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静けさ

挿絵(By みてみん)


***************


 中央広場へ幌馬車(ほろばしゃ)が整列し、つながれた馬は不穏な雰囲気(ふんいき)にうるさく首をふる。見送りにきたバルディリウスは息子にあてた手紙を(みなと)へ渡した。歴戦をうかがわせる厳格(げんかく)な目つきはツァルニの面影(おもかげ)がある。


 文官が用意した物資の書類をカバンへ収納して、護衛つきの幌馬車へ乗りこみ出発した。海が見渡せる平野(へいや)を北上すると港町をかこった壁も遠くなる。行商人にみえない家族連れが荷車(にぐるま)を引き、南へ移動している。湊は早鐘(はやがね)をうつ胸をおさえ座っていた。たかが異世界の文房具を持ってるだけの凡庸(ぼんよう)な男に何が出来るのだろうかと、両手をかたく(にぎ)りしめる。


 ディオクレスからもらった指輪が光り、視線が止まって食い()るように見つめる。




「着いたぞ」


 同乗していた兵士に声をかけられて湊は(われ)に返った。下車すればヴァトレーネ南側の広場だった。湊の心配をよそに穏やかな風景がひろがり、公園を歩く人とパン屋から立ちのぼるいい匂い。


 いっきに緊張が()け、(ひざ)へ手を付きうなだれた。


「ミナト!? 」


 馬車を確認しに出てきたツァルニがこちらに気づいた。ヴァトレーネへ帰還することを連絡していなかったので驚いた顔のツァルニが駆け()る。どう説明したものかと身ぶり手ぶりを(まじ)えてあたふたする前に、とりあえずカバンから取りだした書類を提出する。


 いつもの顔にもどって書類を確認したツァルニは荷物をチェックしていた文官へ物資の書類を渡した。


「人手はいくらあっても足りない。さっそく倉庫へ運んだ荷を振りわけてほしいが、先にラルフ様のところへ行ってこい。その様子では帰ることも伝えてないのだろ? 」


 他にも会いたがっている人がいると肩を叩かれ、湊は広場の建物へはしった。




 正面の石段をのぼると天井の高いフロアがつづく。()(しょ)には屈強な男たちが行き()っていた。ふだん市民へ開放してたスペースも兵士が駐留(ちゅうりゅう)し、外は長閑(のどか)だけど屋内は緊張した空気が(ただよ)う。無我夢中(むがむちゅう)に兵士のあいだを()って走り、飛び込もうとした扉のまえで衛兵に止められた。


「……すみません」


 止まった湊は反省の会釈(えしゃく)してから衛兵へ名乗った。衛兵が中へ入ること数秒、扉は勢いよくひらきラルフが飛びだしてきた。


「ミナトッ!!? 」


 ラルフの顔を見る()もなく筋肉へ埋もれた。ぎゅうぎゅうと揉みくちゃにされつつ背後の扉が閉まる。半ば(かか)えられてソファーへ降ろされた。


 よろこびも片時(かたとき)、ラルフはむずかしい顔をしてなぜ戻って来たのかと問い詰める。冬の国の侵攻を押し(とど)めてる北城塞都市(きたじょうさいとし)の近況を語り、ヴァトレーネにも危険がおよぶ可能性を示唆(しさ)する。彼の表情から戦況は思わしくないことが理解できた。ラルフはディオクレス邸へ戻るように言い、手紙を書くためペンを取ろうとした。


 湊は無意識(むいしき)に腰を上げた。しっかり言葉に出して伝えなければならない、頭のなかは多くの言葉で埋めつくされるけど本当に言いたいこと。


「俺は戦力にもならない。けど、やれることはあると思ってる。俺……できるだけラルフのそばに居たい」


 まっすぐ見つめると黄金色の瞳が見開かれた。無言で見つめあっていたら大きな手が湊の頭を引きよせた。太い腕に抱かれ胸へ頭をあずける。


「ミナト……私だけの夜空の輝き」


 ラルフが静かにささやく。こちらの動悸(どうき)をかき消すほど熱くて波うつ太陽の鼓動(こどう)が伝わる。湊も届かない腕をまわして広い背中を抱きしめた。


「危なくなったら、退避(たいひ)するんだぞ」

「わかってるって、ちゃんと町の人たちといっしょに港町へ避難(ひなん)するから」

「約束だぞ」

「……うん」


 (いぶか)しんだ表情のラルフはしつこく確認する。なかなか放してくれなくて太いうでに締められていた。やっとのことで抜けだせば扉のすきまから誰かが(のぞ)いてる。興味津々(きょうみしんしん)(ひら)かれた目、ニンマリ笑う三日月形(みかづきがた)の口もと。


