ゆめの記憶
――――風にのってコロコロ、水にうかんでプカプカ。
よるの森、ニンゲンの子供がまいごで泣いていた。ニンゲンはこわいカミサマの子供だから食べられちゃうかも。ずっと泣いてるから、いっしょうけんめい森のそとへつれていった。
ニンゲンのともだちふえた。追いかけっこはすき、いつもいっしょしあわせ。
でもみえなくなった。
『どこいったの? ねえ――! 』
ここ。ここにいるよ。
『――っ! 』
目のまえにいるよ。どうしてみえないの? ぼくのなまえ、なんだったっけ?
――――ねえ、らるふ?
夢の内容は吹きとんだ。めざましのアラームが鳴り、オッサン妖精が耳元で騒いでいる。
大あくびをした湊は、荷物をバックパックへつめて家電のブレーカーを落とした。この日のために用意したパスポートとチケット片手に空港へ向かう。部屋には両親宛ての手紙を残してきた。
オッサンは空飛ぶ鉄の塊にビックリして、ほそい棒みたいな姿になっていた。経由地に1泊して到着すれば日本とは異なる香りがした。バスへ乗って海岸線をながめると、家の密集する都市が見える。新しい石づくりの建物と古い遺跡が混在してる。
「うわぁ~」
湊はおもわず感嘆した。ふるい要塞のなか石レンガの家がパズルのようにひしめきあう、曲がりくねった路地は入っただけで迷いそうだ。大通りの人混みをすすめば色褪せた円柱がならんでいた。
「ミナト! あれ食べたい! 」
「うわ高いっ、こんなの食べてたら移動費がなくなるよ」
「ちぇ~」
観光客もいっぱい、お店は観光価格だ。今回の旅は移動費がけっこうかさむ、目的は観光じゃないので早々に次の町をめざした。
夜になって着いた町は大きな川がながれ、中央へ架かる橋はキレイにライトアップされてる。数十年前まで紛争のおこなわれていた町へ人々が戻り、再建された建物と復元された遺跡があった。都市部より人影はまばらだけど、それなりに賑わっている。
たどたどしい現地の言葉で宿へチェックインすれば、部屋には素敵なデザインの家具が置いてある。
「はぁ~長かったぁ」
シャワーを浴びてスプリングベッドへ突っ伏した。ずっと燥いでるオッサンをソファーへ残し、疲れきった湊は寝息を立てた。
そして夢のつづきを見る。
――――あかくもえた。冬がやってきた。
らるふ、うごかなくなった。いつかまたぼくの姿が見えていっしょに遊べるようになるって、いなくなったら見えてもいみがない。
かなしい、かなしい。
『……お前、いつも兵舎でふわふわ飛んでたヤツじゃん』
ちかくで壁にもたれてるニンゲンがしゃべった。うでがなくなって赤いのながれてる。
『あ~あ。どうしてあの時、追いかけなかったんだろ……ゲームだったらリセットしてやり直せるのになぁ』
リセット? ゲームってなに?
やりなおせるの、がんばってみる。たかくたかく飛んで、寝ているカミサマにおねがい。
『おいおい、そんな簡単にできるかっての……まあいいや……もう千切れたところも痛くな……い……』
たくさんたくさん飛んで、うまれた。あれ? ここはどこ――――?
