SPELL OF THE SAINT#4 /1
「アネットお姉ちゃん、今日はぶっしつそうさの練習しよー!」
子供達に腕を引っ張られ、シャロンは〈アルケーの火〉のアジト――チェルミ駅の奥へと連れて行かれた。
傍らではロブが楽しそうな笑みを浮かべている。シャロンをアジトから追い出そうとする様子は微塵もない。
初めて〈アルケーの火〉のアジトに潜入し、ヴァネッサという青髪の女性に追い出されてから、五日が経過した。
チェルミ駅に潜伏しているメンバーはヴァネッサの命令を遵守する気がまるでないようで、立ち入り禁止を命じられたシャロンを当然のように迎え入れてくれた。このアジトではジェリーという中年男性とロブがまとめ役になっているようだが、二人ともシャロンがアジトに出入りしていることは内緒にしてくれている。
ヴァネッサが何故シャロンを追い出したのか。その理由は未だに分からない。
そして、アントニー・サーフィットの居場所も依然として明らかになっていない。
現在、シャロンは難民という扱いを受けており、〈アルケーの火〉の活動内容に関しては一切教えられていない状況だ。ヴァネッサの目を盗んでアジトに忍び込んでは、子供達と魔法の練習をする日々。
正直に言うと、この生活を楽しいと思い始めている自分がいる。
チェルミ駅の雰囲気は、シャロンが暮らしていたシュメーシュメルツェ孤児院に少し似ている。同じ境遇の〝魔法使い〟が寄り添い合って暮らしているという点も同じだ。
ここには、魔法使いを迫害する人間はいない。
魔法使いであることを隠す必要もない。
――だからこそ、あまり長居をしてはならない。
この仮初めの幸せに身を浸し続けていたら、自分が地獄から這い上がってきた人間だということを忘れてしまいそうになるから。
「はい、これ」
突然、視界にくたびれた熊のぬいぐるみが現れる。赤毛の少女が差し出してきたのだ。
「いつもこの熊さんを動かして練習してるの。ノエラがお手本見せるから、アネットお姉ちゃんは熊さんを持ってて!」
「わかった」
ぬいぐるみを受け取ると、少女は小さな手をぎゅっと握って踏ん張った。魔法を使おうとしているらしい。
顔を赤くして踏ん張る少女に、年長の子供達はあれこれと声をかけはじめた。
「ノエラ、食いしばるんじゃなくてもっと頭を使うんだよ」
「そんなに踏ん張ったら、また顔真っ赤にして倒れるぞ」
「息を止めるんじゃなくて、いっぱい考えるんだよ」
「ニコルは教えるの下手。そんなんじゃノエラも分からないよ」
「ヴァネッサは教えるの上手いよね」
「うまい」
「でもアネットお姉ちゃんのこと嫌ってるからだめだよ」
「なんで嫌ってるんだろ」
「わかんない」
「あどみらりぃ様だから?」
「アネットお姉ちゃんはあどみらりぃ様じゃないってば」
ぬいぐるみを抱えたシャロンをそのままに、子供達はわいわいと話をしている。いつもの光景だ。
――そう、いつもの光景。
(いつまでも子供達と一緒に保護されているわけにはいかない。構成員として認めて貰わないと……)
その時、入口の方から落ち着いた足音が聞こえてきた。
「ヴァネッサはいるか」
角から姿を見せたのは鋭い目つきの白人男性だ。右目と口元に傷があり、服装も相まっていかにもテロリストといった見た目をしている。
彼の姿を見て、子供達は怯えるように身を寄せ合った。
「子供達だけか。……ロブ、ヴァネッサはどこにいった」
「わからない。最近はあまりチェルミ駅には姿を見せないんだ。待つのならお茶でも淹れようか?」
「いや、また後で来る――」
そう言って一度は踵を返そうとした男性だったが、シャロンの存在に気づくが早いかじわりと目を見開いた。
「な……」
男性はふらりと一歩を踏み出し、そのまま引き寄せられるようにシャロンの方へと近づいてくる。
ロブが咄嗟にシャロンの前に立ったが、男性によって乱暴に押しのけられてしまった。
「嘘だろ、おい。どこで見つけたんだ」
「アネットはサミーおじさんが思っているような子じゃないよ。僕らの仲間になってくれたただの魔法使いだ」
「ただの? ただのだと? ヴァネッサがそう言ったのか?」
男性はどこか狂気的な表情でシャロンの肩を掴んだ。
「この顔、アドミラリィ様にそっくりだ。髪の色も目の色も全部。他人のそら似にしちゃ似すぎてる。……ああ、まさか用意したのか?」
「アネットはアドミラリィ様とは関係無い。ヴァネッサもそう言ってた」
「そんなわけあるか。あいつほどアドミラリィ様に心酔してる魔法使いはいない。この顔はどう見ても――」
「そんな小娘とアドミラリィ様と一緒にするな」
いつの間にか通路の奥に立っていたのは凛とした青髪の女性――ヴァネッサだった。
「その娘はただの不法侵入者だ。匿っている難民ですらない。妙な勘ぐりはよしてもらおうか、サミュエル」
ヴァネッサは大股でシャロンに近づくと、以前と同じように手首を乱暴に掴みあげて外へと連れ出そうとする。
しかし、ヴァネッサはまるで何かに操られるようにシャロンから手を離した。
「……サミュエル、何のつもりだ」
サミュエルと呼ばれた男性は人差し指をヴァネッサへと向けている。人体操作の魔法を使っているのだろう。
「この際、その娘が本物かどうかはどうだっていい。大事なのはそう見えるかどうかだ」
「お前、まさか」
「リーゼンフェルトの末裔、アドミラリィ様の生まれ変わり……俺はどちらでも構わない。象徴として機能するならな」
「ふざけるな! 素性の知れない小娘を指導者に据えるだと? そんなこと許されるはずがない」
「素性なんて今さらだろ。重要なのは魔法使いか魔法使いじゃないか。それだけだ」
「……ッ」
ヴァネッサは見えない何かを振りほどくように腕を動かした。
「そこまでして、私を引きずり下ろしたいのか。サミュエル」
「それは誤解だ、ヴァネッサ。俺は別にお前を嫌ってるわけじゃない。確かに俺たちは方針の違いで対立しちゃいるが……俺が憂えているのは〈アルケーの火〉が分裂しかかっているこの状況だ」
サミュエルは目にギラギラとした光を湛え、もう一度シャロンの肩に手を置く。
「つまるところ、指導者なんて誰だっていいのさ。俺たちアルケーが再び団結して、学院や分院に対抗しうる組織になるんだったらな」
「だとすれば君のやり方は最悪だ。アルケーの魔法使いは過激なやり方をよしとしない」
「黙っていれば約束の地が手に入るとでも? そんなことをしている内にロシアン・マフィアに滅ぼされるぞ」
「対抗策は打ってある。それに、ロシアン・マフィアの件は元はと言えば君たちの行動が原因だ。あんな無差別な……」




