BROAD&BLIND#3 /1
「――魔女、ねえ」
エドワード・オランジュの表情は険しい。
それは事件現場がジェスル島だからではなく、被害者が極めて奇っ怪な姿で横たわっているからだ。
被害者のレイモンド・バーンズは、苦悶の表情でエディを見ていた。
一見するとただ仰向けに倒れているように見えるバーンズの遺体だが、よく見ると首が三百六十度回転している。死因はおそらく頸髄損傷。頸椎をねじ切られて死亡したのだろう。
午後十一時半現在、バーンズ邸周辺にはパトカーが並び、黄色い規制テープが張られている。もしここが明ノ島のスラムであったら、今頃タチの悪い野次馬が押し寄せているだろうが、ジェスル島の高級住宅地では捜査を邪魔しに来る者は一人もいなかった。
紫色のライトに照らされたナイトプール内で、鑑識達が無表情にカメラのシャッターを切り、指紋や足跡を採取している。白いジャケットの背中に書かれたNPCIの四文字は、彼らが法の番人――つまり警察官であることを示していた。
正式な名称はニューパシフィックス共同捜査局(New Pacifics Collaborative Investigations)。
れっきとした行政機関であり、パシフィカにおいて唯一逮捕権を持つ組織である。
「オランジュ捜査官。これから妻のケイト氏をジェスル支局に移送する予定ですが、事情聴取は支局の方で行っても?」
「ああ、頼む。俺も後から向かう」
「了解しました」
若い警官はビッと敬礼をし、足早に立ち去っていった。
NPCIの本部はイーストヘイヴンのアルバーン地区に存在し、マクセル、明ノ島、ジェスルに支局がある。基本的には支局の捜査官が管轄エリアの事件を担当することになっているが、今回のような重大犯罪は本部の凶悪犯罪捜査課が捜査に加わることが多い。
エディもその凶悪犯罪捜査課の一人だ。
年齢は二十七歳。他国であればまだまだ新米として侮られる歳だが、NPCIは組織そのものが若く、二十代前半の捜査官も決して少なくない。二〇二九年――ニューパシフィック自治機構発足と共にNPCIに入局したエディは、いわば最古参メンバーであり、局内でも中堅という扱いを受けている。
真っ赤な髪とペリドットのような緑の瞳、どことなく少年らしさを残した顔立ちは否応なしに人目を引き、とりわけ町のご婦人達からは密かな人気を博していた。
「よぉ、エディ。犯人の目星はついたか」
後ろから声を掛けてきたのは、エディの相棒であるパトリック・ハリス。ラグビー選手のような体躯と爽やかな顔立ちが印象的な、凶悪犯罪捜査課の捜査官だ。
「遅いぞ、パット」
「悪い悪い。ハニーがなかなか放してくれなくてよ。……うわ、そいつが例の被害者か。ひどいな」
パットはプールサイドに横たわるレイモンド・バーンズの遺体を見て、分かりやすく顔をしかめた。
「状況はどんなだ?」
「屋敷周辺の監視カメラには不審者の姿は映っていなかった。あいにくプールには監視カメラがなかったみたいで、犯行時の映像はなし。セキュリティ会社も敷地内に誰かが忍び込んだ形跡はないと回答してる」
「じゃあ、犯人は家にいた誰かってことになるな」
「事件当時、家にいたのは妻のケイトさんだけだ。……でも、俺はあの人の犯行ではないと思う。あくまで勘だけど」
「ま、妻が犯人だとして、どうやって首をねじ切ったんだって話になるしな」
「そこなんだよ」
エディは腕を組み、疲労の滲んだため息を漏らした。
「鑑識曰く、被害者の首には指紋も、何かで締め上げた痕もなかったらしい。遺体の状況からそのまま判断していいのであれば、ひとりでに首が一回転したとしか思えない、と」
「そりゃ、あれか。魔法ってやつか」
「その可能性も考慮に入れなきゃならない」
「魔法使いがジェスルの金持ちを殺害、か。考え得る限り最悪の組み合わせだな」
「本当に」
これから起こりうるであろう面倒事の数々は、二人の表情を重く険しいものにさせた。
――魔法使い。
長らくフィクションの中でしか存在し得なかった人々は、二〇〇九年頃を堺に、現実のものとして表社会に現れるようになった。
魔法使いはその名の通り魔法を使う。瞬間移動をしたり、触れずに物を動かしたり、突然炎を発生させたりと、その力は様々だ。詳しい原理は未だに解明されておらず、「魔法」という言葉に頼らざるを得ない状況が続いている。
魔法使いは主に欧州で活動しているため、幼い頃からパシフィカで暮らしているエディにはあまり馴染みのない存在だった。だが迫害から逃れてきた一部の魔法使いがパシフィカに住み着いているらしく、ここ最近では魔法使い絡みの事件も度々発生している。
特に、カルト教団《アルケーの火》はパシフィカ国内で幾度もテロを行っており、軍の最優先討伐対象に指定されていた。
「アルケーの犯行って線はないのかよ?」
パットの問いに、エディは難しい顔でかぶりを振る。
「犯行声明は出てない。今のところは」
「B&Bの仕事って可能性はどうだ?」
「だとすれば、捜査打ち切り命令が下る前に犯人を見つけ出さないとな」
「まったくだぜ」
笑ってみせるものの、パットの表情は硬い。虎の尾を踏もうとする相棒を黙って見ていられるほど、パトリック・ハリスという男は冷淡ではない。
もちろんエディもそのことはよく分かっており、くしゃりと笑ってみせたかと思うと、パットの筋肉質な腹を肘で軽く突いた。
「そんな顔するなよ、パット。今回はB&Bの仕業じゃないさ。あいつらが魔法使いを雇うと思うか? いつ情報を持ち逃げされるかも分からないんだぞ」
「それもそうか。となるとまあ……やっぱり魔法使いの仕業ってことになるのか? それも単独犯」
パットは面倒くさいと言わんばかりに頭をガリガリと掻いた。
「いっそのこと、エクソシストでも魔女狩り軍でも何でも連れてきて、全部片付けて貰えりゃ楽なのにな」
「パット。そういう発言はよくない」
エディの緑色の瞳に見据えられ、パットは頭を掻いたままバツが悪そうに目を伏せた。
「悪い、ちょっと配慮に欠けてたな。気をつける」
「ああ」