SPELL OF THE SAINT#4 /2
「ヴァネッサ!」
慌てて制止したのはサミュエルではなくロブだった。子供達の前でする話ではないと判断したのだろう。
実際、子供達はヴァネッサとサミュエルの間に横たわる険悪な空気に怯えている。何の話をしているかは理解していないだろうが、よくない状況であることくらいは察しているはずだ。
(多分、ヴァネッサさんが言おうとしていたのはウィロウブルックの……)
半月ほど前にイーストヘイヴン島ウィロウブルックで発生した大規模なテロ。ストラースチの構成員を含め百人以上が犠牲となった事件は、今までの〈アルケーの火〉のやり方とは一線を画す、極めて計画的で凄惨な殺戮行為だったと言われている。特殊部隊か情報機関がバックについたのでは、と噂されるほどに。
もしかすると、〈アルケーの火〉は今二つの派閥に別れているのかもしれない。
ヴァネッサはウィロウブルックの件を明らかに非難している様子だ。自分達もテロに関与しているのであれば、自省はすれど非難はしないはず。
〈アルケーの火〉は今ヴァネッサ派とサミュエル派に二分されており、ヴァネッサがカリンスク港でのテロを、サミュエルがウィロウブルックでのテロを起こした可能性が高い。――となると、やはりアントニー・サーフィットの居場所を確実に知っているのはヴァネッサということになる。
だが、歓迎されていない身でどうやってヴァネッサから情報を聞き出せばいいのか。
構成員として認められていない状態でサーフィットのことを探っては、余計に怪しまれるに決まっている。
「俺についてくる魔法使いなどいないと言うがな、ヴァネッサ。お前こそ女子供の支持しか得られていないだろう。違うか?」
サミュエルの一声で、場がますます緊張感を増す。
「現状を変えたいと思っている魔法使いは、お前の生ぬるいやり方にほとほと呆れている。お前をロシアン・マフィアのスパイだと疑っている奴もいるくらいだぞ」
「疑いたければ勝手にしろ。誰が何と言おうが、こんな小娘を指導者に据えるなど私が許さない。私に不満があるのなら、もう一度指導者の選定をすればいい」
「珍しく意見が合ったな、ヴァネッサ。俺たちはいつだって全員で意見を出し合い、ものごとを決定してきた。それは今回も同じだ」
「お前……ッ」
サミュエルが何かに突き飛ばされたかのようにシャロンから離れる。
ヴァネッサの手の平は真っ直ぐにサミュエルへと向けられていた。
「子供達の前だぞ。同胞に攻撃魔法を使っていいのか?」
「お前、アネットを決議にかけつるもりか……!」
サミュエルは肩を軽く竦ませる。
「その通りだ。意見が割れれば決議にかける。それが俺たちの絶対のルールだろ」
「そんなことはさせない。アネットは――」
「私情を挟むなよ、ヴァネッサ。俺たちの目的は約束の地だ。そのために大勢殺してきたんだろうが。今さら聖人ぶるなら俺はお前を同胞とは認めない」
「…………ッ」
悔しげに口を噤んでしまったヴァネッサの代わりに、ロブが一歩前に進み出る。先ほどと同じく、ロブはシャロンを守るように、サミュエルとの間に立ちはだかってくれていた。
「サミーおじさん。どうか、アネットを巻き込まないでほしい」
「なんだと?」
「アネットはアドミラリィ様じゃない。似てるのかもしれないけど、でも別人だよ。それにアネットはまだ俺たちのことを詳しく知らないんだ。だから……」
「いいか、ロブ。お前はただアネットというちょうど良い存在が自分の手から離れていくのが嫌なだけだ。気持ちは分かるが……ヴァネッサもお前も私情を挟むのはやめろ。これは遊びじゃない」
「でも」
「〝大人〟になったお前なら、理解出来ると思ったが」
途端にロブが押し黙った。
ヴァネッサも困惑した様子でロブを見ている。
「ロブ、今のは本当なのか」
返事はない。
その沈黙が何を意味しているのか、ヴァネッサは気づいたようだった。
「そうか……」
すっかり黙ってしまった二人の間を縫うように、サミュエルの視線がシャロンを捉える。まるで絡め取ろうとしているかのような粘着質な視線だ。
「さて、お前はどうしたい。アネット」
「どうしたいと言われても、何が何だか……」
「簡単な話だ。お前には俺たち〈アルケーの火〉の希望になってもらいたい。リーゼンフェルトの末裔……アドミラリィ様の魂を継ぐ魔女として」
(希望……)
つまり、サミュエル派〝信者からの信仰を集める人形になれ〟と言っているのだろう。
リーゼンフェルトの末裔、あるいは誰かの生まれ変わりなどといった話は信じていない。サミュエル自身もさほど信じてはいないはずだ。重要なのは〈アルケーの火〉の魔法使い達が納得するかどうかであって、それが真実かどうかではない。
(ただでさえロブ達を騙しているのに、象徴なんかになったら余計にみんなを騙すことになる。……でも)
ちらりとヴァネッサの方を見る。
(象徴になれば、組織の中でだいぶ動きやすくなる。アントニー・サーフィットの居場所も知ることができるかも)
ふと、シモンの言葉が脳裏を過ぎる。
――決して、善人でいようとしないでください。
――全ての判断基準は任務を達成出来るかどうか。
――道徳なんてものは任務を遂行する上で何の価値もない
(私はB&Bのスパイ……悲劇の魔法使いじゃない)
友人を騙してでも、同じ境遇の魔法使いを騙してでも、任務を遂行する。たとえカルト教団の象徴に据えられようとも。
イエス様もプリンシパル様も見ているだけでなにもしない。
この地獄に神の救いはない。絶対的な正義も存在しない。
生き残るために手段を選んでいては、食い散らかされるのがオチだ。
「……その役目を望まれているのであれば、お受けしたいです」
シャロンの絞り出すような返事に、ロブは顔を真っ青にして振り返った。
「だめだ、アネット。そんなこと」
「私の両親は魔女狩りで殺され、、友人達も魔法使いを家畜としか思っていない連中に殺されました。私はずっと、この理不尽が許せなかった。魔法使いが魔法使いとして生きることの何が悪いんだって、そう思っていました」
これは本心だ。
アネットの言葉であり、アンドレアの言葉でもある。
――けれど、シャロンの言葉ではない。
「私は魔法使いのために行動したい。魔法使いのためだけに。だからこそ〈アルケーの火〉を訪ねたんです」
「アネット、もしかして、最初から全部知って……」
シャロンは小さく頷く。
「ごめんなさい。……でも、私のことを守ろうとしてくれたことは嬉しかった。チェルミ駅で過ごした日々は本当に幸せでした」
(そう、本当に幸せだった。夢なら醒めないで欲しいと願うくらいに)
――けれど、もう夢ばかり見ていられないから。
「私も魔法使いの権利のために戦いたい。できることがあるのならなんだってします」
「……決まりだな」
サミュエルのひと言に、ヴァネッサは悔しげに俯くばかりだった。




