ハプニング
朝食後、湊は市場へいく予定をたてた。ツァルニの買い物ミッションも予定にあるけど、市場にならぶ色とりどりの商品も見たい。護衛を断るとシハナは紋章の入ったフード付きケープを湊へ渡した。
「なにかあった時は巡回の兵士へこれを見せて下さい」
港町は外国人が多く訪れるものの漆黒の髪と瞳はめずらしい、へんな輩に目をつけられないようにとシハナが配慮してくれた。帝国は鷲の紋章だが、ケープに描かれてるのは盾をささえる狼とドラゴンでプラフェ州のシンボル。湊は礼を言い、日よけになりそうなケープをはおった。
大通りの建物の1階は店になっていて大勢の人が行き来してる。エリークくらいの子供たちが楽しそうに走っていった。彼らの入った路地裏はよく知る者でなければ迷いそうだ。
昨日ラルフと見学した市場へ着いた。船つき場のそばにテントがひしめき合い、活気のいい声が飛び交う。ナディムに教えてもらった店を訪問し、ツァルニの書簡に記された物を購入するため台へ積まれた商品を見ていた。
「ミナトサン、いっぱい買い物だね」
綿毛ヒゲのナディムが後ろからのぞき込んでいた。東方の商人は独特の交渉の仕方があると教えてもらい、ナディム会話術でまとめ買いの商品が若干安くなった。
はこんだ荷が全部売れたナディムは、西方へは行かずしばらく港町へ滞在する。市場で商品を吟味して、次の行商先へ持っていく物を決めるそうだ。ナディムといっしょに市場をまわり、交渉を学びながら頼まれた買い物もすませた。インクに紙束と日用品、干物や小麦などの嗜好品や食料を運送屋の荷車へ積んだ。書類を渡せば荷馬車はヴァトレーネへ出発した。
時間もお金も浮いたので市場の屋台でお茶をする。
「ナディムは何買ったの? 」
スパイスの香りがただよう甘い茶を飲みながらたずねた。アクセサリー屋をのぞいていた彼は小さな石を購入した。ナディムは透明感のある青い石をつまんで湊へ見せる。宝石の原石だった。
「この国では何色が人気なの? 」
「明るい琥珀色とワインや血のような赤、高貴といわれる希少な紫色かな。金や純白も好まれるけど宝石じゃないね。それと――」
琥珀は長い年月をかけて化石になった樹脂だと説明したナディムは、淡い黄色やブランデー色の琥珀が積まれたテントを指さす。ナディムはちいさな革袋から輝く石を取りだした。天空の太陽色の結晶はかがやきを変化させ、湊がすてきだと思った青い石を凌駕する。めったにない掘り出しものだという。
「ボクはカミサマにもらった目で本物を見分けられるんだよ」
静かにささやいた彼は人さし指を口元へ立てた。さらにもうひとつ銀製のアクセサリーを取りだす。
「店主にオマケされたけど、ボクには過激すぎるから君にあげる。大切な人へプレゼントしたら喜ばれるよ」
帝国で流行ってるアクセサリーらしい、革ひもにつけられた銀の飾りはどうみても男のアレの形をしていた。湊が動きを止め2度見するとナディムは大笑いした。どうやら彼も貰ったときに同じ反応をしたようだ。
帝国では男も女も身につけるお守り。精巧に作られた2センチくらいの棒は根元に羽根のついた息子ファンタジーだ。信じられない顔で瞬きしていると、ナディムはタル腹をよじらせ笑いころげた。
有意義な時間をすごした湊は、顔がゆるんだままのナディムと別れ屋敷へ足を向けた。
「あれって本屋……? 」
せまい路地の奥に書物の置かれた店を発見した。大通りを外れてうす暗い場所へ踏みこむ、安宿があって旅人や行商人らしき人が出入りしていた。街道の地図や案内が箱に積みあがり、旅の指南書や料理の冊子も混ざっている。
「へっへっへ兄ちゃん、なんか探してるなら俺が教えてあげよーか? 」
