静けさ
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中央広場へ幌馬車が整列し、つながれた馬は不穏な雰囲気にうるさく首をふる。見送りにきたバルディリウスは息子にあてた手紙を湊へ渡した。歴戦をうかがわせる厳格な目つきはツァルニの面影がある。
文官が用意した物資の書類をカバンへ収納して、護衛つきの幌馬車へ乗りこみ出発した。海が見渡せる平野を北上すると港町をかこった壁も遠くなる。行商人にみえない家族連れが荷車を引き、南へ移動している。湊は早鐘をうつ胸をおさえ座っていた。たかが異世界の文房具を持ってるだけの凡庸な男に何が出来るのだろうかと、両手をかたく握りしめる。
ディオクレスからもらった指輪が光り、視線が止まって食い入るように見つめる。
「着いたぞ」
同乗していた兵士に声をかけられて湊は我に返った。下車すればヴァトレーネ南側の広場だった。湊の心配をよそに穏やかな風景がひろがり、公園を歩く人とパン屋から立ちのぼるいい匂い。
いっきに緊張が解け、膝へ手を付きうなだれた。
「ミナト!? 」
馬車を確認しに出てきたツァルニがこちらに気づいた。ヴァトレーネへ帰還することを連絡していなかったので驚いた顔のツァルニが駆け寄る。どう説明したものかと身ぶり手ぶりを交えてあたふたする前に、とりあえずカバンから取りだした書類を提出する。
いつもの顔にもどって書類を確認したツァルニは荷物をチェックしていた文官へ物資の書類を渡した。
「人手はいくらあっても足りない。さっそく倉庫へ運んだ荷を振りわけてほしいが、先にラルフ様のところへ行ってこい。その様子では帰ることも伝えてないのだろ? 」
他にも会いたがっている人がいると肩を叩かれ、湊は広場の建物へはしった。
正面の石段をのぼると天井の高いフロアがつづく。詰め所には屈強な男たちが行き交っていた。ふだん市民へ開放してたスペースも兵士が駐留し、外は長閑だけど屋内は緊張した空気が漂う。無我夢中に兵士のあいだを縫って走り、飛び込もうとした扉のまえで衛兵に止められた。
「……すみません」
止まった湊は反省の会釈してから衛兵へ名乗った。衛兵が中へ入ること数秒、扉は勢いよくひらきラルフが飛びだしてきた。
「ミナトッ!!? 」
ラルフの顔を見る間もなく筋肉へ埋もれた。ぎゅうぎゅうと揉みくちゃにされつつ背後の扉が閉まる。半ば抱えられてソファーへ降ろされた。
よろこびも片時、ラルフはむずかしい顔をしてなぜ戻って来たのかと問い詰める。冬の国の侵攻を押し止めてる北城塞都市の近況を語り、ヴァトレーネにも危険がおよぶ可能性を示唆する。彼の表情から戦況は思わしくないことが理解できた。ラルフはディオクレス邸へ戻るように言い、手紙を書くためペンを取ろうとした。
湊は無意識に腰を上げた。しっかり言葉に出して伝えなければならない、頭のなかは多くの言葉で埋めつくされるけど本当に言いたいこと。
「俺は戦力にもならない。けど、やれることはあると思ってる。俺……できるだけラルフのそばに居たい」
まっすぐ見つめると黄金色の瞳が見開かれた。無言で見つめあっていたら大きな手が湊の頭を引きよせた。太い腕に抱かれ胸へ頭をあずける。
「ミナト……私だけの夜空の輝き」
ラルフが静かにささやく。こちらの動悸をかき消すほど熱くて波うつ太陽の鼓動が伝わる。湊も届かない腕をまわして広い背中を抱きしめた。
「危なくなったら、退避するんだぞ」
「わかってるって、ちゃんと町の人たちといっしょに港町へ避難するから」
「約束だぞ」
「……うん」
訝しんだ表情のラルフはしつこく確認する。なかなか放してくれなくて太いうでに締められていた。やっとのことで抜けだせば扉のすきまから誰かが覗いてる。興味津々に開かれた目、ニンマリ笑う三日月形の口もと。
