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あしたの準備


「ミナトを侮辱(ぶじょく)するなら出ていけ。彼は物じゃない」


 ラルフは不機嫌(ふきげん)なオーラを(ただよ)わせ、橋で兵士に(から)まれた時とおなじくらい牙を()いた。観察していたヒギエアは組んだ足をほどき姿勢をもどす。悪い笑みはなくなり、にこやかな顔へもどった彼女は非礼を()びた。


 緊迫した空気は(ゆる)み、ため息を吐いたラルフは滞在の目的をたずねる。


「薬のために決まってるでしょう? 新しい住人もいて今回の滞在は楽しそう! 」


「それは残念だったな、ミナトは私と港町へ行く予定だ! ルリアナたちは置いていくから、1人で薬草を満喫(まんきつ)するといい!! 」


 話題の中心なのに蚊帳(かや)の外の湊は呆然(ぼうぜん)と見守った。不穏な空気にも動じなかったルリアナが飲み物を持ってきて、いつもこんな調子だと(うかが)わせる。彼らの仲のよさは姉弟か恋人にも見える。湊は遠慮(えんりょ)して席をはずそうとしたけど、ラルフが放さないので会話中ずっと(ひざ)へ座っていた。




「彼女はどうしてあんなことを? 」


 面会をすませたラルフと階段をのぼる。さっきのことを考えた湊は彼女がどうして(あお)る発言をしたのか気になった。湊へ向けられた悪意ではない、どちらかと言えばラルフへ向けられていた。


 階段の途中(とちゅう)で立ち止まったラルフはふり返り手をのばす。大きい手のひらが黒髪へ触れてから頬をたどった。


「ヒギエアは解放奴隷(かいほうどれい)なんだよ」


 この世界へきた日に遭遇(そうぐう)した奴隷(どれい)()り、それ以外にも敗戦(はいせん)した国の人々が奴隷として帝国へ流入する。野蛮人(やばんじん)と呼ばれる北方部族や、海へ出没する海賊が活発に奴隷狩りをおこなう。


ヒギエアは西海に面する国の剣士だが、周辺国との(いくさ)(やぶ)れロマス帝国へながれ着いた。闘技場(とうぎじょう)でライオンなどの猛獣と闘った時期もあって、自由を勝ちとった肩の傷は苦難であり(ほこ)り。元奴隷だった彼女は人を物のように(あつか)う者に対して厳しい態度をとる。


 平和な国で育った湊には途轍(とてつ)もない世界。ラルフが現れず、あの幌馬車(ほろばしゃ)へ乗ったままだったら今頃どうなっていたか分からない。ふと不安になってうつむくと、大きな手が湊の髪を()いた。


「ミナトには私がいるだろ」


 琥珀色(こはくいろ)の瞳がやさしく揺蕩(たゆた)う。自分より若いラルフの思わせぶりな言葉やふるまいに翻弄(ほんろう)されてしまう。


――――貴族というのは接待や交流も仕事のようなものだ。


 酒を飲んでもないのに(ほお)があつくなった湊は、ツァルニの言葉を思いだし階段を()けのぼった。




 白い漆喰(しっくい)の部屋は木製のベランダが設置されていた。トイレや洗面は共用、ラルフの個室ほど広くはないものの家具つきで庶民(しょみん)の物件より広く快適だ。


おまけにラルフが用意した調度品(ちょうどひん)の数々が飾られ、大理石の床へ高級な絨毯(じゅうたん)まで敷いてある。美術館のようで落ちつかなくなった湊は調度品を引きあげさせ、シンプルな部屋へ落ちついた。彼は(なげ)いたけれど、フカフカのベッドと座り心地のいいイスをほめたら機嫌(きげん)がなおった。


「ふふ、まあ仲のいいこと」


 上機嫌(じょうきげん)のラルフに抱きしめられ筋肉に埋もれてたら、窓からヒギエアの声がした。外周に設置されたベランダは他の部屋にもつながっていた。


「港町へ行くってことは、ディオクレス様のところへも足を伸ばすのでしょう? だったら私も行くわ」


 ディオクレスはラルフの祖父の友人、ロマス帝国の一線から退(しりぞ)き農業に()()れている。館には薬草を育てている庭があるらしく、関心をもったヒギエアは同行を申しでた。


「薬草なんてあったか? キャベツばっかりでキャベツ(じい)さんじゃないか」


「あの方をキャベツ爺さんなんて呼べるの、貴方(あなた)くらいよ! 」


 笑ったヒギエアはベランダから出ていった。




 明日は港町、この世界へきて初めての遠出だ。スーツは横木の棒へ吊るし、日用品をビジネスカバンへ詰めこむ。


 ラルフの忠告(ちゅうこく)もあって、なるべくこちらの服を身に()けるようにしていた。来たばかりの頃は洗濯物が(かわ)かず涼しかった下半身も、一張羅(いっちょうら)のボクサーパンツ以外に木綿(もめん)の紐どめパンツがふえた。


食物や酒などの日用品は安いけど、服や(くつ)などは高値で古着の使いまわしが多い。働きはじめて日のあさい湊は安いチュニックとぼろ革サンダルしか持っていなかった。背負(せお)えるビジネスカバンは便利さと丈夫さが()えがたいため、麻袋(あさぶくろ)をかぶせてカモフラージュしてる。


 目についた室内履(しつないば)きをこっそりカバンへ詰めていると、ラルフに見られてしまった。


「ラルフッ……これは、その、まともな履き物を持ってなくて……」


 運動靴やスーツは先進的すぎて持って行けない、しかし都市へ行くのにきれいな物を身に着けたい気持ちがある。


「ミナト、持っていかなくても向こうに置いてあるぞ? 」

「向こう? 」


 (とが)めるでもなくルリアナを呼んだラルフは湊の服を用意した。サイズを合わせたリネンの半袖チュニックと寒さよけの羊毛布の上着、ラルフの赤い布と同色の刺繍(ししゅう)がほどこされ非常に高価そうだ。足をおおう新品の靴もある。現地の子供サイズだがブカブカのサンダルを履いていた湊には十分、遠慮の言葉を吐きつつよろこびを(きん)()ない表情で受け取った。


 これらは道中の服、もうひとつの屋敷にも必要な物を用意してるという。


「もうひとつ? もうひとつの屋敷って何だよ……」

 

 貴族の感覚に庶民の湊はやるせない羨望(せんぼう)のまなざしを送った。




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