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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
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LITTLE APOCALYPSE#2 /1

 ――ロトス島ルビノヴォ。

 コンビナートからほど近く、工場ばかりが建ち並ぶエリアの一角にストラースチのアジトは存在する。要塞(シタデル)とも呼ばれるその建物は、パシフィカ裏社会の皇帝が住まう宮殿として古くからロトス島に君臨していた。

 自動小銃を装備した男達が並ぶ廊下の最奥に〝皇帝〟が座す一室がある。

 ロシア風の調度品が並ぶクラシカルな広間は文字通り宮殿の一室を思わせるが、壁には大型のモニタがいくつも設置されており、株価のチャートや監視カメラの映像が表示されていた。

 その中の一つは不自然に黒い画面を映し出している。

 つい先ほどまでゴア映画のような血みどろの映像が流れていたが、爆発が起こった瞬間に映像は途絶えてしまった。

 その退屈な画面を、天使のような見た目の男が立ったままじっと見つめている。

 海色の瞳に覗くのは虚無だ。

 魔法使い達が殺戮されていく様を歓ぶわけでもなく、その凄惨な光景に眉を顰めるわけでもない。羽虫の群れが燃え尽きていくのを眺めるかのように、何の感情もなく仇敵達の死を眺めていた。

「……カメラは壊れたようだが、死んではいないだろう」

 革張りのソファーに腰掛けたまま、〝皇帝〟ハヴェル・ヴォルコフは葉巻の煙を吐く。

 部屋にはヴォルコフと同盟相手――アーサー・ベイリアルの姿しかなく、アジトの中でありながら、どこか密会のような空気が漂っていた。

「確かにあれは魔法使いにとっては天敵ですね。魔法が効かないとは」

「身体能力も人間のそれをはるかに凌駕している。まさに兵器――生体兵器だ」

 吐き捨てるようなひと言に、ベイリアルが珍しく眉根を寄せる。だがヴォルコフは彫刻めいた顔がかすかな嫌悪感を露わにしたことに気づいていなかった。

「それにしても、構わないのですか?」

「何がだ」

「兵器の件はストラースチの中でも極秘情報として扱われていると伺っています。同盟相手とは言え、私のような部外者に手の内を明かすのは些か不用意では」

「問題ない。魔女狩り部隊の長に本物の魔女殺しとは何なのかを見せてやりたくなった。それだけだ」

「なるほど。貴重な経験をありがとうございます、ミスター」

 ヴォルコフは肩を揺すって笑う。だが、その目はまるで笑っていない。

 それはベイリアルも同じだった。

「これで、〈アルケーの火〉は壊滅したと言っていいでしょうね」

「ああ。貴様らの出番はなかったな」

「残念です。あの女の首を貴方に献上するつもりだったのですが」

 葉巻を持つヴォルコフの指先がピクリと動く。

「……ですがまあ、無事に兵器が動いてくれて何よりです。このままずっと膠着状態が続くのではと危惧していたものですから」

 返事はない。

 代わりに、ヴォルコフは吸いかけの葉巻を灰皿へと置く。その右手で別のものを握るために。

「――いつ、気づいた?」

 もはや隠す気もない問いに、ベイリアルはふっと鼻で笑った。

「それなりに早い段階で気づいていました。状況から判断しても、おそらくは貴方だろう、と」

「そうか」

「しかし、何故? ミスター・サーフィットの身柄を〈アルケーの火〉に渡らせたところで、貴方には何の益もないように思いますが」

「そうだな。益はない。むしろ不利益ばかりだ。……ああ、まったく、とんだ大馬鹿だな、俺は」

 指輪がいくつも嵌まった指でテーブルをなぞり、ヴォルコフはモニタの映像をノヴォヴィチキ地区の監視カメラ映像に切り替えた。

 工業街の無彩色な風景は赤黒く染まっており、人間であったものがアスファルトに散乱している。NPCIが到着し、規制線が張られているようだが、制服警官達も凄惨すぎる場の状況に狼狽しているように見えた。