「シヴィル!! 」

「や~、見つかっちゃったか~」


 偶然(ぐうぜん)(よそお)うわりには見つけてほしいオーラを出していた。ちょっと失礼しますよと言いつつ、ズケズケとラルフの執務室(しつむしつ)へ入ってくる。会いたがってる人が待ってるのでシヴィルは湊を連れに来たようだ。


 もの足りなさそうに(たたず)むラルフを再度抱きしめ執務室をでた。


 公園の南にある公共施設は、北の城塞都市から移動してきた人々の避難所(ひなんじょ)になっていた。


「避難民はそのうち港町へ(うつ)る予定さ。ヴァトレーネ北がわも避難指示(しじ)が出て、みんな南がわへ来てるんだよ」


 南がわへ増設中(ぞうせつちゅう)の建物もあった。戦争の長期的な見(とお)しと戦況が変化することを考慮(こうりょ)して防衛ラインの川より南へ住人を移動させている。北がわへ残る選択をした人もいるけれど、兵の関係者が多く()めていた。港町から来ている兵士のために貸し出された住居もある。




「ミナトお兄ちゃん! 」


「エリーク!! 」


 仕切られた広いフロアから髪をなびかせた少年が走ってきて湊の腰元へ抱きついた。いつもエリークと一緒にいる白い光りもまわりを旋回(せんかい)する。人の多いところが苦手なのか、若干(じゃっかん)飛びかたは弱々しい。


「お兄ちゃんもいっしょ、だもんね」


 白い光りを目で追っていたエリークが両手をひらくと、妖精はちいさな手のひらへ(おさ)まった。エリークに引っぱられて両親へ挨拶する。素朴(そぼく)な感じの人たちで沿岸(えんがん)の仮住居が建てばそちらへ移って小麦畑で働くのだと話す。


「仮住居? 」


 初耳だったので、シヴィルにたずねた。


「ツァルニも言ってたけど、港町の海岸ぞいに急ピッチで建築中だってさ。あの辺は兵士がすぐ駆けつけて壁のそとでも安全だから問題なし~」


 避難民を受け入れるためラルフの指示で港町が動き出した。仮に北城塞都市の人間がすべて逃げてきたら、小さい町のヴァトレーネでは対処できなかっただろう。


 ツァルニの名を聞き仕事を思いだした湊は彼のところへ行くことにした。エリーク達に不便はないかとたずねてから避難所を後にした。シヴィルの話では他の兵士達も元気にしていて、食堂の親父は(あい)も変わらず料理を作っている。




「ねえ、ミナト。また会えてうれしいよ」

「うん……俺もだよ」


 ストレートな表現に()れた湊は(うつむ)いて返事をした。その様子を見ていたシヴィルはチェシャ猫のように口をニンマリさせる。


「だってさぁ市場の()り、まだ返してもらってないもんねぇ~。ちなみに利子(りし)つけてるし~」

「ちょっとシヴィル! 俺の照れをかえせっ! 」


 意地汚(いじきたな)い発言をしたシヴィルは、ぴゅうと走って詰め所のある方角へ消えた。湊も走ったけど到底(とうてい)追いつけない速さだ。またたく間に見失ってあきらめた湊はツァルニを探して衛兵へ声をかけた。以前は町からはなれた兵舎の書斎(しょさい)にいたが現在は詰め所で仕事している。


 平常どおり仕事をするツァルニの姿に安心をおぼえた。


「ミナト? ゆっくりしていても良かったのだぞ? 」


 文官達へ指示を出していたツァルニはもどってきた湊に驚いた。港町の増援(ぞうえん)もあり、物資の運び入れは(とどこお)りなく終わっていた。じっとしてても落ち着かない湊が仕事は無いかとたずねたら、苦笑したツァルニは北の兵舎へ荷物を届けるよう(たの)んだ。




「スレブニー久しぶり! あうっ(いた)ぃ」


 スレブニーは詰め所そばの厩舎(きゅうしゃ)にいた。温厚なはずのスレブニーは、なおざりにされて気が立っている。ケガしない程度にやさしく噛まれて、湊が謝りながら撫でるとようやく機嫌(きげん)(なお)した。


 荷車をつけたスレブニーと橋をこえる。川ぞいの商店は閉まり閑散(かんさん)としていた。こんな時でも青い川はゆったりと流れ、立ち止まった湊は目に焼きつけるようにヴァトレーネの青い川をながめた。




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