ATONEMENT#3 /1
まるで誘われているかのようだ。
ロトス島の地下に張り巡らされたトンネルを奥へ奥へと進んでいくたび、見えない何かに足を絡め取られているような気分になる。
その正体はきっと、不安と躊躇なのだろう。
イヴァノフカでの銃撃戦に巻き込まれ、その最中にロブの姿を見つけた後、シャロンは必死で彼のことを追った。不得手だからなのか、それとも敢えてなのか、ロブは空間転移魔法を使おうとはせず、一度もシャロンを振り返らないまま地下トンネルへと駆け込んでいった。
――先ほど、捜査現場に〝飛んで〟しまったときは心底焦った。
勿論、シャロンは狙って捜査現場に転移したわけではない。
人物を対象とした空間転移――つまりロブのことを強く思い浮かべて飛んだ結果、捜査現場のど真ん中に転移してしまったのだ。
結果としてロブを見つけることは出来たが、まさか銃撃戦に巻き込まれるとは思わなかった。そして、エディの目の前で魔法を使ってしまったことも完全に誤算だった。
エディを助けないという選択肢もあった。むしろ、その方が面倒事は少なく済んだだろう。
けれど、どうしてもエディを見捨てられなかった。
本能が「彼を助けなければ」と叫んでいた。
――魔法使いだと知られるリスクを負ってでもなお。
「……っ!」
トンネルの奥で影がゆらりと動く。
シャロンはハンドヘルドデバイスのライトを頼りに影と足音を追った。電波が届かない深度だが、ライト機能は通信が必要ないため問題なく使用できる。
(方向的にチェルミ駅の近くのはずだけど……人の気配が全然ない)
コンクリート柱が並ぶトンネルを慎重に進んでいく。
《アルケーの火》に加入してから、隙を見てトンネル内を見て回ったが、この辺りは一度も足を踏み入れたことがない気がする。もしかすると組織の中でもあまり知られていない場所なのかもしれない。
この場所に逃げ込んで、ロブは一体どうするつもりなのだろう。シャロンから身を隠したいのか、それとも誘い込んでいるのか。誘い込んでいるのだとすれば何が目的なのか。
それはシャロンにもそっくり言えることだ。
ロブをこのトンネルに追い詰めてどうしたいのか。人を殺しては駄目だと諭すのか、それとも狂気に蝕まれている彼を殺すのか。
もしもの時のために銃は携帯している。ローラが選んでくれた小型の拳銃――グロック26を。
だが、いざロブと対峙した時、自分は銃口を向けることができるのか――。
「この音……」
どこかから金属が擦れ合うような音が聞こえる。
シャロンは手にしているハンドヘルドデバイスをきゅっと握り、音が聞こえてくる方――狭い横道へと体を滑り込ませた。
点検用の通路か何かだったのか、途中から床は金網のそれに変わり、甲高い足音が暗闇に響き渡る。更に進んでいった先にはスチール扉があり、錆び付いた蝶番が寂しげな音を立てていた。
音の正体はあの扉だろう。
そして、扉が動いていると言うことは――。
「ロブ……?」
シャロンは最大限に警戒をしながら扉へと近づき、中を覗き込んだ。
さほど広くない部屋だ。壁際にはビニールシートで包まれたものが放置されており、あまり人の手が入っている印象はない。
おそるおそる部屋の中へと足を踏み入れる。
ライトで部屋中を照らしても、人影らしきものは何も――。
「アネット」
シャロンの喉からひゅっと悲鳴のような音が漏れた。
咄嗟に背後を振り返ると、そこにはライトに照らされてもなお色濃い影を貼り付けているロブの顔があった。
「ロブ、その顔……」
よく見ると、ロブの目は痛々しいほどに血走っている。鼻血を拭いた痕跡もあり、強く噛みしめたのか唇にも血が滲んでいるようだ。
シャロンはすぐにその理由を悟った。
人体操作魔法を得意としているからといって、短時間で何人もの体を代わる代わる操るようなことをすれば間違いなく負荷がかかる。特に人体操作魔法は〝対象の精神的な抵抗〟が強いほど難しいらしく、体を操って同士討ちをさせるなど相当な負荷がかかっていたに違いない。
そこまでして、ロブはどうしてNPCIを狙ったのだろう。
何人も殺して、NPCIを挑発して、捜査のために集まった警官達を襲撃する――その意図がまるで分からない。
「こんなところまで追いかけてくるとは思わなかった」
ロブはシャロンを追い詰めるように一歩前へと進み出る。
気圧されてはいけないと分かっているのに、シャロンは無意識のうちに一歩後ろに下がっていた。
「僕に何か用?」
「……ロブの様子がおかしいと、ヴァネッサが」
「探してこいって言われたの?」
「いえ。そういうわけでは……」
「そう」
ロブは感情が読めない空虚な表情を浮かべている。
初めて会った時の、素朴で少しはにかんだような笑顔はもう影も形もなかった。
「……怪我、酷くならなかったみたいで安心したよ」
ロブの視線がシャロンの腹部へと向けられる。
「君が撃たれたとき、頭が真っ白になった。君が死んでしまうかもしれないと思うと、もうどうしようもなくて……。だから、本当によかった」
「あの時、ロブが空間転移魔法を使ってくれなければ死んでいたかもしれません」
ロブは少しはにかんだが、やはりすぐに空虚な面持ちに戻ってしまった。
「……もしかして、私が撃たれたから、ですか」
「何が?」
「私が撃たれたから、人を殺したんですか」
返事はない。だからこそ怖かった。
この沈黙は、どちらかと言えば肯定を表しているように思えるから。
「どうして……」
「確かに君が撃たれたのも理由の一つだ。あの一件で魔法使いじゃない人間はやっぱり生きるに値しないって思った。……でも、大きな理由は別にある」
「それは」
「聖女だよ」
その言葉を口にした瞬間、ロブの顔が苦しげに歪んだ。




