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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
60/86

SCHISM#3 /2

「オリジナル・マザー」

「……ふむ?」

「初めて会った時、あなたは私のことをそう呼びました。オリジナル・マザーとは一体何なのですか」

「…………」

 サーフィットはじわりと目を見開き、口を三日月に吊り上げ――そして、不気味な笑い声を漏らした。

「クックク……そうかそうか、気になるか! やはり今回はいい。全てが歪んでいる。奴はまだ落下した傷を癒やすのに忙しいようだな」

「……奴?」

「ああ、気にしないでくれたまえ。こちらの話だ。……いいとも。質問に答えよう」

 サーフィットは枯れ木のような手を口元に添えてから、その手でシャロンを指さす。

「君はキリスト教徒か?」

「え? いえ……どう、でしょう。おそらく違うと思います」

 プリンシパル信仰がキリスト教の一派閥であるのならキリスト教徒ということになるだろうが、魔法使いの始祖を崇める信仰がキリスト教に属するとは考えにくい。魔女達の神など、どう考えても邪神の類だ。

「仏教徒ではないな?」

「そうですね。それは間違いないです」

「輪廻転生については知っているかね」

「知識としてだけ」

「結構。……アネット・レンツ――いや、アンドレア・アーベル」

 途端に、氷のような戦慄が背筋を走り抜けていった。

 どうして、本名を知っているのか。

 その名前を知っているのは今やB&B――それも一部の人間に限られるはずなのに。

「君の魂は何度も転生を繰り返している。〝役者〟の一人としてな」

(役者……?)

 彼が何の話をしているのかまるで分からない。言葉は理解出来るのに、まるで知らない言語で話をされているような気さえする。

「確かに、私はリーゼンフェルト家当主の生まれ変わり……そう、言われていますが」

「それは多くの内の一つに過ぎない。我々は何度も同じ悲劇……いや喜劇か。喜劇を繰り返している。一人きりで寂しいとぐずる神をあやすために」

「神……」

「そうとも。既視感があるのではないかね? この私や、なにかと君を殺したがる先輩、正義感が強く生真面目な警察官、君の友人達を地獄に落とした悪魔のような男、それから、祈りを捧げ続けた女神像――その全てに」

 鳥肌が止まらない。

 動揺を見せたくないのに、どんどん呼吸が浅くなる。

 サーフィットの言葉は核心を突いている。

 幼少の頃から、シャロンは女神像――つまりプリンシパル像に妙な懐かしさを覚えていた。その正体が既視感なのだと気づいたのは、それなりに大きくなってからのことだった。

 パシフィカに来てから、同じ既視感に三度襲われた。

 ――ヤオ。

 ――エディ。

 ――ベイリアル。

 この三人の顔を初めて見たその瞬間に。

 何故この三人なのか。

 三人の接点は一体何なのか。

 ――私は一体、何を忘れている?

「それにしても、聖女か。因果が捻れるとここまで愉快なことになるのだな」

 サーフィットは肩を揺すり、くつくつと喉を鳴らす。

「アドミラリィ・リーゼンフェルトも、当主の座に就いてからは聖女のごとき扱いを受けていたそうだ。……だが、あれは哀れな女だった。魔女に見捨てられ、神に見捨てられ、運命の伴侶と共に生きることも出来ず、何も残せないまま凶弾に(たお)れた」

(これ以上話を聞くな。サーフィットは私の精神を侵そうとしているだけ。この話は真実じゃない)

