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 ヴァトレーネの南門が遠ざかる。


 ゾッと鳥肌(とりはだ)がたった刹那(せつな)、大気がふるえて大型兵器の火がふたたび放たれた。南門をかすめ火のまっすぐな線が空へ焼きつく。1発目より威力は弱かったけれど、火が通りぬけた位置にはラルフの向かった南台のカタパルトがあった。


 湊は身を乗りだし馬車から降りようとした。


「ラルフ――――」

『いま行ってはダメ』


 エリークの連れていた妖精とおなじ声が耳元でハッキリ聞こえた。姿は見当たらなくて、ミラが湊の服を(つか)んでいた。


 間髪(かんぱつ)いれず、ゆっくり浮遊する煙と()()な炎が垂直に昇った。衝撃波(しょうげきは)と天をつんざく轟音(ごうおん)広範囲(こうはんい)をゆらす。街道にいた人々は地面へふせ、湊はおびえて走り出しそうになったスレブニーをなだめる。


「ヴァトレーネが燃えてる……」


 青ざめたミラがつぶやいた。炎に包まれる町を見ることしかできなかった。ミラを抱きしめた湊は手綱をにぎりスレブニーを発進させた。いったんは足を止めた人々も港町へ早足で移動する。


 交差路(こうさろ)に港町の援軍(えんぐん)が整列しヴァトレーネへ進軍した。沿岸はたくさんテントが建ち、避難民が滞留(たいりゅう)していた。爆発音は港町までとどき、みんな空を見あげている。混乱した民衆でごった返す大通りをぬけラルフの屋敷へ()いた。


 門衛に事情を説明すると確認のためシハナとルリアナが姿をあらわした。姉妹と再会をよろこび、ミラと疲れきったスレブニーをまかせる。湊はできるかぎりヴァトレーネの状況を記した書簡をバルディリウスとディオクレスへ()てた。書簡をうけ取ったシハナは中央広場の兵舎へ届けることを約束した。


「ミナト様はどこへ!? 」


「ヴァトレーネの人たちのテントを見てくる。なにか出来るかもしれないし……」


 屋敷に背をむけて歩きだすと、シハナがケープを持ってきた。ラルフの紋章が入った特別なものだった。湊は礼を言いケープを羽織(はお)って大通りへ踏みだす。




「ミナトッ! あなた無事だったのね!! 」


 大量の荷物を運んでいたヒギエアが走ってきた。力いっぱい抱きしめられ、男のあこがれのたわわより極限(げんかい)まで(きた)えられた胸筋にチョークされ酸欠(さんけつ)になりかける。彼女は負傷(ふしょう)した人があつまるテントへ薬をはこぶ最中だった。手を貸してほしいと要請(ようせい)され、湊も沿岸部のテントをめざす。


 多量のケガ人が横たわっていた。ヒギエアの指示に従って傷口をアルコールで洗いながし、調合した膏薬(こうやく)でおおう。負傷者はテント外にもあふれ、治療を手伝っているうちに夕方になった。ランプが灯され、運ばれてきたヴァトレーネ兵の姿も確認できた。


 ラルフの行方(ゆくえ)を聞いたが知る者はいない、寝かされている兵士のなかにツァルニを見つけた。


 すでに手当ては終わり、右目の痛々(いたいた)しい矢傷は膏薬で(おお)われている。肩にも大きな内出血の(あと)がある。


「ツァルニッ! 」


「しーっ、起こしちゃダメだよ。さっきまでヴァトレーネへもどるって暴れてたんだから」


 ひとさし指を唇へたて、小声のシヴィルが歩いてきた。湊はあっと声を上げそうになり(あわ)てて口をふさぐ。シヴィルも足を引きずり満身創痍(まんしんそうい)だった。


 (むか)()った奇襲兵(きしゅうへい)のなかに敵の将軍がいて、猛攻とはげしい追撃のすえ崖から落とされたという。


「や~僕も(ひざ)に矢をうけちゃってマジ死ぬかと思ったけど、ちゃんとツァルニ連れて帰ってきたよ」


 彼がほめて欲しそうに頭を差しだすので、灰色の髪をくしゃくしゃ()でた。シヴィルは嬉しそうに笑って座りこむ。生きのこった山岳隊(さんがくたい)は敵の本隊がいるヴァトレーネ北側には入らず、西の山道をまわって港町へ来たようだ。


 北門へなだれこむ蛮族を足止めするため、ラルフの指示でヴァトレーネの橋を落としたと他の兵士が語った。奥にいた重症の兵士も息も()()えに口をひらく。


「南台は崩落(ほうらく)した……あそこにいたなら……もう……」


「そんな……」


 呼びとめるシヴィルをふりきり、テントを飛びだし暗い道を走った。気づいたら小高(こだか)い丘の上、まだ赤く燃えるヴァトレーネが見えた。両手をかたく握りしめてラルフの名を精一杯(せいいっぱい)よんだ。


