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白いキツネ

***************




秋津(あきつ)さぁん。俺おもしれー話、聞いたんすよぉ?」


 (ミナト)が休憩所で自販機のジュースを見ていたら後輩(こうはい)が話しかけてきた。いっしょに喫煙所(きつえんじょ)へ移動して、ザ・ブラック微糖(びとう)と描かれた缶へ口をつけた。


「昨日、東口(ひがしぐち)の外れにあるラーメン屋で食ってたら隣のオヤジが――」


「東口って、あのつけ(めん)の美味い店だろ? 」


「麺かためで濃いのが()いんすよね~」


 スタイリッシュなケースをポケットから出した後輩は白い煙を吐きだした。塩辛い、(あぶら)っこい物が好きな上にタバコも加わり、さすがに健康の危機を感じたらしい。


「電子タバコに変えたんだ? 」


「健康診断、最悪っすよ。でもニコチンないと瀕死(ひんし)になるんで……秋津さんは完全に止めたんすよねぇ、スゲーなぁ」


「ずいぶん昔の話だよ、()めるまでが大変かなぁ……。それで? ラーメン屋でなに聞いたんだ? 」


「そうそう。ラーメン屋の先にある路地(ろじ)で、オバケ見たって言いだしたんですよぉ――」


 後輩は店にいたオヤジの反応や話方まで詳細に語った。話しこんでいる内、休憩時間が終わり(あわ)てて仕事へ戻った。




 仕切りの向こうから聞こえてくる歓談(かんだん)、駅前でひびくハーモニカのブルース。流れてくる曲の名を思い出しながら鼻歌(はなうた)をハモらせる。若い頃はギターを(かな)でた時期もあった。歓楽街(かんらくがい)を過ぎて路地へ入るとシャッターの閉まった商店街だ。

()()も色づく季節だが、長雨で湿気をふくむヌルい風が吹く。道を歩くうちにワイシャツは汗ばみ上着を脱いだ。最近通いはじめたジムへ行く気分でもなく、いつもと違う道で帰路(きろ)()いた。


 目の前を黒い影が横切(よこぎ)った。


 猫のような黒い影はせまい路地をスルリと抜けた。湊は後輩から聞いた話を思い出し、数歩すすんで足を止める。学生の頃は同級生たちと心霊スポットへ行ったこともあるけど、そういった場所は苦手だ。


『影がふり向いて、そこに白い顔が――』


 後輩の話が頭のなかを反復する。


 湊は否定して、せまい路地へ足を踏みいれた。電球の切れかけた外灯がまたたき、鳥居(とりい)が見える。ビルのはざまに(しゅ)の鳥居がならび、奥に小さな(やしろ)があった。


「こんなところに神社あったっけなぁ? 」


 敷地へ入り朱の鳥居が(つら)なった所まで行くと、真ん中に黒い影が座っていた。どう見ても猫の後ろ姿だったが、尻尾(しっぽ)は太くてフードをかぶっている。


 ふり向いた影は白いキツネの顔をしていた。


「「あっ!? 」」


 1人と1匹は同時に声をあげ、フードをかぶった(キツネ)は奥へ逃げた。湊もビックリしたが後を追う。しかしいくら走っても同じ景色はつづき、社は近くに見えてたはずなのに何時まで()っても着かない。

疲れてペースはおち、ぼんやり光っていた灯籠(とうろう)の明かりも点滅(てんめつ)して消えた。いきなり()(くら)になって、得体(えたい)の知れない恐怖に立ち尽くす。辺りを見まわしていたら、暗闇(くらやみ)の先に光の()す場所を見つけた。


 慎重(しんちょう)に歩いていると割れた敷石(しきいし)へ引っかかり、バランスを(くず)して石階段を転げおちた。


(いって)っっぇ!! 」


 (さいわ)い3段の石段でケガには(いた)らなかった。光の射す場所はすぐそこだったので、座ったままズリズリと石畳(いしだたみ)をすすむ。


 光りの射す場所へでた湊は唖然(あぜん)とした。燦燦(さんさん)と照る太陽、見わたすかぎり緑の(おか)が広がっている。やや(かたむ)いた太陽は群生(ぐんせい)した森へ影をつくった。たしか会社から帰宅するために夜道を歩いてたはずだ。


「えっ? ウソだろ……」


 (ほお)(たた)いてつねってみたものの夢から()めない。スマートフォンを取りだし時間を確認すれば、時計の数字は文字化(もじば)けして目まぐるしく変化をくり返す。見ていると数字は(もと)にもどり、午後3時を()した。地図や電話を確認したが電波も(つな)がらない。


