精霊の港
こんどは逃がさないと意気ごみ追いかける。
フードをかぶったキツネは止まってふり返り、おずおずと引き返してきた。外套の下は少女のようなフレアスカートをはき2本足で立っている。
「わたしキキ。あの時はこわくて逃げちゃったの、ごめんね」
キツネ顔の少女はフードをかぶった頭をさげた。湊がこの世界へ来てしまい、キキは大層おどろいたそうだ。人間を警戒しているのか距離をとりつつ、もとの世界へ帰る方法を話した。
「帰れるの!? 」
キキに案内されて暗い森をすすむ、木々が茂り夕空も見えなくなって道は闇につつまれる。歩きながら話す少女の手にはマグカップくらいのランプが灯されている。キキは森にすむ精霊、特別な道をとおって世界を行き来していた。
「たくさんあつまって道ができるの、わたしたちは精霊の港って呼ぶの」
キキがランプをかかげた先に古びた建物があった。最初のくずれた神殿によく似てる。柱や壁は風化して草木が栄華をほこり、とても古い時代のものだとわかる。
「人間は争いが終わるように神様に祈るの、でも自分たちはやめないの。あんまり悲しいと眠ってる神様がめざめて夢は終わってしまう。この世界も終わっちゃう。あなた、もう行きなさい」
「は? 俺はまだっ――!? 」
とつぜん後ろから体当たりされて建物のなかへ転がった。床はなく湊はまっ逆さまに落下する。きりもみ状態で体はふり回され、おちる速度で気を失いそうになった。
――――うふふ、あはは。
白い光りがぼんやりと視界の端へただよい、子供のような笑い声が聞こえてくる。ミナトはたくさんの光りに押し流されていく。
『あれが使われた! おこせおこせ、ドラゴンどもを起こせ! あれを破壊させろっ』
まあこわい、こわいこわい。
目の端にただよう光りが口々に喋っている。
『大地へ残るドラゴンたちをすべて呼び起こせば、世界はあとかたもなく滅びます』
『いずれ消えゆくのだ! すべて消してしまえ!! 』
くらやみのなかで誰かが無数に吼え、しずかに諭す声も無数の波となって反響した。ザワザワ、ザワザワ、ミナトを措いて会話している。
やめてやめて、消さないで、あの人のいた世界。
『ほらその子が悲しんで――――まかせましょう』
ねえねえ、なまえもらったの?
いいなぁ、たのしい?
そっちはどんなところ? いってみたいな。
ふふふ、ははは――――。
浮いていた体はふたたび高速で落下した。悲鳴をあげる湊の顔面はアスファルトの路面へくっつく、いそいで身を起こせば見おぼえのある場所だった。道路わきで電球の切れかけた外灯が瞬いてる。
「!? うそ……」
コンクリートのビルへともる外灯、アスファルトの地面、車のエンジン音が遠く聞こえる。キツネに化かされ、すべて泡沫の夢――――と思いかけたらチュニックのすそが触れた。湊は鳥居をくぐった。ちいさい社は静寂としてキツネどころか獣の気配すらない。
幻覚を見ているようにおぼろげな足どりで見慣れた道を歩く。
「みろよ、コスプレだ」
「ホントだ~、今日なんかイベントあったっけぇ? 」
すれ違ったカップルが湊の姿を見て会話してる。どうやって歩いたかも覚えてないけどマンションへ着いた。背負ったカバンの内ポケットから、忘れかけていた小銭入れとカギが出てきた。部屋の電気を点け、玄関へカバンをおとしたまま放心して部屋をながめた。部屋は今朝使った痕跡をのこし、時計の針は午後9時をまわっていた。
ぼんやりしていた湊はノロノロと動きだす。泥だらけの靴を脱ぎ、とりあえずシャワーを浴びる。
