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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
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SPELL OF THE SAINT#1 /1

 ロトス島ユーリエフ地区の雰囲気は、マクセル島やヤルテ島の近代的な町並みとは大きく異なっていた。

 街自体はさほど古くないはずなのだが、ユーリエフ地区のどこを見ても〝貧困〟の二文字がついて回る。排ガスが漂う街は酷く寂れており、黒ずんだ建物の壁は下品な落書きで埋め尽くされていた。

 「工場とコンビナートの隙間に人が住んでいる」と言われる通り、ロトス島は第二次産業が極めて盛んだ。イーストヘイヴン島や島近海から採取された資源のほとんどはロトス島で加工され、世界各国へと輸出される。石油原産国でもあるニュー・パシフィックをを支えているのはロトス島といっても過言ではない。

 だが、住民達が得られる恩恵は極めて少なかった。

 ロトス島はロシア政府と強い繋がりのあるストラースチによって実質的に支配されており、ロトス島警もまともに機能していないことから島全体の治安が極めて悪い。中南米や東南欧からの移民も年々増え続け、貧困と混沌が犯罪を呼ぶ悪循環に陥っている。

 島首都ダリアンカなどは栄えているが、そういった大都市に住めるのは富裕層の人間のみだ。ほとんどの住民はコンビナートや工場で低賃金労働に従事し、わずかな収入で日々の生活を維持していた。

(この辺りのはずだけど……)

 シャロンはハンドヘルドデバイスに表示させている地図を頼りに、チェルミ正教会を目指していた。

 ロトス島のベッドタウンとして知られるユーリエフ地区だが、昼間にも関わらず人通りはまばらだ。時折子供の姿を見かけるも、その表情に覇気は感じられない。

(……あった、あれだ)

 道の先に見えてきたのはこぢんまりとした教会だった。

 緑色に塗られた屋根の上にはタマネギ型の飾りが乗っており、ロシア正教会らしい雰囲気を醸し出している。庭もそれなりに手入れされているようで、街の寒々とした空気にそぐわない素朴さが感じられた。

 シャロンは努めて自然に振る舞いながら敷地内へと足を踏み入れた。教会の扉は開け放たれており、誰もいない聖堂がシャロンを迎えた。

「あの、すみません」

 返事はない。物言わぬ聖母の聖像(イコン)がシャロンを見つめるばかりだ。

(誰もいない……?)

 今のうちに様子を探ろうかとも思ったが、さすがに早計だと判断し、シャロンは教会椅子の最前列に腰掛けて人が来るのを待った。ここが本当に《アルケーの火》のアジトであれば、どこかから見られている可能性もゼロではない。

 ふと、祭壇に飾られた聖母像に目が留まった。

 一見すると何の変哲もない聖母像だが、よく見ると顔の部分が布で覆われている。かすかに覗く口元は柔らかな笑みを湛えていて、その笑みを眺めていると不思議と心が安らいだ。

 同時に、薄ら寒さが背筋を這い上がっていく。

 祭壇の聖母像は、シュメーシュメルツェ孤児院で毎日祈りを捧げていたプリンシパル像に限りなく似ていた。

「営業中に悪ぃな。ちょっと話を聞かせて貰いたいんだが」

 その時、二つの足音が聖堂の中に響いた。

 通路を大股に歩いてきたのは体格のいい男性だ。白いジャケットを着ており、その背中には〝NPCI〟の四文字が刻まれている。

(警察……!)

 シャロンは動揺を隠すべく手を組んで俯いた。任務中にNPCIと遭遇して平静を装えるほど、シャロンはまだ諜報員として成熟していない。

「あれ、いねぇのか。……なあ嬢ちゃん、神父様がどこへ行ったか分かるか?」

(……落ち着いて。普通にしていればなんてことはないはず)

 ごくりと生唾を飲み込んでから、シャロンは面を上げた。

「いえ、私が来たときには誰も」

「んだよ、神様放っておいて煙草でも吸いにいってんのか? 大した信仰心だぜ」

 大柄の男はわざとらしくため息をつき、入口へと引き返していく。

「ちょっくら探してくるからよ、お前はここで待機しててくれ。入れ違いになったら連絡くれるか」

「分かった」

 相方からの返事を受け、大柄の男は気だるげに肩を揉みながら聖堂を後にした。

 残されたもう一人の警察官は通路を挟んでシャロンと反対側の教会椅子に腰掛ける。大柄の警官と違って堅い性格なのか、シャロンに話しかけようとする素振りは一切ない。

 一方で、シャロンは何故か男から目を離せずにいた。

 燃えるような赤い髪に緑色の瞳。警察官になるために生まれてきたかのような精悍な顔立ちをしており、その目には意志の強さがはっきりと宿っている。

 もちろん初対面のはずだ。だというのに何故か彼に対して強い既視感を抱いている。この感覚はヤオに対して常々感じているものと同じだ。

 例えるなら、大昔に見た夢のワンシーンが突然想起されたかのような。

 あるいは前世の記憶を呼び起こされたかのような――。

(違う、この人はあの時の……)

 オカルトじみた思考を打ち消したのは、リタと共に明けの島のスラムを逃げ惑っていた時の記憶だった。 

 リタが「助けてくれるかもしれない人がいる」と言って瞬間移動をした先で、この赤い髪を目にしたような気がする。あの時は熱でぼんやりとしていたため記憶が曖昧だが、リタが誰かを見つけて走って行ったのは確かだ。

 もしかすると、この人がリタにジャケットを貸してくれた警察官なのかもしれない。

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