 必死に言い聞かせるも、本能がサーフィットの話を求めてしまっている。この欠落を、そして忘却を埋めて欲しい――そう叫びながら。

「私、は――」

 視界がぐにゃりと歪む。

 脳裏に誰かの顔が浮かんでいるのに、それが誰なのか分からない。

 ただ、約束をしたことだけはうっすらと覚えている。

 そう、私は。

 私たちは。

 最後の生き残りにして、最初の――。

「……アネット!」

 突然、誰かに肩を揺すられる。

 ハッと我に返り、声がした方へと視線を向けると、そこには――。

「ロブ……? どうして、ここに」

「どうだっていいよ。とにかく、この場から離れよう」

 ロブは表情を一切変えず、乱暴にシャロンの腕を掴んで引っ張る。その手に込められた力は強く、心配とはまた別の感情が滲んでいるように思える。

「待ってください」

 勢いのままパイプ椅子から立ち上がったシャロンだったが、数歩進んだところでその場にぐっと踏みとどまった。

「私はまだ行けません」

 返事も、反応もない。

 ロブはシャロンの腕を掴んだままトンネルの奥へと顔を向け続けている。

「そもそも、ここには誰も立ち入らないようにと伝えたはずです。二人きりというのがサーフィットさんの――」

「それは聖女としての命令?」

 ようやくロブが振り向くやいなや、掴まれている手が痛みと共にギリと音を立てる。

 初めて会ったあの日――少し照れくさそうに握手をしてくれた手と同じものとはとても思えない。

「君は本当に不器用な男だな、ロベルト」

 張り詰めた空気の中、耳朶を打ったのはひどく耳障りな声だ。

「そんなことをしても君の望みは叶わない。それは君自身が一番よく理解しているだろうに」

 サーフィットはまるで昼下がりのメロドラマでも愉しんでいるかのように、呆れと愉悦の混じり合った笑みを浮かべてシャロン達を眺めている。約束を反故にしたことはまったく気にしていない様子だ。

「ああ、二人きりという件についてはどうか気にしないでくれたまえ。私の願いはあと数分もしないうちに叶いそうだ。君のおかげだとも、オリジナル・マザー」

(あと数分……?)

 シャロンがその意味を問うより先に、サーフィットはその濁った目でトンネルの奥――シャロンが来た方とは反対側の闇を見据える。

「……いや、この様子だと数分もかからないな。さすがば殺戮者(マーダー)だ」

 そう呟いて、彼は改まった様子でロブに視線を置き直した。

「ロベルト。残念だが、君と話をするのはこれで最後になりそうだ。今まで話し相手になってくれた礼に、知りたがっていたことを一つ教えよう」

 ふいに、空気が粘性を帯びた気がした。

 息をしているのに苦しくて仕方がない。少しでも体を動かそうとすれば目に見えない何かが全身に絡みつく。

 この不快感の正体が何なのかは分からない。

 だが一つだけ確かなことがある。

 ――これ以上、サーフィットの言葉を聞くべきではない。

「ロブ」

 シャロンはすっかり力が抜けてしまっているロブの手を掴み返した。

 しかし、ロブはサーフィットの邪神めいた双眸をじっと見つめるばかりで、シャロンの呼びかけには応えない。

「ロブ、聞かないで」

 掴んでいた腕を離し、乱暴にロブの肩を揺する。

 それでも、ロブはまるで神託を待つかのように、虚ろな目をサーフィットへと向けて――。

「彼こそが〝アダム〟だ。……君が忌々しく思っている彼こそが、な」

「…………」

 それを聞いて、ロブはじわりと笑った。

 どこか邪悪に。けれども無邪気に。

 自分の成すべきことを見つけた――そう言わんばかりに。

 その時、トンネルの奥からコツ、と静かな靴音が響いた。

「だ、誰――」

 我に返ったのか、ロブが困惑と狼狽の入り交じった声を漏らす。右手を持ち上げているのは、いつでも人体操作魔法を使えるようにするためだろう。

 靴音が次第に近づいてくる。

 その音が大きくなればなるほど、先ほどとは別種の息苦しさがシャロンを(さいな)んだ。

 燭台の火が揺れ、闇が人の姿を象る。

 そこに浮かぶ刃物のような眼光と、かすかに光を反射させている金属製の何かを認めた刹那――。

「うわッ……!?」

 ――シャロンは、弾かれるようにロブのことを押し倒していた。

「ア、アネット……何を」

 どさくさに紛れてロブの右手を床へと押しつける。人体操作魔法の使用を阻止するために。

 だが、押し倒した一番の理由は〝顔を見てしまわないようにするため〟だ。

 今ここで彼の顔を見てしまえば、ロブはB&Bの始末対象になってしまう。

(ロブをなんとかしないと……)

