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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
61/86

SCHISM#3 /3

「……何故邪魔をした」

 いまだ銃声の余韻が響く地下牢に、ヤオの不愉快そうな声が溶けていく。

 愛銃を構えるその細腕は、キーンの巨大な手に強く掴まれていた。

 もしキーンが咄嗟に軌道を逸らさなければ、たった今放たれた銃弾はシャロンの腹ではなく額を貫いていただろう。

「彼女は自分の身を守ろうとしただけだ。裏切ったわけではない」

 ヤオは乱暴にキーンの腕を振りほどく。

「俺にはあの男をかばったように見えた」

「たとえそうだとしても、殺すのは早計すぎる」

 キーンの言っていることは正しい。

 シャロンが裏切ったかどうかの判断は基本的にはシモンに(ゆだ)ねるべきであり、現場の判断で始末をするのは早計が過ぎる。

まして、今のような判断が難しい状況においては。

「……チッ」

 ヤオは身を翻し、牢の中にいるサーフィットを捉えた。

 標的の姿はブリーフィングで確認した写真とほとんど変わらず、唯一異なるとすればぞっとするような不気味な笑みを湛えていることだけだ。

(何故だ。どうしてこんなに苛立つ?)

 シャロンが一緒にいた魔法使いを咄嗟に押し倒したのは、おそらく顔を見せないようにするためだろう。そして銃弾を止めたのはキーンが言うとおり自分の身を守るためだ。それは分かっている。

 分かった上で、ヤオはシャロンのことを殺そうとした。

 はじめてシャロンを見たときから棘のような苛立ちが胸の奥に刺さって抜けない。理屈では説明できない嫌悪感が意識の深いところでざわついている。

 いや、シャロンだけではない。

 リタという少女に魔法を使われた時も同じ嫌悪感を覚えた。まるで、本能に植え付けられた何かが〝魔女を殺せ〟と叫んでいるかのように。

(俺は、逃げた。……逃げたはずだ。もう連中とは何の関係もない)

 銃把を握る手に力が籠もる。

 自分はもう自由なのだと胸の内で何度も言い聞かせた。

 だというのに、誰かに操られているという感覚がなくならない。

 皮膚の下で何かが(うごめ)いている。

 連中が残した何かが、体の中に根を――。

「――久しぶりだな、殺戮者(マーダー)。三十四年ぶりか?」

 耳障りな声に意識を引き戻される。

 ヤオは刃物めいた目をサーフィットへ向け、銃口を向け直した。

「悪いが人違いだ」

「そうかね。魔女に逢うことがあればよろしく伝えておいてくれたまえ」

「今出くわしたばかりだが」

「彼女ではない。彼女よりもはるかに冷酷で、無慈悲で……そして哀れ極まりない女のことだ」

 ざらりとした声に愉悦の色が滲む。

 にわかに場の空気が重くなった気がした。

「気をつけたまえ。あの女は君を殺そうとして――」

 ――銃声。

 サーフィットは額に銃弾を撃ち込まれ、薄い笑みを浮かべたままひっくり返るように上を向いた。

「キーン、この鉄格子を開けられるか」

「ああ」

 キーンはヤオの傍に寄って錆び付いた鉄格子を握り、スナックの袋でも開けるかのような軽さで左右へと開く。

「助かる」

 ヤオは鉄格子の隙間から牢の中に入り、額に風穴を開けているサーフィットの頭部にもう二発銃弾を叩き込んだ。

 たとえ相手が息をしていなくても、確実に仕留めたいのなら頭に二発ぶち込んでおけ――師から耳にたこが出来るほど聞かされた言葉だ。ヤオは今でもその教えを忠実に守っている。

「……標的を始末した」

 誰に言うわけでもなく呟き、ヤオは再び鉄格子を通り抜けてキーンの隣へと戻った。両者とも未だに銃を手にしているのは、いつ現れるか分からない魔法使いを警戒しているからだ。

「どうかしたか、ヤオ」

 いつの間にかヤオの眉間には深い縦皺が刻まれていた。そこに幾ばくかの後悔と罪悪感が含まれていることに、ヤオ自身すら気づいていない。

「何でもない。……行くぞ」

 靴音を響かせ、ヤオとキーンは牢獄を後にする。

 生きている者がいなくなった薄暗い地下トンネルの中で、アンソニー・サーフィットは椅子に座ったまま額から血を流し続けていた。


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