「ちくしょう、なんでだよ!! 必ず帰ってくるって……言ったじゃないか……」


 返事はなく、湊は衝動(しょうどう)のまま丘の暗闇へ駆けだそうとした。




「お兄ちゃん! 」


 丘のふもとから小さな声が聞こえた。白い光りが飛びこみ顔前でクルクルまわる。


「エリーク……? 」


 ちいさなエリークが息を切らせ走ってきて、湊の服のすそを引っぱった。


「行っちゃダメッ!! 」


 肩で息をした少年は湊へしがみつく。ビックリした湊は少年の呼吸が(ととの)うのを待ち、どうやって来たのかたずねた。丘の上まではかなり距離があり、周囲は()暗闇(くらやみ)に包まれてる。


「ベルが……」


 エリークはモジモジと指を交差させ、妖精がここへ案内したと語った。エリークは妖精に名前つけていて、名を呼ばれたベルは楽しげにはずむ。


「帰ってくるから行っちゃダメだって。お兄ちゃんが行ったら、いなくなっちゃう」


 エリークが悲しそうにうつむき、困った湊は(かが)んで頭をなでた。表情の明るくなった少年は湊へ抱きつく。


「あのね、つよくねがえばたすけてくれるよ 」

「誰が? 」

「ともだち? うーん? よくわかんない」


 ベルの話すことはよく分からないと、エリークは首をよこへ振る。暗闇のなかにいるベルはランプみたいに夜道を照らす。湊は少年の髪をなでて丘を下りた。さわがしい地上と対照的な星の海は地平線(ちへいせん)のはしで(つな)がっていた。


「ミナトッ!! 」

 

 足を引きずったシヴィルが追いついた。シヴィルに(あやま)り、丘のふもとにあるエリークのテントへ泊めてもらった。家族は大変なのにあたたかい笑顔で迎えてくれて(なつ)かしい塩味のスープを口にする。エリークといっしょに横になり、久しぶりに人肌のぬくもりを感じる。




――――白い光りについて行くと輝くオオカミが待っていた。


 ミナトは走った。見えない誰かを探してひたすら走った。気づけば森から顔をのぞかせた乙女たちが何事かと見守り、口々に『あっちよ』と道を教えてくれた。


『おねがい帰ってきてラルフ、俺のもとへ』


 走りながらミナトは大きな声で叫んだ。




 外がさわがしい、となりへ視線を移せばエリークは眠っていた。起こさないように毛布をかけなおし、起きていた少年の父に様子を見てくると伝えてテントをでる。


 さっき下りてきた丘のふもとへ松明(たいまつ)を持った兵士が集まっていた。闇夜の川下(かわしも)から誰か歩いてくる。2人の兵士を背負った男は黄金色の瞳を向けてかすかに笑った。


 まわりを囲む兵士をかきわけラルフを抱いた。かたい鎧と冷えきった腕が覆いかぶさる。


「やっぱりミナトだった」


「おかえりラルフ」


「帰ったよ」


 安心して寄りかかるラルフはそのまま湊を巻きこんで倒れた。あつまった兵士に助けられて気を失ったラルフを運ぶ。沿岸部のテントは夜中にもかかわらず喧騒(けんそう)が漂っていた。起きた兵士たちはテントから出て沖の方角へ目をむける。


「夜の海を渡ったっていうのか……」

「見ろっ! われら帝国の旗だ!! 」


 兵は驚愕(きょうがく)賛嘆(さんたん)の声をあげる。松明が等間隔(とうかんかく)におかれた海岸線にランプの光が現れ、木造船のきしむ音が聞こえた。多量の船――帝国の艦隊(かんたい)が港町の沖へ浮かんでいた。


 テントへ運ばれたラルフをヒギエアが診察した。


「おどろいたわ……やけど以外のケガがほとんどない、なんて頑丈(がんじょう)なの……」


 寝ているところを起こされた彼女は感嘆(かんたん)しながら膏薬を()る。身体中にすり傷や打ち身はあったものの、ひどい外傷は()っていない。ラルフは安心した子供のように大口をあけて眠っていた。






 東の果てへのぼった太陽の光がプラフェ州へとどき、海が見わたせるほど明るくなった。赤布に金色のオオワシをかかげた数十(せき)の艦隊が接岸(せつがん)して海岸線は船で埋め()くされた。


 船から降りてきた帝国兵は野営地(やえいち)をつくり移動する。平野が埋まりそうなくらいの大群がプラフェ州へ上陸した。




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