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川の小道を歩いていると空は赤く染まり、人々は家路に就きはじめた。邸宅へ誘われたけど、歩いても日暮れまでには兵舎へもどれる。断られて面食らった様子のラルフは帰る理由をたずねてきた。
明日の朝イチでツァルニと仕事の打ち合わせがある。理由を言った途端、湊は担がれ大馬に乗せられた。
「ツァァルニィィッ!! どういうことだっ!? 」
あっという間に兵舎へ到着して、ラルフは勢いよくドアをひらく。湊は小脇に抱えられた状態でツァルニの部屋へ入った。
黄金の瞳をもつ狼と黒き狼が真っ向から対立する。眉間にしわを寄せたツァルニがため息を吐いた。
「こんな時間に何用ですか? 」
「ミナトがお前のところで働くとはどういうことだ!? 」
湊の謹厳実直な生活ぶりをツァルニは冷静に語る。文字を学ぶ合間に掃除を手伝い、塔の兵士へ食事をとどける。そんな働き者が町で生活するために仕事を探していたので提案したのだという。
しかし息まいたラルフは抱えていた湊を降ろし、真剣なまなざしで声高らかに宣言した。
「私の邸宅へ来ればいいじゃないかミナト、食事つきで働かなくてもいいんだぞ! ――そうだっ、いまから私が君のパトロンだ!! 」
太陽のようにかがやく男は目のまえへ立ち腕をひろげた。後光が差し堂々とドヤ顔を披露している。
「えぇ……いや、何もしないってのはちょっと……」
湊には長年培った労働力が染みついてる。働きすぎは嫌だけど働かないのも落ちつかない。
断られて口を開けたまま愕然としたラルフは、とつぜん別れを切り出された男みたいに湊をしっかり掴んで放すまいとしがみ付く。大きいのに抱きつかれて当然筋肉に埋もれる。
「ミナトォォ……私よりツァルニの方がいいって言うのか!? 」
大袈裟に泣きおとすラルフが同等の仕事を用意すると言えば、ツァルニは湊を先に採用したことを主張した。2人の主張はぶつかり合い、湊そっちのけで協議がおこなわれる。
学習の継続、仕事の内容、あたらしい住居の場所、足になる馬の貸し与え等々。
結果ラルフの邸宅の1室を住居とし、兵舎にて学習の継続とツァルニの仕事の補佐をする事態になった。また兵舎へ行く足としてスレブニーが貸し与えられる。
「無償でラルフの家に住むってのは――」
「ミナトォォ!! 」
断ろうとしたら黄金の瞳の狼が泣きつく。
見かねたツァルニも湊を説得した。
健康管理の点でも見知らぬ土地の1人暮らしよりいい、邸宅の使用は仕事の褒賞。書類に関しても期限内に上がるならラルフの邸宅で仕事してもいいと寛容だ。たしかに腰の痛くならない家具はそれだけで魅力的だった。サラリーマン湊は理想の上司に目を輝かせる。
「ついでにラルフ様がチェックすれば、ミナトがこちらへ書類を届ける手間も省けますよね」
非常に悔しそうな顔をしたラルフは湊を抱きしめながら同意した。
「ぐぬぬ……策士め。ツァルニ、カラスに頭の毛を1本のこらず抜かれて岩のような頭をさらすといい! この呪いを石へ刻んで墓場に埋めてやるぞ! 」
「かまいませんよ。ラルフ様が遠征中にトイレしようとして、崖から川へ落ちたことを俺も鉛版の記録に残しますから」
ラルフとツァルニの応酬は、よくわからない悪態合戦へ発展した。遠慮なくぶつかり合っても壊れない強固な関係、湊も築ける時が来るのだろうかと遠い目で見守る。
扉のすきまから満面の笑みでのぞくシヴィルと目が合った。
読んで頂きありがとうございます。
こうして後世の遺跡から謎の石板が見つかるのであった。
次回から第2章へ入ります。