も目をそらさずに見かえした。
髪と同じ色のまつ毛をふせた男はひっそりと笑った。
「そういえば昔、貴様のようなやつがひとりいた」
湊を解放した男は兜を装備して立ちあがり、地面へ敷いていた水浸しの毛皮を絞って羽織る。
森のしげみがゆれてべつの蛮族があらわれた。
「グスタフ様、よくぞご無事で! 追手がまもなくやってきます。森へ逃れましょう」
おなじ毛皮の鎧をまとう蛮族の配下が近づく。側まで近づいてきた配下は後ろ手に隠しもっていた短剣を突き出した。とつぜんのできごと、手首を弾いて短剣を奪いとったグスタフは配下の首を掻っ切った。
首をおさえ声のでない断末魔をあげた配下は川原へ突っ伏した。配下の血で川辺が赤くそまる。
「……っ!? 」
「俺が帰らなければ都合がいい……兄の差し金だろう。だがこんな所で死ぬわけにはいかぬ、俺の大切な者を奪った父王を殺すまでは」
湊が口をおさえて見ていたら、奪った短剣をベルトへ差した男は歩きだした。川原をのぼり森の入り口まで歩いた背中がふり返る。
「俺は冬の国、第2皇子ヴラド・グスタフ。さらばだ…………いや生きていたら、今度は王として相まみえよう」
ヴラド・グスタフは暗い森へ姿を消した。
湊の手に留まっていた小さな妖精も飛びたち、目の前で3度ほど弾んでからグスタフの後を追って飛んだ。助けた選択は正しかったのだろうか、もしかしたら将来を脅かす者を生かしてしまったのかもしれないと、出ない答えに悩みながら湊は森の奥を見つめる。
「ミナト――ッ! 」
馬の蹄が駆けシヴィルがあらわれた。川原で倒れてる蛮族に悲鳴をあげたシヴィルは、湊にケガがないか体中を揉んで確かめた。緊張が切れて座りこんだ湊はくすぐったさもあって笑い声をあげる。
「ミナトォォォ!!! 」
馬から降りたラルフがシヴィルをポイと投げすて湊へ抱きついた。血で生臭いし鎧は硬いし痛い、視線をあげると崖のうえで吼えていた狼は子供みたいにボロボロと涙をながしていた。
おおんおおんと、泣き声をあげるラルフの顔をそっと両手ではさむ。
「ただいま」
涙にぬれた頬が合わさり抱きあう、おおきな腕が背中を包んで離れない。
「ねえラルフ、帰ろうよヴァトレーネへ」
ノドを詰まらせ、言葉もだせないラルフは顔をくっ付けたまま何度もうなずいた。
帰りはシヴィルの馬ではなかった。ツァルニにも再会の喜びをつたえたいのに湊は抱えこまれるようにラルフの馬へ乗せられた。乾いてごわついたヘーゼルナッツ色の髪が湊の頬へふれる。
蛮族は北城塞都市の周辺から完全に撤退していた。くずれた壁の破片を帝国兵が片づけ、あらたな壁を築くため整地してる。
建物が跡形もなく吹きとんだ広場では、背中をまるめたバラウルが南のテントを眺めていた。竜人たちもテントへ入ったシャマラの帰りを待ってる。
「バラウルッ」
ラルフの腕をすりぬけ湊はバラウルのところへ走った。地面へ顎をつけていたバラウルは顔を寄せる。
湊はグスタフの傷を手当てして逃がしてしまった事をこっそりと打ちあけた。心配を口にするとバラウルは鼻で笑う。かるく吹かれた鼻息は周囲の石ころを飛ばし、炎がもれて見張りの帝国兵が跳びあがる。
「ワシがジーラとちょっと遊んでる間にその男は寿命を終えるわい。心配するヒマがあったら、ちいさきものは一生懸命に生きておれ」
少なくともバラウルの目が黒いうちは亡き王国兵器の再起はないと語った。あれだけのエネルギー装置を発見して破壊にしか使わなかった冬の国へ、バラウルは残念そうに息ついた。