 ガサガサ。


 呆然(ぼうぜん)と座っていたら、くずれた石垣の間へさっきの白狐(しろぎつね)が顔を出した。


「きゃっ」


「おいっ待てっ!! 」


 目が合って狐はおどろき森へ逃げ、見失ってしまった。森の奥は暗く(おそ)ろしい気配に鳥肌(とりはだ)が立ったので引きかえす。もどって石垣を触れば本物の感触だ。すべりおちた階段の上には石の神殿(しんでん)が建っていた。かすかな期待を(いだ)いて神殿へ入ったけど、天井や壁が崩れて(おもて)と同じような風景が広がっていた。




 木影(こかげ)が東側へ伸びて空は(かげ)る。まもなく夜がやってくる。


「どこだよ、ここ……? 」


 しばらくの間、湊は状況をのみこめないまま石段でぼんやりしていた。照明もない遺跡(いせき)で持ち物はカバンだけ、しかし建造物(けんぞうぶつ)があるなら近くになにかあるかもと思い丘を下った。(ふる)い時代に(つく)られた石の階段は、丘のふもとまで続いている。


 湊の予想は当たり1本の道へでた。石を平らに(なら)しただけの道に(わだち)を見つけて胸を()でおろす。モトクロスのように細い車輪跡(しゃりんあと)は溝を作り、よく使われている形跡があった。


 進む方向に迷ったけれど、遠い山脈から吹く風におされて歩きはじめる。


 歩けど歩けど同じ景色がつづき、無情(むじょう)な太陽は(すべ)るように降下していく。疲労でうなだれた湊の(ひざ)が笑う、こんなに歩いたのは都市部での大災害(だいさいがい)訓練(くんれん)に参加したとき以来(いらい)だった。




「ムリだってぇ~の」


 湊はたまたま見つけた道脇の小屋へ腰をおろした。扉もなく半分(こわ)れている廃屋だが雨風(あめかぜ)はしのげる。ノドが(かわ)きカバンを(あさ)るとペットボトルの水と(あめ)を見つけた。


「腹減ったな、はぁぁ……」


 湊の住んでいた所ならちょっと歩けばコンビニがあったし、電車も車も途切(とぎ)れず走っていて人も多かった。スマートフォンを確認すれば午後6時を回ってる。電池も残りすくなく、このまま誰も見つからず遭難(そうなん)してしまうのではないかと溜息(ためいき)を吐いた。


 電灯もない小屋のなか、甘い飴を()みしめ横になる。目をつむっていたら耳へ振動(しんどう)(ひび)いて、湊は小屋を飛びだした。夕闇で視界(しかい)は悪いけれど、バスのような大型の乗り物が走ってくる。


「おーい! おおーい!! 」


 湊が大声を出して手を振ると乗り物は近づく。しかし思い描いた乗り物ではなく驚嘆(きょうたん)した。


馬車(ばしゃ)!? 」


 荷台(にだい)(ほろ)(おお)った幌馬車だ。御者(ぎょしゃ)の1人が降りて目の前へ立った。見るからにガラは悪そうで、ニヤニヤした目付きが湊を品定(しなさだ)めするように見下ろした。


「なんだぁ? おめ子供じゃねえのか」


 子供どころか三十路(みそじ)をとっくに越えてる。相手は物語やゲームに(えが)かれるような(ぞく)風貌(ふうぼう)、髪の毛との(さかい)が判別できないくらい(ヒゲ)ぼうぼうの男が舌打ちした。一瞬ひるんだが見た目だけかもしれないので、湊はコミュニケーションを取ろうと試みる。


「あのぅ、よかったら町まで乗せてほしいのですが……」


 眼前の男は目をまんまるにしてから笑った。


「へっへっへ。おぅい、この間抜(まぬ)けをどうする? 」


「その見た目は東のヤツだろ。なんか役に立つかもしれねえから馬車へのせろ」


 もう1人の御者が声を発した直後、持っていた荷物を(うば)われ腕を引っぱれれた。戦慄(せんりつ)した湊が足を()んばったとたん殴られ地面へ()()す。体格差がありすぎた。髪をつかまれて藻掻(もが)いたら、茶色い歯をむき出した男は毛むくじゃらの太い腕で湊を殴りつづける。


「おいっ、商品にならなくなるからその辺にしとけっ」


 口の中が切れて息が詰まり、何度も咳きこんだ。制止の声が耳の(はし)に聞こえた頃、湊の意識はなくなった。




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