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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
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SPELL OF THE SAINT#2/2

「何から話そうかな。プリンシパル様のことは知ってるんだよね?」

「知っているというか、よく知らないままお祈りをしていたというか……」

「プリンシパル様は原初の魔女とも呼ばれてるんだ。魔法使いの始祖にして、魔法使い達の女神。この世界に魔法というものをもたらした人」

「そんなに凄い人だったんですか」

「あくまで伝説上の人だよ。誰もプリンシパル様に会ったことなんてない。誰もイエス様に会ったことがないみたいにね。学院はプリンシパル様が今も生きていると考えて、学院長の席を空け続けてるらしいけど」

「さっきも言っていた、その学院っていうのは?」

 ロブは少し悩んでから口を開く。

「魔法学校……みたいなものかな。でも学校というよりひとつの機構に近いと思う。少し前までは学院が魔法使い社会の中枢で、議会を開いて法律みたいなものを作ったり、悪いことをした魔法使いを裁判にかけたり、使ってはいけない魔法を決めたり、とにかく色々なことをしてたんだって」

 ロブが言うとおり、それはもはや魔法学校というよりも魔法協会だ。

 魔法使いのコミュニティが社会化していたことも驚きだが、それほどまでにしっかりとした組織が存在していたことにも驚きだった。

「そんな場所があったなんて全然知りませんでした」

「プリンシパル様の教えは〝(すべ)てを秘匿し、ただ継承せよ〟なんだ。だから学院は昔からドイツの奥地にひっそりと存在して、閉じた社会の中で魔法を継承し続けてる」

(……ああ、そうか。だから学院長なんだ)

 今までずっと、何故マリア様を学院長と呼ぶのか分からなかった。けれど魔法使い社会の中心が学院で、その学院を創設したのが原初の魔女なのであれば、彼女が学院長と呼ばれているのは納得がいく。

 あのふんわりとした笑みを湛える女性はマリア様などではなく、名実ともに魔法使い達の神であり、魔法学校の学院長なのだ。

「御三家の話もしておいた方がいいかな。さっきみんなも話してたし」

 ロブは人差し指を立てる。

「魔法使い社会には御三家っていう高名な三つの家系があるんだ。ひとつは原初の魔女の子孫とされるリーゼンフェルト家。ドイツで続く魔女の家系で、オーストリアやチェコ、デンマークの魔法使い達もリーゼンフェルトの系譜って言われてる」

「だからさっき子供達が私のことをリーゼンフェルトの系譜って言っていたんですね」

「うん。ドイツ出身ならきっとそうだよ。空間転移魔法が得意なのもリーゼンフェルト系の特徴だ」

 空間転移――瞬間移動の魔法のことだろうか。

 リタも瞬間移動の魔法を得意としていたのは、互いにリーゼンフェルトの系譜だったからなのだろう。

「ただ、リーゼンフェルト家は今途絶えていて、分家筋のザイフリート家が学院の運営をしているらしいんだけど……まあ、それはいいや」

 ロブは指をもう一本立てる。

「もうひとつはフランスのヴァレール家。スイスやルクセンブルクの魔法使いもこのヴァレール家の系譜。物質操作系の魔法が得意だって言われてる」

「物質操作?」

「こういうこと」

 ロブは左手を開いて先ほど拾った紙くずを見せた。ふいに紙くずが独りでに浮き上がり、ゴミ箱の方へふわふわと浮遊していく。心許ない動きではあったが、紙くずは無事にゴミ箱の中へと収まった。

