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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
69/86

ATONEMENT#4

 ガスが霧のように充満している街の外れに、戦闘服に身を包んだ十数人の男女が集結している。彼らは武器こそ携帯していなかったが、目出し帽(バラクラバ)から覗く目には並々ならぬ殺意が宿っている。

 ロトス島ノヴォヴィチキ地区は最初にチェルミの傀儡師が出没した場所ということもあり、ここ最近は人気がめっきり減っていた。ロトス島の工業街は元々人通りが少ないが、ここ最近は輪をかけて人の気配がない。

 郊外ともなれば車通りすらなく、十数人の男女が突如として姿を現しても驚く人間は一人もいなかった。

 集団のリーダー的存在――サミュエル・ゲランは同胞達を率いてノヴォヴィチキ地区の中心部へと歩を進めていく。

 目的はストラースチが所有する金融拠点の破壊だ。

 二日前、ヴァネッサ達が捕らえていたストラースチの科学者が何者かに殺害された。

 恐らくB&Bの仕業なのだろうが、それはこの際どうでもいい。重要なのはストラースチが兵器を使用する術を失った、という事実である。

 連中が切り札を出せなくなった今、再起できないほどの大ダメージを与えればロトス島における優位性を得ることも夢ではない。テロに否定的なヴァネッサ派も現在は組織内で力を失っているため、まさに今が好機だ。

「サミー、本当にやるんだな?」

 長年サミュエルを側で支え続けてきた戦友が慎重に問いかける。ここが分水嶺だと言わんばかりに。

 サミュエルは目出し帽の奥で唇を引き結び、静かに頷いた。

「……わかった」

 二人のやり取りはそれで終わった。それだけで十分だった。

 戦友が言わんとしていることは分かっている。

 今日ここに集っているサミュエル派の魔法使い達は皆、ウィロウブルックでの戦果を――ストラースチの物流拠点を破壊し尽くしたあの経験を忘れられずにいる。

 だが、あのテロはサミュエルの力で成したものではない。

 一か月ほど前、ストラースチの拠点を襲撃し、アジトへと撤退していたサミュエルらの前に一人の男がふらりと姿を現した。その男は同行していた二名の同胞を瞬く間に()()()()()()()()、ただひと言「あなた方のそれは見るに堪えない」と口にした。

 呆然とするサミュエルに対し、男は次に狙うべき場所と有効な作戦をいくつか教え、そのまま踵を返して去って行った。男の正体がクラウン・ファミリアの首領だと知ったのはアジトに戻った後だった。

 あの男の狙いが何なのかは未だに分からない。

 魔法使いが魔女狩り集団の首領を務めていることに驚くべきなのか、それとも魔女狩り集団の首領が〈アルケーの火〉に接触し、あまつさえテロの手助けをしていることを疑問に思うべきなのか。

 一つだけ言えるのは、あの男が立てる作戦はどれも恐ろしいほどの精度を誇ったということだ。

 あの男の立案した作戦の通りに行動したからこそ、サミュエル達は数少ない人数でストラースチの物流拠点に奇襲をしかけ、一人も欠けずに生還することが叶った。あまりにも鮮やかなウィロウブルックでの作戦は、組織におけるサミュエルの影響力を大きく高めることとなった。

 だが、今回の作戦にあの男は関わっていない。ある日を境に、あの男はぱたりと姿を現さなくなってしまった。

 裏切られたのかもしれないし、ただ単に興味を失っただけかもしれない。どちらにせよ、クラウン・ファミリアの首領であるのなら、いずれは彼のことも殺すことになるだろう。

 とにかく今は〈アルケーの火〉を一つにまとめ、ストラースチとの戦いに勝たなければならない。そうして魔法使いを迫害する全ての者を排除し、〝神〟が遺したとされる約束の地に魔法使いだけの国を作る。

 そのためであればリーゼンフェルトの末裔だろうと、悪魔だろうと、何でも利用する。

 凡ては魔法使いのため。

 あの日、学院に戦争をしかけ、ヴァレール家次期当主を殺めた奴らへの復讐のため――。

「サミー、あれ……」

 同胞の一人が声を震わせながら前方を指さす。

 道の先に立っているのは黒いコートに身を包み、口元を金属製のマスクで覆い隠している大柄の男だ。真っ白な髪は無造作に伸び、その隙間からは血のように赤い目が覗いている。

 男はただ黙ってそこにいた。

 サミュエル達を見て驚くこともなければ、恐れることもない。まるでバッテリーの切れた機械のように微動だにせず立ちすくんでいる。

 その佇まいの異様さに恐れを成したのか、年若い女の同胞――ローリーが魔法を使おうと手を伸ばした。

「待て」

 サミュエルが咄嗟に右手を挙げてそれを制止する。

「お前はこの辺りの住民か?」

 問いかけるも返事はない。言葉が通じているかどうかも不明だ。

 サミュエルは溜息をつき、ローリー視線で合図を送った。その「殺して構わない」というアイコンタクトを受け、ローリーが伸ばした手に力を込める。

「……魔法使いか?」

 ふいに、男がぼそりと言葉を吐き出した。

 一切の感情を排除した抑揚に欠ける声だ。

 サミュエル達は返答しなかった。

 どのみちもう遅い。

 ローリーはすでに魔法を――。

「えっ」

 声を漏らしたのは一体誰だったのだろう。

 気づいたときには男の姿はなく、代わりにひゅっと風が動いた。

 水音がする。

 空気が抜けるような音も。

「ローリー……?」

 何が起こったのか理解出来ないまま、サミュエルはローリーの方を振り返った。

「が、ふっ……」

 赤い液体がローリーの口から吐き出される。

 彼女は太い腕に腹部を貫かれ、壊れた玩具のように口から血を垂れ流し続けていた。

 腕が引き抜かれるのと同時に、ローリーの体が遠くへと放り投げられる。彼女は地面を何度かバウンドしながら吹っ飛んでいき、崩れかけた壁にぶち当たって動きを止めた。

 コートに身を包んだ白髪赤目の男がゆらりとサミュエル達を捉える。その右腕を赤黒い液体で染め上げたまま。

「お、まえ……ッ!」

 同胞のうち一人が手の平を男へと向ける。

 だがぐしゃりと音を立てて潰れたのは男ではなく同胞の頭だった。魔法を使おうとした同胞は男の巨大な手に頭部を鷲づかみにされ、そのまま容赦なく握りつぶされていた。

 他の同胞達も魔法の行使を試みている。

 だが誰一人として男を止めることはできなかった。

「……馬鹿な」

 同胞達が次々に殺されていく。為す術もなく。そして情け容赦なく。

 サミュエルは手の平を男へ向け、その巨躯が吹っ飛んでいく様をイメージした。いつもであればイメージはすぐに結実し、現実に反映される。サミュエルほどの魔法使いともなれば、〝詠唱〟の時間はほとんど必要ない。

 だというのに。

「どう、して」

 男は同胞達のほとんどをただの肉塊に変え、獣じみた赤い瞳でサミュエルを見据える。その柱のような足で地面をしっかと踏みしめて。

 ()()()()()()()

 そのことに気づいた瞬間、サミュ背筋に冷たいものと熱いものが同時に駆け抜けていった。

「まさ、か」

 声が震える。

 絶望、驚愕、怒り、恐怖――様々な感情が渦巻いている。

「なんで、なんでだ。なんで今更」

 一歩、二歩、と下がっていくサミュエルを、男は静かに追い詰めていった。

 その姿はまるで飢えた虎のようで――。

四安門(しあんもん)――!」

 そう口にした瞬間、サミュエルの頭は割れたスイカのように粉砕されていた。

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