LITTLE APOCALYPSE#3 /2
「いえ、今のは聞かなかったことにしてください。ひとまずサーフィットの件は置いておきましょう。僕たちは間違いなくサーフィットを暗殺しました。その後のことは任務の範囲外です。たとえサーフィットが生き返っていようが、生まれ変わっていようが」
シモンはデスクに置いてあったマグカップに口をつけながら、珍しく眉間に縦皺を刻む。
「ストラースチの兵器は、駆けつけたロトス島警を数名殺害した後、地下へと侵入していきました。《アルケーの火》を殲滅するという任務を与えられているのであれば、まあそうするでしょうね。魔女殺しの獣にとってはロトスの地下なんて絶好の狩り場でしょうし」
魔女殺しの獣。――その呼称にヤオの表情がますます険しさを増す。
最初、ストラースチの兵器が人間だと知った時は些か拍子抜けした。魔法使い連中もストラースチも、ただの人間に恐れをなしていたのかと思うと、全てが茶番のようにすら思えたからだ。
だが、ノヴォヴィチキでの惨状を見て考えを改めざるを得なくなった。
魔法使いは人を吹き飛ばし、銃弾を止め、物質を操り、時には人体さえ意のままにする。こんな連中を相手に銃で武装した戦闘員をいくら送り込んだところで、撃退されるのがオチだ。
しかし、魔法が効かない相手となれば話は違ってくる。まして、目に見えない速度で移動し、素手で人体を破壊する化け物が相手となれば。
おそらく黒コートの男には吹き飛ばす魔法も人体を操る魔法も効かない。武器を持たないため武器を奪うことは出来ず、銃を使わないため銃弾を止めることも出来ない。
――まさに、天敵だ。
魔法使いを殺すためだけに存在している獣である。
「このまま、《アルケーの火》だけ殲滅して帰ってくれればありがたいんですが……」
シモンの目はやはり若干の焦りを含んだままモニタへと向けられている。常に一手先を読み、軽薄ながら冷静沈着で在り続けるシモンにしては珍しい表情だ。
「気になることでもあるのか」
「――シャロンです」
意外な返答にヤオは目を細めた。
「クソガキがどうした。……いや、そもそもあいつは今どうしてる」
今日、ヤオがアジトを訪れたそもそもの理由はそれだった。
二日前、サーフィット暗殺任務の際にシャロンを撃ってしまったことをヤオはずっと気にかけていた。シャロンの身を案じているというより、得体の知れない感情に呑まれて引き金を引いてしまった自分自身への苛立ちがいつまでも消えずにいる。
あの時のシャロンの行動には妥当性があった。少なくとも、すぐに裏切ったと断ずるような状況ではなかった。
にもかかわらず、ヤオはシャロンへと銃口を向け、引き金を引いた。
裏切り者の排除――そんなものは後付けの言い訳に過ぎない。
シャロンと目が合った瞬間、自分がぐらりと揺れるような感覚があった。そして、声が聞こえた。
――魔女を殺せ。
その囁きはヤオの思考を埋め尽くし、今まで感じたことのない殺意を呼び覚ました。
気づけばヤオは引き金を引いており――放たれた銃弾は、姿を消す直前のシャロンに直撃していた。
その時光景が、いつまでも頭から離れない。
「――分かりません」
シモンの返答に、ヤオは一拍おいてから反応する。
「は?」
「シャロンは友人であるロブ君を追いかけて地下へと侵入していきました。現在信号は途絶えているので、今どこで何をしているのかは分かりません」
「意味が分からないんだが。クソガキは《アルケーの火》から抜けたんじゃないのか」
「はい、《アルケーの火》から脱退したと報告を受けました。なので、シャロンは組織と関係無く友人を――チェルミの傀儡師を止めようとしているのでしょう」
ヤオは得心がいったような、うんざりしているような、何とも言えない表情を浮かべる。
「……馬鹿だろ、あのガキ」
「ええ、僕も馬鹿だと思います」
「チェルミの傀儡師を止めたとして、その後B&Bに戻ってくる保証は」
「そこはあまり疑ってません。彼女は必ず戻ってきます。……戻ってこられるのであれば、ですが」
シモンの言わんとしていることを理解し、ヤオは舌打ちをした。
「よりによってこんな時に……」
ふと、切れ長の目が部屋の隅に置かれたサボテンへと向けられる。
「瞬間移動の魔法とやらはどうなった」
「シャロンに何かしらの異常が生じていなければ、問題なく使用出来ると思います」
「なら、そこまで心配する必要もないだろ」
「そうなんですが……」
煮え切らない返答だ。
まだ一年程度の付き合いだが、シモンがこういった曖昧な返答をするのはどういう場合かをヤオは理解している。
論を裏付ける確証は何一つないが、不吉な事態が迫っているという確信だけはある――つまり、〝嫌な予感〟を覚えている時だ。
「……クソッ」
ヤオは忌々しげに吐き捨て、回転椅子の背もたれに置いていた手を離して面を上げた。
「クソガキの信号が途絶えた地下入口はどこだ」
「ザレツク東のスクラップ場付近です」
シモンがタッチパネルを操作すると、PCモニタには瞬時にロトス島の3D地図が表示される。その中で赤くハイライトされているのがザレツク東のスクラップ場だ。
「ただ、ここで通信が途絶えたというだけで、今現在シャロンが地下のどこにいるのかは皆目見当もつきません」
「クソガキの信号に動きがあれば連絡を。地下に入る前なら間に合う」
「……いいんですか」
「何がだ」
「ストラースチの兵器と遭遇する可能性はゼロではありません。それに、シャロンの行動は組織とは無関係のものです。本来、僕たちにはシャロンを助ける義務はない」
「そうだろうな」
「それでも、行ってくれるんですか」
ヤオは少しだけ考えた後、レザージャケットのポケットからバイクのキーを取り出した。ぶら下がっているのは友人――リカルドから貰ったサメのキーホルダーだ。
「お前はさっき、異常がなければ魔法を使えると言ったが……クソガキはまだ背中に穴を開けたままだろう。そのせいで魔法が使えず、獣に食い殺されでもしたら寝覚めが悪い。ただでさえ普段から寝られないっていうのに」
疲労の滲んだ溜息を漏らし、踵を返して一歩を踏み出す。
「それに……魔女相手に借りを作るのはごめんだ」
そう吐き捨て、ヤオはワークブーツの靴音を響かせながら扉の方へと歩いて行った。
「ヤオさん」
「なんだ」
ヤオは扉に手をかけたまま、無表情にシモンを振り返る。
「これは命令ではなくお願いですが、シャロンを見つけたら迅速に撤退してください」
「何が言いたい」
「魔女殺しの獣と接触するのは避けてください、という意味です」
重たい沈黙が流れる。
「……善処はする」
端的な返事だけを残し、ヤオは今度こそ部屋を後にした。