「すごい……」

「まだまだだよ。パスはもっと上手くやるんだ。この間なんてソファーを動かしてた。その分、空間転移は僕と一緒で苦手だけど」

「得意じゃない魔法も訓練すれば使えるようになるんですか?」

「訓練すればね。でも負荷は大きい。今もちょっと頭が痛いし」

 ロブは照れくさそうに笑った。

「最後はイギリスのワーズワース家」

 三本目の指が立つ。

「アイルランドやベルギー、オランダの魔法使いもこのワーズワース家の系譜だ。実は僕もそう。オランダ出身だからね」

「ワーズワース家はどんな魔法が――」

 言い終える前に、シャロンは自分の意思に反して両手を挙げていた。まるで肩から指先までが別の生き物になってしまったかのように。

 ロブは三本の指を立てたまま、その指先をシャロンへの顔へと向けていた。

「やっぱり教会でのあれも魔法だったんですね」

「うん。人体操作の魔法。僕が唯一得意としている魔法だ」

 ロブが右手をぐっと握り込むと、シャロンの両手は支えを失ったようにガクンと下がった。

「この御三家がそれぞれ自派の魔法使いを束ねて、魔法使い社会を維持していたらしいんだけど、その社会体系は今崩壊してる」

「どうして……」

「戦争だよ」

 意外な答えに、シャロンは言葉を詰まらせた。

「僕もよく知らないけど、学院は昔からとある連中と争っていたらしいんだ。一九八九年と二〇〇七年に大きな戦争があって、二度目の戦争で学院は甚大な被害を被ったって聞いてる。それこそ、さっきジェリーおじさんが言っていたアドミラリィ様も二〇〇七年の戦争で命を落とされた」

「そのアドミラリィ様って方は誰なんですか?」

「リーゼンフェルト家の最後の当主様。僕はよく知らないけど、お優しくて聡明で、誰もが憧れる魔女だったんだって。派閥関係なく支持を集めていらっしゃったって」

「最後ということは跡継ぎがいなかったんですか?」

「うん。お若くして亡くなられたって聞いてる。僕と大して歳が変わらなかったらしいよ」

(二十歳前後だったってことかな……)

 そんな歳で名家の後を継ぎ、魔法使い達を導く立場に身を置くなど、一体どれほどのプレッシャーだったのだろう。生きることで精一杯の自分には想像もつかない世界だ。

「学院はどうにか〝敵〟を退けたけど、アドミラリィ様に続いてヴァレール家の次期当主様も亡くなられて、魔法使い達は完全に希望を失ってしまったらしい。まあ、そうだよね。もし僕がその時代の魔法使いだったら絶望してしまうと思う」

「……そうですね」

 象徴的存在が次々に命を落とし、日常があっと言う間に破壊されてしまったら、何もかもに絶望するのは当然のことだ。その気持ちは嫌と言うほど分かる。

「そういえば、イギリスの……ワーズワース家は無事だったんですか?」

「ワーズワース家は戦争が起きる前に当主様とご夫人様が立て続けに病気で亡くなられてね。お二人の間には子供がいなかったから、お家廃絶の話が出ていたんだ。でも戦後に当主様の弟のセオドア様が戻って来られて、お家はなんとか存続した……んだけど」

 ロブは一呼吸置いてから続きを口にした。

「セオドア様は学院の復興には手を貸さず、それどころか決別を宣言された」

「えっ……」

「セオドア様は元々、魔法使いの閉鎖的な社会をよく思っていらっしゃらなかったんだって。戦争で多大な犠牲を払ったのはプリンシパル様の教えに固執して時代に適応できなかったからだ。二度とこんな悲劇を繰り返さないためにも魔法使いは変わる必要がある。――そうおっしゃって新しい組織を創立されたんだ。それが〝イモータリス〟。この名前はさすがに聞いたことがあるんじゃないかな」

「はい。私が思っていたものとは随分違いましたが……」

 ――イモータリス。

 その名前は魔法使いについて調べる上で何度も目にした。主に陰謀論や都市伝説を取り扱うサイトで、だが。

 二〇一〇年頃から、「魔法を使う連中によって影から支配されている」という陰謀論が欧州で広まり始めた。最初の頃は掲示板やSNSなどで噂が流れる程度で済んでいたが、次第にその声は大きくなり、ある種の社会病理として欧州を覆うようになっていった。

 数年も経たないうちに欧州各地で解放を求める武装組織が生まれ、「魔法使いの支配を打ち破る」という名目でテロが繰り返されるようになった。中でもアイルランド北部に拠点を置いていたエール解放軍はIRAやINLAなどの過激派組織を取り込み、イギリスに対するテロを繰り返していたため、二度目のアイルランド内戦の勃発さえ危惧されていた。

 その後テロは急速に沈静化されたが、この頃から一般市民の間でも魔法使いに対する憎悪が広まり始め、アイルランドで最初の〝魔女狩り〟が発生。警察は被害者を一般市民と発表したが、犯人らは「魔女に違いない」と訴え続けていたらしい。