「シヴィル!! 」
「や~、見つかっちゃったか~」
偶然を装うわりには見つけてほしいオーラを出していた。ちょっと失礼しますよと言いつつ、ズケズケとラルフの執務室へ入ってくる。会いたがってる人が待ってるのでシヴィルは湊を連れに来たようだ。
もの足りなさそうに佇むラルフを再度抱きしめ執務室をでた。
公園の南にある公共施設は、北の城塞都市から移動してきた人々の避難所になっていた。
「避難民はそのうち港町へ移る予定さ。ヴァトレーネ北がわも避難指示が出て、みんな南がわへ来てるんだよ」
南がわへ増設中の建物もあった。戦争の長期的な見通しと戦況が変化することを考慮して防衛ラインの川より南へ住人を移動させている。北がわへ残る選択をした人もいるけれど、兵の関係者が多く占めていた。港町から来ている兵士のために貸し出された住居もある。
「ミナトお兄ちゃん! 」
「エリーク!! 」
仕切られた広いフロアから髪をなびかせた少年が走ってきて湊の腰元へ抱きついた。いつもエリークと一緒にいる白い光りもまわりを旋回する。人の多いところが苦手なのか、若干飛びかたは弱々しい。
「お兄ちゃんもいっしょ、だもんね」
白い光りを目で追っていたエリークが両手をひらくと、妖精はちいさな手のひらへ収まった。エリークに引っぱられて両親へ挨拶する。素朴な感じの人たちで沿岸の仮住居が建てばそちらへ移って小麦畑で働くのだと話す。
「仮住居? 」
初耳だったので、シヴィルにたずねた。
「ツァルニも言ってたけど、港町の海岸ぞいに急ピッチで建築中だってさ。あの辺は兵士がすぐ駆けつけて壁のそとでも安全だから問題なし~」
避難民を受け入れるためラルフの指示で港町が動き出した。仮に北城塞都市の人間がすべて逃げてきたら、小さい町のヴァトレーネでは対処できなかっただろう。
ツァルニの名を聞き仕事を思いだした湊は彼のところへ行くことにした。エリーク達に不便はないかとたずねてから避難所を後にした。シヴィルの話では他の兵士達も元気にしていて、食堂の親父は相も変わらず料理を作っている。
「ねえ、ミナト。また会えてうれしいよ」
「うん……俺もだよ」
ストレートな表現に照れた湊は俯いて返事をした。その様子を見ていたシヴィルはチェシャ猫のように口をニンマリさせる。
「だってさぁ市場の借り、まだ返してもらってないもんねぇ~。ちなみに利子つけてるし~」
「ちょっとシヴィル! 俺の照れをかえせっ! 」
意地汚い発言をしたシヴィルは、ぴゅうと走って詰め所のある方角へ消えた。湊も走ったけど到底追いつけない速さだ。またたく間に見失ってあきらめた湊はツァルニを探して衛兵へ声をかけた。以前は町からはなれた兵舎の書斎にいたが現在は詰め所で仕事している。
平常どおり仕事をするツァルニの姿に安心をおぼえた。
「ミナト? ゆっくりしていても良かったのだぞ? 」
文官達へ指示を出していたツァルニはもどってきた湊に驚いた。港町の増援もあり、物資の運び入れは滞りなく終わっていた。じっとしてても落ち着かない湊が仕事は無いかとたずねたら、苦笑したツァルニは北の兵舎へ荷物を届けるよう頼んだ。
「スレブニー久しぶり! あうっ痛ぃ」
スレブニーは詰め所そばの厩舎にいた。温厚なはずのスレブニーは、なおざりにされて気が立っている。ケガしない程度にやさしく噛まれて、湊が謝りながら撫でるとようやく機嫌を直した。
荷車をつけたスレブニーと橋をこえる。川ぞいの商店は閉まり閑散としていた。こんな時でも青い川はゆったりと流れ、立ち止まった湊は目に焼きつけるようにヴァトレーネの青い川をながめた。