BROAD&BLIND#3 /2
二人の間に流れる妙な沈黙を打破したのは、ハンドヘルドデバイスの軽快な着信音だった。
エディはジャケットの内ポケットからプレート状のデバイスを取り出し、親指で軽く操作をしてから耳に当てる。最近は超小型インカムが流行しているようだが、NPCIでは未だにデバイスでの通話という手段を採用している。
「フレッド、どうした」
通話してきたのははフレッド・マスダという同チームの捜査官だ。ネットを駆使した情報収集やデータ解析を主に担当しており、本部にいることが多い。
<その声はアレだね、エドワード君。だいぶ行き詰まっている感じだね>
「その通りだよ。もう迷宮入り寸前だ。……で、何かあったのか」
<良いニュースと悪いニュースがあるよ。どっちを先に……って言いたいところだけど、僕の独断と偏見で悪いニュースから先に言っちゃう。ジェスル経済評議会がバーンズさん殺しの犯人に懸賞金をかけることを前向きに検討中。おそらく、明日の朝には正式に発表されるだろうね>
「明日の朝か、早いな……」
<被害者さんは評議会メンバーではないけど、大陸の方でも名の知れた事業家さんだったみたいだからね。面子みたいのもあるんじゃないかな。ちなみに額は八万アトル前後って噂。お仕事に困ってるフリーランサー達がこぞって食いつく額だね>
アトルはパシフィカ国内の通貨だ。現在、一アトルがおおよそ〇・九五ドル。つまりドル換算すると懸賞金の額は七万六千ドルということになる。
「B&Bが動くよりよっぽどいいさ。フリーランサー連中が動いたところで、捜査は打ち切りにならないからな」
<確かにねー。今のところB&Bが動いてるって噂は聞かないかな。まあ、噂が広まってる頃には、彼らの仕事はもう終わってるんだろうけど>
エディは無意識のうちに眉をひそめていた。
迫害され、パシフィカに逃げてきた魔法使い達よりも、金次第でどんな仕事も請け負うB&Bの方がはるかにタチが悪い。
だが、NPCIに所属しているからこそ、エディはB&Bに手出しが出来ない。B&Bという組織の成り立ちには政治的な問題が絡んでおり、政府はその存在を見て見ぬ振りしているからだ。
「で、良い方のニュースは? ……というか、今、本部か?」
<まさかぁ、自宅だよ。僕ぁ確かに日系だけど、カンパニースレイブにはならない主義だからね。お友達が仕事中って報告見て、趣味で調べ物してるだけ>
「助かるよ、フレッド」
<どーいたしまして。良いニュースはね、SNSで見かけた情報なんだけど……>
フレッドは一呼吸つき、二の句を継ぐ。
<明ノ島で、西洋人っぽい少女がひとりで歩いていたっていうSNSの投稿がいくつか。なんでも、随分上等な服を着ているのに見るからにボロボロで、靴を履いていなかったんだとか>
「詳しい場所は?」
<色んな所に出没してるっぽいけど……西油地区での目撃情報が多い感じかな? あんなところに女の子一人でいたら危ないよ>
明ノ島に住む人間の殆どは日本、中国、韓国、東南アジアなどのアジア系であり、西洋人の住民は全体の一割にも満たない。特に西油地区は他島民が滅多に立ち入らないスラムのため、西洋人の少女がひとりで歩いているのは確かに不自然といえた。
<目撃情報が多くなれば明ノ島支局の治安維持課も動き出すだろうし、探すなら急いだ方がいいかも。その子が魔女さんとは限らないけどね>
「当たってみるよ。ありがとう、フレッド」
<どういたしましてー。それじゃ、無理しないでねエドワード君。おやすみぃ>
ポーンという軽い音と共に通話が切れる。
エディはデバイスを内ポケットにしまい直し、ジャケットの襟を正した。
「フレッドはなんだって?」
「明ノ島に西洋人の少女がいたらしい」
「そりゃまた随分と詳細な情報だな。今すぐにでも犯人を捕まえられそうだぜ」
「行こう。何か手がかりがあるかもしれない」
「今から!? おいおい勘弁してくれよ。またハニーと喧嘩になっちまう」
「軽くパトロールしたら帰るよ。ちょっと付き合ってくれ、相棒」
パットは言いかけた言葉を呑み込み、ため息を吐いた。相棒と呼びかけられると、それ以上何も言えなくなってしまうのだ。
「仕方ねえなあ。その代わり、アカシマ横丁でラーメン一杯奢れよ」
「わかったよ」
二人は踵を返し、規制テープの前に立っている警官に挨拶をすると、明ノ島へ向かうべくパトカーへと乗り込んでいった。