 ロブを押し倒したまま、シャロンは壁になるように背後を振り返った。

 その時――。

「……っ」

 時間が止まったかのような気さえした。

 銃声の残響がトンネルを走り抜けていく。

 薬莢の落ちる音がやけに鮮明に聞こえる。

 一拍を置いて、硝煙の臭いが鼻を掠めた。

 けれど、放たれた銃弾は何も貫いてはいない。

 銃弾は、まるで凍り付いたかのようにシャロンの鼻先でぴたりと静止していた。

(……まずい)

 頭の奥でみしりと嫌な音がする。防衛魔法を使った反動と、たった今自分がしてしまったことへの恐怖故に。

 彼が放った銃弾はロブを狙ったものだったのだろう。けれど運悪くシャロンが射線に入ってしまい、自己の防衛のために銃弾を止めた。

 いや、それだけではない。

 シャロンは心の奥底で友人を助けたいと願ってしまった。だから咄嗟に凶弾からロブを守った。

 きっと彼はそのことに気づいている。

 だからこそ、切れ長の目はロブではなくシャロンを捉え――。

(あ……)

――かすかに動いた銃口もまた、ロブではなくシャロンの額を捉えていた。

「くっ……」

 ロブがシャロンの背後から腕を伸ばし、三本の指を侵入者へと向ける。おそらくは人体操作魔法を使うために。

 だが――。

「な、んで」

 驚嘆と絶望の混じった声が漏れる。

 侵入者――ヤオは魔法などまるで意に介さず、銃口をシャロンへと向け続けていた。

 殺気が一段と濃くなる。

 引き金にかかった指がゆっくりと動く。

 まだ頭痛はそこまで酷くない。防衛魔法を使えば銃弾は止められる。

 なのに、何故か銃弾が止まる光景をまるでイメージできなくて――。

「アネット……ッ」

 ロブの声。後ろから誰かに抱きしめられる感覚。

そして――銃声。

 直後、視界が白で埋め尽くされた。

「え……?」

 眩しくて目を開けていられない。

 一瞬、死んでしまったのかとも思ったけれど、そうではなさそうだ。

 何度か目を瞬くと、次第に人の顔のようなものが見えてきた。

「アネットおねえちゃん?」

 頭へと降りかかったのは聞き覚えのある(いとけな)い声だ。

 シャロンを覗き込んでいたのはチェルミ駅で知り合った子供だった。

「ッ……はァッ、は――初めて上手くいった……」

 背後からロブの声が聞こえる。どうやら彼に抱きしめられているらしい。

「突然落ちてきてびっくりしちゃった。おかおが真っ青だけど、どうかしたの?」

 周囲にいた子供達も心配そうにぱたぱたと駆け寄ってくる。辺りの雰囲気からしても、ここがチェルミ駅なのは間違いなさそうだ。

 土壇場でロブが使った空間転移魔法は、ふたりを思い出の場所――チェルミ駅へと飛ばしてくれたらしい。

「ヴァネッサに知らせないと……ッ」

 ロブはシャロンから離れ、慌てて立ち上がる。

「待って、ロブ。ヴァネッサにはまだ――」

(えっ……?)

 咄嗟にロブの腕を掴むも、まるで力が入らなかった。

 口から出た声も、自分のものとは思えないほど弱々しい。

「ア、アネットおねえちゃん……」

 何かに気づいた子供達が短い悲鳴を漏らす。

 腹部が熱い。

 生暖かいものが流れていく。

 ようやく光に慣れたのに、視界がどんどん白く霞んで――。

「アネット? ……アネット!」

 ロブの声が遠い。子供達の声も。

 腹部を撃たれた――そのことに気づいた刹那、シャロンの意識は闇に落ちた。

は闇に落ちた。

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