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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
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SPELL OF THE SAINT#2 /1

「その人だぁれ? ロブのお友達?」

 テロ組織に潜入する覚悟を決め、ロブの手を取ったシャロンを待ち受けていたのは、殺伐とした空気を漂わせるテロリスト達――ではなく元気いっぱいの子供達だった。

「そうだよ。アネットって言うんだ。みんな挨拶して」

 ロブに優しく(さと)され、子供達は一斉にシャロンへと駆け寄る。

「こんにちは、アネットお姉ちゃん!」

「魔法使えるの? どんな魔法?」

「どこから来たの?」

「えっ、あの……」

 子供達に取り囲まれ、シャロンはアイコンタクトでもってロブに助けを求めた。だがロブは楽しそうに笑うばかりで助け船を出してはくれなかった。

 《アルケーの火》のアジトはチェルミ正教会の地下から続くトンネルの先にあった。

 入口はチェルミ正教会に繋がるトンネルと、廃ビルに続くトンネル以外には存在しないらしい。瞬間移動の魔法が使える者は直接アジトへ飛ぶため、そもそも入口を使う者があまりいないのだそうだ。緊急時にはトンネルを破壊し、アジトを完全に封鎖できるつくりになっているのだという。

 トンネルを抜けた先にあったのは、地下鉄の駅を思わせる広い空間だった。

 かつてロトス島では地下鉄を開通させる計画があったが、諸々の事情が重なって計画が頓挫し、建設中だった駅や線路はそのまま放棄された。二年ほど前、忘れられた地下鉄駅にアルケーが入り込み、そのまま鉄道網全域をアジトとして利用し始めたらしい。アジトは全て独立しており、魔法使い達は瞬間移動で行き来しているのだという。

 今回シャロンが案内されたアジトは「チェルミ駅」という名称のようだ。

 冷たいコンクリートで覆われた閉鎖空間だが、壁に子供の落書きがあったり、手作り感のあるぬいぐるみが置いてあったりと、その雰囲気はテロ組織のアジトというより小学校に近い。実際、武装した大人はほとんどおらず、年端もいかない子供ばかりがシャロンを取り囲んでいた。

「アネットお姉ちゃん、もしかして英語がわからないの?」

「ステレ、翻訳魔法使えるよ! 待っててね、こうしてぎゅーっとすれば……」

 十歳くらいの少女が魔法を使おうとしたので、シャロンは慌てて口を開いた。

「待って、英語は分かるよ。気遣ってくれてありがとう」

「よかった! お話できるね」

 少女は屈託のない笑顔でうなずいた。とてもじゃないが、テロ組織の一員とは思えない無邪気さだった。

「魔法は? 魔法は使えるの?」

「ロブはね、人の体を操る魔法が使えるんだよ」

「でも、くうかんてんいは苦手」

「いぎりす人だから仕方ないよ」

「ちがうよ、ロブはオランダ人」

「おらんだ人もくうかんてんいが苦手なの?」

「そうだよ。わーずわーすの系譜だから」

 一度話し始めると止まらないのか、子供達はシャロンをよそにわいわいと話を続ける。

「アネットはドイツから来た人だから空間転移が得意だよ。僕なんかよりずっとね」

 ロブの言葉は子供達を更に沸き立たせた。

「アネットお姉ちゃんはドイツ人なの? じゃあきっとりーぜんふぇるとの系譜だね」

「いいなー。僕もくうかんてんい上手になりたい」

「その分、パスはぶっしつそうさが得意じゃん」

「パスはフランス人だもんね」

(空間転移? りーぜんふぇると? 一体何の話をしてるんだろう)

 聞き慣れない言葉が次々に頭に入り込んできてそろそろパンクしてしまいそうだ。テロ組織に潜入する覚悟は決めていたが、魔法使いトークに放り込まれる覚悟は決めていなかった。

「なんだなんだ、賑やかだな。ロブがまた空間転移に失敗したのか?」

 通路の奥から紙のカップを持った壮年の男性が姿を現す。タートルネックにミリタリーパンツといった厳めしい出で立ちだが、その表情は朗らかだ。

「な――」

 だが男はシャロンの顔を見るやいなや顔色を変え、手にしていたカップを床に落とした。

「ジェリーおじちゃん、どうかしたの?」

「床がびちゃびちゃだよ」

 子供達の声が届いていないのか、男は呆然とシャロンを見つめている。

「アドミラリィ、さま」

 半開きの口がぎこちなく紡いだのは全く聞き覚えのない名前だった。

「ジェリーおじさん、いきなりどうしたのさ。アドミラリィ様なわけないだろ」

 男はハッと我に返る。

「あ、いや……そうだな。あまりにも似てたもんだから、つい」

 申し訳なさそうに首の後ろを掻くも、その目には未だに驚きと崇敬が滲んでいるように見えた。

「彼女はアネット。ドイツから来たんだって。仲間を探していたみたいだから連れてきたけど、まずかったかな」

「迫害された魔法使いは全員俺たちの仲間だ。まずいなんてことないさ」

「ヴァネッサは?」

「今は別ンとこにいるが、まあそのうち顔を出すだろ。来たら教えてやるよ」

「ありがとう。……行こう、アネット。居住区を案内するよ」

 ロブに手招きされ、シャロンは子供達と男に挨拶をして場を後にした。

 広い通路を進んでいくとトタン板で区切られた小部屋がいくつも見えてくる。中には毛布で作られた寝床や衣服、勉強道具などがあり、質素ながら個々人の部屋として機能しているようだ。

 アジトは他にもあるらしいので一概には言えないが、少なくともこの場所を〝テロ組織の隠れ家〟とは思えない。どちらかといえば〝避難所〟が近いように思う。

「僕らはみんな、迫害から逃れていた魔法使いなんだ」

 地面に落ちていた紙くずを拾い上げ、ロブは寂しげに笑った。

「親を魔女狩りで喪った人、マフィアに売られてきた人、殺されかけて必死に逃げ延びた人……色んな人がいる。僕もその一人だ。そして君も」

「そうですね」

「学院も分院も僕たちを助けてはくれない。それどころか僕らを排除しようとしてる。せめて子供達だけでも平穏に暮らせるようにって作られたのがこの場所なんだ」

(学院と分院……)

 先ほどから聞き慣れない単語ばかりだ。恐らくその全てが魔法使いという存在に関係しているのだろう。

「あの、言いにくいんですが……」

「どうかした?」

「実は私、魔法使いのことについて何も知らなくて。さっきのアドミラリィ様とか、学院とか、りーぜんふぇるととかも、どういったものなのかさっぱり……」

「えっ、そうなの?」

「はい。なので教えて頂けると嬉しいんですが」

 分かっている。これは任務には関係のないことだ。魔法使いについて詳しく知らなくてもコミュニケーションを取ることは可能だし、現にこうして潜入もできている。

 ただ、やはり知りたいという気持ちは抑えられない。

 自分は何者なのか。そもそも魔法使いとはなんなのか。

 それを知らなければ、自分という存在をいつまでも確立出来ないような気さえするのだ。

「もちろんだよ。いや、まあ、僕もあまり詳しくないけれど……」

 ロブは近くにあったベンチに腰掛け、シャロンにも座るように促した。

(私の任務はアンソニー・サーフィットの居場所を特定すること。……大丈夫。たとえ何を聞かされても、任務達成を第一とし、そのためだけに行動する)

 自分自身に強く言い聞かせ、ロブの隣に腰掛ける。同年代の男の人とこうして話をするのは初めてなので変な感じがした。

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