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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
THE HELL
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BROAD&BLIND#2 /2

「――おい、さすがに食い過ぎだろ!」

 ピザの箱を取り上げられ、ヤオは心底不服そうにリカルドを見上げた。一ホールまるまるあったはずのピザは、半分ほどにまで減少していた。

「嘘だろ、LLサイズだぜ? その細ッい体のどこに入ってってんだ」

「また頼めばいいだろ」

「アマハラからここまでだと一時間くらいかかるんだよ」

「アマハラのピザなんか頼むな。食った気にならない」

「お前さんはまだ二十歳だから分からねえだろうがな、俺みたいな年になると胃が脂っこいモンを受け付けなくなってくるんだよ。アマハラのカイセキみてえなピザが一番うめぇ」

「最終的にトーフとシリアルで過ごすのか? 笑えるな」

 ヤオはスーツの内ポケットから板状の電子機器――ハンドヘルドデバイスを取り出し、慣れた手つきで操作をした。

「即配オプション付きで同じものを頼んだ。これで文句はないだろ」

「んだよ、気が利くじゃねえか」

 頬にキスしてこようとしたリカルドを手のひらで防ぎ、そのまま乱暴に押し返す。顔面を鷲づかみにされてもなお、リカルドはなかなか諦めようとはしなかった。

「――で、PYaは直ったのか」

「おう。案の定リコイルスプリングがイカれてた。交換しといてやったから、しばらくは問題なく使えるはずだぜ」

「ならいい」

 興味がなさそうに呟き、ヤオはサイドテーブルに並んでいる酒の中からホワイトラムのボトルを手に取った。それを二つのグラスに注ぎ、片方をリカルドの方へと滑らせる。

 上機嫌でグラスを手に取り「乾杯」と言いかけたリカルドだったが、ニュースキャスターの音声を耳にするやいなや、その視線はテレビへと釘付けになった。

<ジェスル島ナジュムシティで実業家のレイモンド・バーンズ氏の遺体が発見されました。NPCIは他殺の可能性が高いとし、周辺住民に注意を呼びかけています。事件当時、バーンズ氏は自宅敷地内のプールで過ごしており、第一発見者である妻のケイト氏は――>

 テレビを見つめたまま、リカルドはグラスに少しだけ口をつけた。

「これなあ。さっきSNS(リッド)で随分話題になってたぜ」

「ジェスルの金持ちを殺すなんて犯人は随分命知らずだな。評議会が懸賞金をかけるんじゃないのか」

「犯人がその辺のチンピラだったら、な」

「どういう意味だ」

「魔法使いかもしれないんだと」

 さすがに興味を引かれたのか、ヤオは視線だけを動かしてリカルドを見た。

アルケー(カルト)か」

「それは分からねえ。ただ、噂によると、首がこう……ぐるっと一周してたらしい。ペットボトルの蓋をキュっとやったみてーに」

「それくらい、人間の手でもやろうと思えばできるだろ」

「あとはまあ、厳重なセキュリティを掻いくぐれたのは犯人が魔法使いだからだって話も出てたが……この辺はセキュリティ会社が責任逃れのために流してるだけかもな」

「なんであれ、ジェスルはしばらく騒がしくなりそうだな。俺は興味がないが」

「なんだよ、狩りに参加しないのか? 連中、間違いなく相当な額の懸賞金を掛けるぜ」

「札束で殴られるのは趣味じゃない」

「変わってんな。俺だったら右の頬も左の頬も、なんならケツだって喜んで差し出すぜ」

 ヤオはふっと鼻で笑ったが、それきりだった。

「そういえばよ、お前さんが好きそうな映画、また見つけてきてやったぜ。今回のはなんと二〇一五年公開映画だ。すげえだろ」

 ここに来てようやく、ヤオははっきりとリカルドの方へ顔を向けた。塗りつぶされたような黒い瞳には分かりやすく興味が滲んでいる。

「ちゃんと観れるのか? 前のはディスクがダメになってただろ」

「あんときのお前さんの心底残念そうな顔を見て俺も反省したんだよ。今回は事前に鑑賞可能か確認済みだ。なんならレコーダーの調子もばっちりだぜ」

 ピザの箱をテーブルに起き、リカルドは積み上がっているメディアケースの中からお目当ての一枚を引っ張り出した。探している間にヤオが再びピザに手をつけていたが、文句は言わなかった。

「どうよ、バフォメット・シャーク。面白そうだろ」

 リカルドが得意顔で見せつけてきたのは、ヤギの顔を持った鮫を魔女達が崇めている、いかにもB級映画的なパッケージだ。鮫はそれなりに迫力のある見た目をしているが、本編では間違いなく安っぽいCGになっていることだろう。

「人々から迫害され続けた魔女達は、邪神バフォメットを召喚して復讐を誓う。だが魔法陣から現れたのは邪神を宿した鮫、バフォメット・シャークだった! ……すげえな、観る前からクソだって分かるぜ」

「この間のキョンシー鮫は思ったより真面目な作りで拍子抜けしたからな。それくらいでちょうど良い」

「お気に召したようでなによりだよ。オークションで落札した甲斐があったぜ」

 リカルドブラウン管テレビの上に置かれたプレーヤーにディスクを挿入し、今ではめっきり見かけなくなったテレビリモコンを操作した。しばらくして、テレビには邪悪な音楽と共に映画のタイトル画面が表示される。

「さてと、どんなもんかね」

 本編再生ボタンが押されると、会社クレジットなどが表示された後、突然安っぽいサバトのシーンが流れ始めた。

 黒いローブを纏った女性達は魔法陣を囲み、何故か顔を血のりまみれにして天を仰いでいる。

『我らが主よ、聞きたまえ。我らは迫害されし者。虐げられし者。数多の同胞が火で炙られ、鉄の杭で串刺しにされ、水底に沈められた。おお、聞くがいい。我らは神に背きし者。地獄の業火に身をくべし者。そう、我らは――』


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