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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
THE HELL
9/86

BROAD&BLIND#4 /2

「さてと、ブリーフィングを始めますかぁ」

 肩を回すなどのストレッチをひとしきり行ってから、シモンはヤオと向き合う形でソファーに腰を落とした。

 両者の間に鎮座するローテーブルのガラス天板が、一瞬でディスプレイへと姿を変える。表示されているのはいくつかの資料と、動画ファイルだ。

 一拍を置いて、正面の壁一面に広がるスクリーンに、テーブルと同じ映像が表示される。シモンがタッチペンでファイルを動かすと、スクリーン上でも同じようにファイルが動いた。

「今回のターゲットはこの方です。レド王国の第二王子、カシム・ナギーブさん」

 中東系らしき男の顔写真とプロフィールが大きく表示される。

「レド王国? 初めて聞くな」

「エジプトの西側にある小さな国です。三十年前くらいに王権争いで分離独立したんだったかな。まあ、政治的に色々と不安定な国って感じですね」

「その王子が何故パシフィカにいるんだ」

「素行が悪いことで有名みたいなので、本国で命を狙われて逃げてきたのかもしれません。王位継承を巡る骨肉の争い、的な」

「いかにもありそうな話だな」

「ま、王子サマだろうと王サマだろうと、僕らには関係ないんですけどね」

 B&Bの基本理念はBROAD(広く)&BLIND(盲目に)。金次第で誰からでも依頼を受け、なおかつ依頼の背景には一切関知しない。暗殺を実行する構成員にとっても標的は銃弾を撃ち込むための的でしかなく、標的のパーソナリティや、死を望まれるに至った経緯などはノイズでしかなかった。

「標的の居場所と、警備の状況は」

「警備はかなり厳重であることが予想されます。居場所は……おそらくジェスル島に潜伏しているものと思われますが、詳しい居場所はまだ判明していません」

 オフィスに舌打ちの音が響く。

「また調査任務込みか……。何度も言ってるが、諜報員をチームに入れろ。俺たちはスパイじゃない」

「僕だって一人くらい諜報員を入れたいですよ。でも色々と手続きが大変で」

「それも含めてお前の仕事だろうが」

「うーん、ぐうの音も出ません」

 シモンのへらへらとした笑いは、ヤオの眉間に深い縦皺を刻んだ。

「とにかく、今回も標的の居場所を特定するところからお願いしたいです。その分報酬は上乗せするので」

 大きなため息と共に、ヤオはシモンへ向かって手を出した。タッチペンをよこせと言っているのだ。

「いやあ、ホントに助かります」

 革手袋をはめた手に、銀色のタッチペンが置かれる。

 ヤオはもう片方の手の手袋を脱ぎ、指先をディスプレイに押し当てた。短い電子音の後、ヤオの社員ページが右下に表示される。その中から「Agreement」の項目をタッチし、契約内容を雑に読み読み飛ばしたあと、ヤオは一切のためらいなくサインをした。

「で、何か目星はついているのか」

 タッチペンをシモンへ返し、革手袋をはめ直す。ギチッと皮の(きし)む音がした。

「実はこの第二王子サマ、ギャングと手を組んで、怪しげな商売に手を出しているみたいでして」

 シモンは慣れた手つきでディスプレイを操作する。スクリーンに表示されたのは、船のコンテナから下ろされている少女達の画像だ。

「欧州から子供達を買い付けて、裏で売りさばいているんだとか」

「なんでわざわざ欧州から……」

 言いかけ、ヤオは眉をひそめた。

「そういうことか」

「はい。魔法使いです」

 欧州の人間にとって魔法使いは忌むべき存在であり、虐殺の対象だ。しかし欧州以外の地域――特にアジアや中東では、魔法使いは物珍しいペットのような扱いを受けている。欧州人の真似事をして、魔女を暴行する動画をネットにあげるアジア人は珍しくない。

「魔法使いさん達はオークション形式で売られているとの情報です。場所はジェスル島、マラクン・ハリージュの劇場……そのVIPエリア」

 シモンはディスプレイにタッチペンを滑らせ、劇場の立体地図を表示させた。地下二階から四階までのエリアが赤色で表示されている。

「ヤオさんにはまず、このオークションに参加していただきたいです。招待状とIDはすでに用意してあります」

「金持ちどもに混じって魔法使いを競り落としてこいと」

「必要であれば競りに参加してもいいですが、それよりもまずオークションの常連に接触してください。なんらかの情報を持っている可能性が高い」

「常連かどうかはどう判断する?」

「すでにローラさんが動いています。彼女から情報を得てください。一応僕もサポートはしますが、会場は監視カメラの範囲外なのであまりお役に立てないかもしれません」

「もともとあまり期待してない」

「あっ、ひどいなあ!」

「常連に接触したあとは」

「情報を引き出してください。いかなる手段を使っても構いません」

 いかなる手段――その言葉はシモンチームにおいて「拷問」を意味する場合が多い。

「了解した」

「何か質問は?」

「ない」

「ありがとうございます。任務詳細はすでにクラウドの方に送信済みです。あとで目を通してください」

 シモンはディスプレイをタッチペンで三回叩き、表示されていたファイルを全て閉じた。だが、少しだけ思案したかと思うと、一つのファイルを表示させた。

 スクリーンに大きく映っているのは、どこかの埠頭で作業をしているスーツの男達だ。

「すみません、一つだけ」

 シモンがタッチペンでディスプレイを叩くと、男達の顔が四角形の枠でピックアップされ、簡易なプロフィールが表示された。

「標的と繋がっているギャングですが……調査の結果、クラウン・ファミリアであることが分かりました」

「ファミリア? 壊滅したんじゃなかったのか」

 クラウン・ファミリアは主に欧州で活動している犯罪組織だ。戦後、パシフィカに参入してきたものの、長らく裏社会に君臨していた四つの組織に手も足も出せず、そのまま抗争によって滅ぼされた。

「ええ、二年前の抗争で壊滅したはずです。ボスだったカルロ・アグレスティの死亡も確認されています」

 シモンは口元に手を置き、続ける。

「ですが、今回埠頭で撮影された方々は間違いなくファミリアの人間です。二年前のデータと完全に一致している。活動を再開したと考えるのが妥当でしょう」

「ロシアン・マフィアに滅ぼされるような連中だろう。そんなに気にする必要があるのか?」

「残党が細々と商売をしてる程度であれば何も言わないんですが、どうも気味が悪いんですよね……。とにかく、気をつけてください」

「了解した」

 深くうなずき、シモンは再びタッチペンでディスプレイを三度叩く。

 全てのファイルが閉じたのち、ディスプレイはただのガラス天板へと戻った。

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