見るからにガラの悪そうな男達が話しかけてきた。いままで接してきた人たちとも違い、ナディムとも異なる顔立ち、帝国の人ではなく外国人かもしれない。すべての言葉を理解できるのが仇になって判別がむずかしい。
湊を取りかこんだ1人がケープを見てとなりの男へ囁いた。
「軍の紋章? かまうもんか、どうせ船へ乗せて出港すりゃあバレねーって」
関わらないほうがいいセリフだ。コソコソ素性をばらす男達に背を向けて走り出した。スピードが乗るまえに服のすそをつかまれて転び、叫ぼうとしたら男の指先が口へ入りこむ。
「どーして俺らのしゃべってる事がわかったのかなぁ? まあいいや、こりゃあ高値で売れそうだぜ」
口を塞がれ路地裏へ引きずり込まれた。湊はこの状況を打破すべく頭をフル回転させる。宿から出てきた人と目が合い助けを求めようとしたが、おびえた表情の旅人は表通りへ走っていった。
諦めかけた時、表通りで衛兵を呼ぶ旅人の声が聞こえた。奮いたった湊は男の指へ思いきり噛みつく。人間のアゴの力は体重に比例し握力よりずっと強いと本で読んだことがある。
「ぐあってめえっ!! 」
味わいたくもない血の味がして湊は解放された。刹那、人影がとびこんで輩の顔がひしゃげる。
「この紋章を見て誘拐なんて勇気あるのね、あなた」
男を蹴りたおしたヒギエアの長い髪が風になびいた。後ろにいた輩たちが声を荒げヒギエアへ挑みかかる。だがしかし暴漢は太い腕に叩きつけられ壁へめりこんだ。男達を叩きつけた大きな手は湊をつかみ引きよせる。うす暗い裏通りでも光をはなつラルフが息を切らせ立っていた。
「いんやぁ良かった~。それ見えなかったら、個人のもめごとだと思って見逃すところだったさ~」
大通りで衛兵を呼んだ旅人は湊のケープを指さした。集まってきた人々に裏通りは埋め尽くされる。中には倒れた輩へ腐った玉子や果物を投げつける者もいた。このあたりで発生していた人さらい事件の犯人のようだ。
「まったく私が港町にいない間に好き勝手して、前の誘拐もコイツらみたいね」
「……ヒギエア、後はたのむ」
集まった民衆を解散させ、ヒギエアと衛兵が男たちを捕縛した。ラルフは怖い顔で湊を抱え屋敷へもどった。うがいしたけど血の味が口のなかへ残っている。湊が小刻みに震えているとラルフに抱きしめられた。
温かい肌が密着して動悸がおさまる。
「すまないミナト、人の出入りが頻繁な港町は賊がまぎれることがあるんだ。危険を伝えておくべきだった」
「ビックリした、けど大丈夫……危険な場所へ行ったのは俺だし……」
湊も大きな背中へ腕をまわして抱きしめた。お風呂で使うオイルの良いにおい、気分が和らぎラルフに埋もれたまま目をつむる。
午後からラルフの祖父の友人宅へ行く予定だったが、誘拐騒動で1日先延ばしになった。夕食が終わり、昼に購入した物の数と値段をまとめていたら隣へ腰をおろしたラルフがぼやく。
「ミナト、あんな事があったのに……はやく休んだほうがいいのではないか? 」
輩に絡まれたけれど未遂、すっかり立ち直った元サラリーマンは仕事にいそしむ。体はひ弱かもしれないがメンタルは頑丈なのだ。無理やり座ったラルフの筋肉にぎゅうぎゅう押されながら目録を完成させる。封をして明日の郵便でヴァトレーネへ送れば完ぺきだ。
帳簿と品物を受け取ったツァルニの顔が目に浮かぶ。
「寝るぞミナト」
「ちょっとラルフ、インクがっ! 手、洗ってから」
拗ねたラルフにベッドへ運ばれた。
昨晩のように並んで横になった。オイルランプの灯心が消えるまで黄金にゆらめく瞳は湊を見つめていた。明かりが消えて暗くなると抱き寄せられて心臓は早鐘をうつ、心音は徐々におさまりリラックスした湊は眠りについた。




