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お引越し

挿絵(By みてみん)




『――オネガイ、オネガイ』


 (ミナト)が目を開けると、ちいさな光りはベッドのうえをクルクルと回り部屋を出ていった。




 エリークが両親のもとへ帰る日がきた。


「エリーク、話したこと覚えてる? 」


 緑がかった青い瞳は湊を見つめてうなずく。皆に渡された土産(みやげ)やオモチャを両手にもった少年は馬車の荷台へ乗った。エリークの親は(ぞく)襲撃(しゅうげき)された(さい)、畑を燃やされて北の城塞都市(じょうさいとし)へ避難していた。


 シヴィルへ声をかけ、少年の両親をヴァトレーネへ連れてくるよう説得をお願いした。


「でもさぁミナト、北城塞都市のほうが強固で安定してるよ。そっちのがいいんじゃないの? 」


「うん……胸さわぎって言うか……ううん、エリークもこっちで友達できたし、せっかく勉強もがんばってたから」


 ちいさな妖精が言っていたと説明するのは(いささ)か気が引ける。こちらの表情をうかがい見ていたシヴィルは大船に乗ったつもりで(まか)せろと胸をたたいた。馬車は動きだし道中(どうちゅう)護衛(ごえい)する兵士も出発する。

荷台から顔をだしたエリークは手を振り、ふり返した食堂の親父が泣いた。ちいさな光りは湊の頭上を旋回(せんかい)して荷馬車のあとを追う、エリークが妖精(ようせい)と呼ぶものの声は雲行きのあやしい予感を胸へ(きざ)む。




 エリークを見送ってから湊も荷物をまとめた。(かり)の住居を出て新居へ移動する日、非番の兵士たちが見送りにくる。(ひげ)もじゃのアーバーにブルド、そのほか短い期間だけど寝食をともにしたヴァトレーネの兵士達だ。もちろんエリークを見送った食堂の親父もいる。


「エリークもいなくなったし、ミナトまでいないと寂しくなるなぁ」

「俺の料理、味恋(あじこい)しくなったらいつでも来いよぉぉ! 」


 クライマックスのように食堂の親父は泣きじゃくった顔をエプロンの前かけで()いた。


「ははは……親父さん、すぐ戻ってくるから」


 住居を南がわへ移すだけで今後も兵舎をおとずれる。馬のスレブニーに乗れば町の中心から10分かからない、親父をなだめて話しているとツァルニまで見送りにきた。


「ミナト、明日は港町へ出発だな? ヴァトレーネより大きな町だから色々見てくるといい」


 見送りにきたツァルニはついでに品物を明記した紙を渡す。予算が書いてあり買い付けをしてこいとの上司の命だと気づけば、めったに表情をかえないツァルニの口角が上がる。


 スレブニーへ乗って手をふり、いままで住んだ場所へ別れを告げた。




 のどかな川沿いを歩くスレブニーはシッポをあげて機嫌(きげん)がいい、このあいだまで馬の事など分からなかったのに今は気持ちも理解できるようになった。中央を流れる青い川を渡って南がわへ到着する。整備された公園そばに大きな建物があり、白い漆喰(しっく)(へい)にかこまれた邸宅が見えた。


 馬の世話係がスレブニーを(うまや)へ連れていった。円柱の回廊をぬけて玄関へ立つ、あいかわらず立派な邸宅だ。


「ようこそ、ミナト様」


 召使いのルリアナが出迎えた。西洋的なイメージとは異なるけどいわゆるメイド、若い彼女は高校生くらいに見える。様付けされて湊は耳がこそばゆくなった。


「ミナトでいいよ。よろしくルリアナ」


「わかりました、ではミナトで! ラルフ様が部屋を案内をされると(おっしゃ)ったのでしばらくお待ちください」


 はにかんだ彼女は年相応(としそうおう)の笑みを浮かべ、1階のソファへ案内する。ラルフは近くの建物へ出向いていた。公園の建造物は会議が開かれたり兵士の詰め所になっている。娯楽施設(ごらくしせつ)も完備されて民も自由に出入りする。湊の世界でいうところの役所とスポーツ施設が合わさった場所に等しい。


 ハーブティーとガラスの器に入ったヨーグルトが運ばれてきた。(つか)()の話し相手になってくれたルリアナは世話人として帝国から(おもむ)いた。邸宅に居住スペースがあって住みこみで働いてる。


 ルリアナと話していたら人影が屋内へ入ってきた。


「お邪魔するよ、おや? たしか君は……」


 メイドが長いドレス状のチュニックを着ているのに対し、兵士みたいな格好の女性が訪問した。顔は忘れるはずもない、賊に襲われた湊を治療した人だ。


「ヒギエアさん? 」


「名を覚えていてくれたのね」


 大股で歩いてきたヒギエアは湊のとなりへ腰をおろした。スレンダーだが鍛え抜かれた身体は兵士たちも顔負け、肩の傷痕(きずあと)を隠そうともしていない。


 ほそながい指で顔をつつまれ触診(しょくしん)された。(よい)(そら)のごとき濃いブルーの瞳がのぞきこみ湊はドキリとする。兵士と同様の鋭利(えいり)さなのに女性的な美しさも持つ、肉づきのいい唇が触れそうな位置へきて息をのみこむ。


「ヒギエア様っ、ラルフ様のご友人をからかってはダメですっ」


 顔を赤くしたルリアナが止めに入り、笑ったヒギエアは手を放した。


 港町に住むヒギエアはラルフと古くからの知り合い。ヴァトレーネ山間部には温泉があって、薬効のある物を求め邸宅へ滞在するそうだ。魅力的な彼女が頻繁(ひんぱん)に出入りしてると聞き、湊は少しだけもやもやした。




「ラルフ様、お帰りなさいませ」


 そばで笑っていたルリアナが立ちあがり丁寧(ていねい)に礼をする。部屋へ降りそそぐ陽光に()けラルフが立っていた。黄金色にかがやく男は無言で近づき、ヒギエアのとなりへ座っていた湊を奪いとる。


「よく来たな、ヒギエア」


 ラルフは湊を(かか)えたまま社交的な挨拶をした。様子を見ていたヒギエアは興味深(きょうみぶか)げに目をほそめる。


「ふぅん……ずいぶん気に入ってますのね。黒曜石(こくようせき)のカップだけに飽き()らず、とうとう人間までコレクションへ加えるつもり? 」


 背もたれへ腕をかけたヒギエアは奸悪(かんあく)な笑みを浮かべて足を組んだ。高慢(こうまん)な女王様のようで人によっては(ひざまず)く衝動にかられるだろう、やさしかった彼女の目はするどい眼差(まなざ)しへ変化した。




 読んで頂きありがとうございます。よろしければブックマークや評価などお願いします。


第2章は湊の出会いが広がっていきます。

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