「ただ、好ましいと思った。だからこそ可能であれば殺さずにいたかった。貴様には理解出来ないだろうがな」

「あの女と関係を持っていた、ということですか?」

「いや、戦友と言った方が近いか。〈アルケーの火〉と手を組んだ時からあの女には一目置いていた。他の連中と違って、あの女の目には確かな意思があった」

 ソファーの背もたれに身を預け、ヴォルコフは懐かしむように続きを口にする。

「地下鉄道網をアジトとして使うことを許したのも、あの女がどこまで戦い抜くかを見たかったからだ。生憎、我々ロシア人は魔法使いに対してさほど敵意を抱いていないからな。他組織へ対抗する切り札としても〈アルケーの火〉は極めて有用だった」

「本国は違う考えをお持ちだったようですが」

「そうだ。事実、〈アルケーの火〉は前の指導者が死亡したことで派閥別れを起こし、昨今では邪魔な存在になりつつあった。それでも、俺はギリギリのところまで粘った。本国を説得もした。連中はまだ利用価値がある、とな。――その全てを、ウィロウブルックのテロが御破算にした」

 みしり、とどこかで空気の軋むような音がした。

 その殺気すら愉しんでいるかのように、悪魔が口の端を吊り上げる。

「連中にはあのテロを企図するだけの能力はない。あれは間違いなく何者かの入れ知恵だ。――貴様もそう思うだろう、ミスター・ベイリアル?」

「入れ知恵など……」

 ベイリアルは口元に手を当て、吊り上がった口元を隠す。しかし弓なりに細められた目元は隠せてはいない。

「通りすがりに助言をしただけですよ。あまりにおざなりなテロ活動だったので、見ていられず」

「なるほどな。貴様のその助言のおかげで本国は〝兵器〟の使用に踏み切った。そして、貴様の望み通り〈アルケーの火〉は壊滅した」

「ええ、鬱陶しい害虫どもが消えてほっとしています。貴方としてもよかったのでは? 魔法使いどもとの睨み合いなど長く続くはずもない。いずれは破綻していたでしょうね」

「ああ、貴様は正しい。――故に、貴様を生かしてはおけん」

 低い――あまりにも低い一声を合図に、銃を手にした男達が部屋の中にぞろぞろと現れる。ざっと数えても二十人ほどはいるだろうか。

 一方でベイリアルは丸腰だ。アジトに入る前にボディチェックを受け、携帯していたIWI Jericho 941(ベビーイーグル)を預けている。部下も伴っておらず、とてもじゃないが二十人を相手に出来る状況ではない。

「部下を連れてこなかったのは失敗だったな。驕ったが故に命を落とすとは、いかにも悪魔らしい最期だ」

 ヴォルコフも懐から銃を抜き、ベイリアルの頭を捉える。

 四方から銃口を向けられていることに気づいていながら、ベイリアルはこの期に及んで薄い笑みを浮かべながら両手を挙げた。

「連れてこなかったのではなく敢えて置いてきたのですよ。邪魔になると分かっていたので」

「……なに?」

「最後にひとつ確認をさせてください、ミスター。我々は魔法使いを殲滅するために手を組んだ。しかし、あなたは魔法使いに与し、今もなお連中に肩入れをしている」

 ふっと場の空気に冷たいものが混じる。

「つまり……同盟は破棄ということでよろしいか?」

「この状況で同盟もなにもない」

「確かに」

 ヴォルコフは場の空気に呑まれぬよう己を律し、引き金にかけた指に力を込めた。

「さらばだ、悪魔よ。貴様を故郷に帰してやる」

 その時、悪魔がゆっくりとヴォルコフを振り返った。

 深海のような暗い青の瞳には、殺意とも怒りとも違うぞっとするような光が宿っていて――。

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