 それからしばらく政府による規制と抑圧が続き、テロ組織の大半が解体されるなど、欧州に平和な時代が訪れた。

 しかし――。

「確か、イモータリスの指導者はテロリストに殺されてしまったと……」

 ロブは神妙な顔でうなず。

「うん。十五年くらい前、セオドア様はテロリストに殺されて、それからはイモータリスの力は弱まってしまった。今はご子息のクリスピアン様が魔法使い達を束ねていらっしゃるそうだけど……欧州の状況は君も知っての通りだ」

 憎悪と怒りが蔓延し、魔法使いの血で大地が赤く染まる――それが今の欧州の姿だ。

「年配の魔法使いはプリンシパル様の教えに背いた罰だと受け入れてるらしいけど……僕は納得いかない。セオドア様のお考えは間違ってなかったはずだ。魔法使いだからってこそこそする必要なんてない。僕らは魔法使いである前に人なんだから」

 ロブの言っていることは正しい。魔法使いにだって自由に生きる権利はあるはずだし、迫害されていい理由なんてない。

 ただ、疑問は深まる。

 欧州の人たちはなぜ「魔法使いから支配されている」と感じ、暴力で対抗するという道を選んだのか。ただ魔法使いを恐れたにしては行動があまりに極端すぎる。

 おそらく、ロブの話は魔法使い側から見た歴史なのだろう。

 アルケーの火が子供達を保護する一方でテロを繰り返しているように、欧州の魔法使い達にも表沙汰にしていない何かがあるのだ。

 それを知らない以上、一概に魔法使いを被害者と位置付けることはできない。自分たちの行いから目を背けていては、暴力の応酬を終わらせることなどできないのだから。

「本当だって。お前も見りゃ驚くぜ」

 ふいに、通路の奥から話し声と足音が聞こえてきた。

 逸りながらこちらに歩いてきているのは、先ほど話をしたらジェリーという男性と、髪の青い妙齢の女性だった。

「ジェリーはなんでも大袈裟に語る悪い癖があるからな。この間も髪の赤い男を見てエルネスト様の生まれ変わりだと騒いでいただろう」

「いやいや、あいつも本当に似てたぜ? エルネスト様がご立派に成長されていたら多分あんな感じだっただろうさ」

「どうだか」

 青い髪の女は呆れながらも楽しげな笑みを浮かべている。

 ロブは彼女の姿を目にするが早いか、親を見つけた子供のような顔で立ち上がった。

「ヴァネッサ!」

「やあ、ロブ。空間転移魔法の練習は順調か?」

「それはまあ、うん。そんなことより見て、僕らの新しい仲間だ」

「子供達もその話ばかりしていたよ。……すまないな、アネット。ジェリーはブルネットの女性を見るとすぐアドミラリィ様だとーー」

 シャロンは立ち上がり、青髪の女性ーーヴァネッサに挨拶をする。

 だがヴァネッサは返事をせず、口を半開きにしたまま唖然とシャロンの見つめるばかりだった。

「な、似てるだろ? 今回ばかりはお前も認めざるを」

「ーー出て行け」

 その一声はぞっとするほど冷たかった。

「おい、何言ってんだよヴァネッサ。いきなりどうして」

「黙れジェリー。ロブ、その女をアジトから叩き出せ」

 ヴァネッサの豹変にロブも困惑している様子だ。眉尻を下げ、シャロンとヴァネッサを何度も見比べている。

(まさか、スパイだとバレた? いや、そんなはずは……)

「もういい。どけろ、ロブ」

 ヴァネッサはロブを乱暴に突き飛ばし、シャロンの腕を掴み上げる。そのまま一瞥すらくれず、入口の方へと引きずっていった。

「待ってよ、ヴァネッサ! 突然どうしちゃったのさ」

 ロブが縋り付くもヴァネッサは止まらない。その鬼気迫る様子に子供達もすっかり怯えている。

 シャロンはなす術なくアジトの外へ放り出されてしまった。

「あ、あの……」

「二度と姿を見せるな」

 そう吐き捨て、ヴァネッサはアジトの重い扉を閉めた。

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