「――ミナト、ミナト起きろって! おまえ何で泣いてんだよ! 」
オッサンの白いヒゲが顔を覆っていた。湊はとても悲しい夢を見ていた気がして、手をあてると頬が濡れていた。うすれた夢は泡のように消え、普段の感情がもどってくる。
肩へ乗ったオッサンに耳や髪の毛を引っぱられながら町をめぐる。川沿いの商店街は異国情緒あふれ数多の商品がならぶ。店の軒先にあったブレスレットへ陽の光りがとどき、黄金色にかがやいた。
目がはなせなくなって見ていたら、ナディムによく似た店主が話しかけてきた。腕輪を購入し、昼ご飯を食べて目的の場所へ向かう。
丘のうえから風景をながめ感慨にふけった。日が落ちて夜陰のはるか彼方へ、道をつなぐように星の河が流れていた。
「ミナトはやく行こうぜっ」
あちらへ繋がる出入口を見つけたオッサンは鼻歌スキップで丘を下る。夜なのも相まって暗い森はこわい、湊は一瞬足を止めたが勇気をだして歩みを進める。
オッサンが手をふって待っていた場所は、キツネの少女に連れてこられた建物だった。あの世界の物より崩れ、瓦礫のすきまを腹ばいで通りぬける。落下しないか心配したけど、今度は大丈夫みたいだ。
「ミナト、こっちこっち」
暗闇をオッサンの光を頼りにすすむ。スピードが急激に上がり、ウォータスライダーのごとく動きまわる光の残像になった。目で追ってるうちにオッサンを見失う。
置いてけぼりになった湊は目印の無くなった暗闇をひたすら走った。ラルフのもとへ辿り着けないのではないかという不安が心の片すみで増大する。闇からあふれる沢山のざわめきが口々に喋る。
『あのとき彼は帰らなかった』
『平和な生活へもどった俺はそのまま帰らなかった。そのあとは知らない』
『待っていても誰ひとり帰ってこなかった』
なげきの声が増えて耳を埋めつくす。湊は縋りつくように伸びる闇をふりはらって走り続けた。
『いつかは消えゆく世界、どの道を選んだとて終焉はくる。おまえはその矮小な力でなにを成そうというのか? 』
地割れのごとき声が暗闇を揺るがした。湊の思いはただひとつ、消えゆく世界だとしても関係ない。会いたい、いっしょにいたい、笑って動いてご飯を食べてる姿を見ていたい。ただそれだけの小さな願いが大きな原動力となって前へ進む。
「変えるっ、変えるんだっ!! 俺はそのために――!! 」
泥沼の闇へ腰まで浸かり必死に進んでいたら、とつぜん体が軽くなった。目の前をかがやくオオカミが駆け、足元は発光して道のように延びる。無数の小さい光りがあつまり、渦を巻いて星の河をつくる。湊が走りぬけると、光たちは舞いあがり楽しげに笑った。
オオカミが足をとめて振りかえり、その後ろに誰かが立っていた。夜の衣をまとい輪郭さえも見えない。
『ひとつは分かれて小さな神々を生んだ。それも散らばってあらゆるところに宿り、いくつもの世界を生成した。ここはすべての精霊が集まり、すべての出来事が起こり交錯して出発する場所。我々のかけらを受け継ぎしもの、あなたはどんな新しい道をつくる? 』
夜の衣をまとうものは終点の先を指差した。湊はその先へ飛びだし彼の名を呼んだ。
『良き未来を、ミナト』
足を踏み出した先に道はなく、またもや落下する浮遊感に見舞われた。
大きな叫び声をあげる湊の顔面へかたい道路が触れる。うつぶせに倒れ、尻だけ天へ突きだした情けない格好の湊はいきおいよく顔を上げる。倒れていた石の街道は、まちがいなくロマス帝国が整備したものだ。
「どこだよ……ここ」
町もテントも兵隊すらいない長閑な風が吹き、湊はへたり込んだ。
オッサン妖精も見失い、バックパックを背負った湊は右も左も分からぬ街道を歩きだした。さいわい農村を発見して村人と会話する。言葉は通じたけれど、湊のたずねる町を知る者はいない。
北に都市があると聞き、そっちへ向かうことにした。日が沈みかけたころ家を発見して訪ねる。気の良さそうな老人が出迎えたのでバックパックへ入れていた物とひきかえに、一夜の馬小屋に泊まる権利を手にいれた。なぜ馬小屋だったのかというと、小さな家は湊の寝るスペースがなかったからだ。
具材ひかえめのスープを家主と共にいただき、馬小屋の2階にある空間で横になる。この地域は風呂もなく、ベッドもなかった。
「風呂もベッドも無いなんて、どんな未開の地だよっ! 」
元サラリーマン湊は、とうとう風呂もない僻地へ飛ばされた。
ラルフであれば風呂もなくて悄気そうだと考えながら寝そべる。馬の匂いのするおしゃれなロフトだと思えばいくぶん気持ちは落ちつく、湊は腰が痛くならないよう藁を敷きつめた。