蛇口をひねるだけでお湯が出てきた。物干しへかけたタオルを取って髪を拭けば、毛が伸びていつもより乾きがおそい。洗濯機のスイッチを押し、タンスから着替えをとりだす。毎日のルーティンで無意識に体がうごく。
乱雑だった布団をたたみベッドへ腰をおろした。洗濯機の終了音が鳴って我にかえり、いそいで洗濯物を干した。ハンガーへチュニックをかけ、きっちりシワをのばす。
「いやいや、なにやってんの俺……」
ハンガーに掛かったチュニックを見ても状況は変わらない。はだしで踏むフローリングの感触、冷えた匂いのする独り暮らしの部屋だ。
深呼吸した湊はカバンを漁ってカギの入ったケースとカードを取りだした。そのまま上着をはおってマンションを飛びだす。
10分ぐらい歩いたものの景色に変化はなかった。駅前の繁華街は昼間みたいに明るく、大勢の人々が歩き車がせわしなく通る。引きかえした湊は近くのコンビニへ寄って弁当とスポーツ新聞を購入した。レジで目についた物もいっしょに注文して袋へ放りこむ。
コンビニ横の喫煙スペースで買ったタバコへ火をつけた。気分を落ちつけるために吸ったけど、やめていたタバコは合わず咽せてすぐに火を消した。箱ごとゴミ箱へ捨てて喫煙所を後にする。
家へ帰って温めた弁当をテーブルへおき、多彩な味つけの弁当を箸でつつく。スマートフォンを触ろうとしたら電源が切れていて急いで充電する。プラグを差しこめば画面が表示され後輩の着信が入った。
歯みがきして、電気を消して、ベッドへ横になる。
ぴっぴっぴっ。
目覚ましが枕元で鳴り、湊はガバっと身を起こした。いそいで朝の支度をして満員電車へとび乗る。降りた駅のコンビニでコーヒーと栄養ゼリーを買って出社した。
普段どおりの1日がはじまる。
「秋津さぁん、昨日どうでした? 」
機械的に仕事をすませたら、退社時間になり後輩が話しかけてきた。
「昨日? 」
「ラーメン屋のオヤジの話! 帰りに寄るって言ってたじゃないですか~」
湊にとってはずいぶん前の話だが、後輩にとってはつい昨日の話だった。曖昧に返事すると明日は休日で飲みに誘われる。湊は頭の整理がおいつかず誘いを断った。
「秋津さん、なんか今日おかしいっすよ。ゆうれい、本当は見たんじゃないんですかぁ? 」
茶化す後輩の背中を叩いた湊は家路へ就いた。駅前のハーモニカは聞いたこともない異国の音楽を奏でていた。ビジネスカバンを提げ、まっすぐ路地を目指す。
鳥居に黄色いテープが張られ、奥の社は燃えて無くなっていた。あぜんとしていたら近所の人らしき壮年の男性が通りかかる。
「――あのっ、すいません」
湊は男性をひきとめ神社のことをたずねた。
「ああ……昼前に火が出てね、消防車や警察が来て大変だったよ。放火かもしれないって、怖いねぇ」
参拝者だと思われて、気を落とさないようにと男性に肩を叩かれた。まるで迷子になった気分になり、住宅地をさまよい夜の寂れた公園へおちついた。ちょうど小さな社の裏側に位置し、車が5、6台停まれる大きさの公園だった。
「なにが起こったんだ……? ヴァトレーネは? ラルフ……」
1日過ごした湊は現実を目の当たりにした。昨日――、昨日と今日のはざまにあった出来事はなんだったのか、ため息を吐き公園の長イスへ腰をおろした。
「うぎゃあ! 俺のうえに座んな、コンチクチョー!! 」
「へぁっ!? 」
人影はなかったはず、立ちあがった湊は長イスを見た。さっきまで何もなかった場所に平べったい白い毛玉がいた。毛玉は平らになってしまった体を戻すようにブルブル震え、頭の葉っぱをひょこりと立てた。




