INCENDIARY FIRE#4 /2
「いい加減にしろ、黒山幇。話を逸らすな」
ヴォルコフの一声を受け、場の全員が彼の方を見る。
陳へ向けられる殺意が薄れたことで、許も再び正面へと視線を戻した。
「今夜、周知しておきたいのは〈アルケーの火〉への対応についてだ」
葉巻の煙を吐き、ヴォルコフは話を続けた。
「貴様達も知っての通り、アルケーは四月十七日にイーストヘイヴン島ウィロウブルック、四月二十六日にはロトス島カリンスク港を襲撃した。明らかに我々ストラースチの縄張りを狙っての蛮行だ」
「セックスレスだって離婚の原因になるんだぜ、ロシア人」
下品な揶揄を吐き捨てたのはメキシカンマフィアのボス、フェルナンデスだ。
「散々ヤっておいて、勃たなくなったらサヨウナラじゃ怒るのも当然だろ。魔法使いどもがテロを起こしたのはお前らの自業自得だよ」
「メキシコ人はまともに会話もできんのか? 何を言っているのかまるで分からん」
「はっ、この期に及んで知らねえフリかよ。そりゃ通らねえだろ。……そう思うよな、クラウン・ファミリア?」
ベイリアルは薄い笑みを浮かべるだけで返答しなかった。
だが、フェルナンデスが何を言わんとしているかはこの場の全員が理解している。理解した上で敢えて触れないようにしているのだ。
二年前、パシフィカに地盤を置くマフィアの間で大規模な抗争が勃発し、裏社会のパワーバランスが大きく変動した。この抗争でクラウン・ファミリアは地盤を失い、逆にストラースチは勢力圏を大きく拡大させることに成功した。
表向きはストラースチがその圧倒的な資金力と人員の多さで他を圧倒したとされているが、実際には〈アルケーの火〉の手を借りての勝利だったと言われている。ストラースチは魔法使い達から助力を得た見返りに、抗争後はロトス島の一部を彼らに差し出し、テロ活動を影ながら支援していた。
だがウィロウブルックのテロで両者の蜜月は終わりを迎え、ストラースチはアルケー殲滅へと舵を切った。一度は滅ぼしたクラウン・ファミリアと手を組んだのも、殲滅すべき対象が魔女狩り集団から魔法使いへと変わったからだ。
カリンスク港でのテロは〈アルケーの火〉からの絶縁宣言と言えるだろう。ストラースチのアキレス腱ともいえる港を襲撃したことで、両者の関係には決定的な亀裂が入った。もはや、どちらかが完全に滅ぶまでこの争いが終わりを迎えることはない。
「我々ストラースチはいかなる手段を使ってでも〈アルケーの火〉を殲滅する。巻き込まれたくなければしばらくロトスには近づかないことだ。我々の戦い方は、敵とそうでないものを区別できるほど器用ではない」
「そりゃ、あれかい。本国から持ち込んだとかいう兵器のことを言ってンのか」
口を開いたのはフィリピンマフィアのボス、サラザールだ。
「カリンスク港が襲われたとき、随分とまァ物騒なもん持ち込んでたって噂じゃねえか。まさか島ごとぶっ飛ばすなんてこたァねえよな?」
「本国から兵器を受け入れたのは事実だが、貴様らが思っているようなものではない。魔法使いどもを支援でもしない限り、巻き込まれることはないだろう」
「それを聞いて安心したぜ。先に宣言しとくが、俺たちゃこの件には関わらねえ。あとはあんたらで好きにやってくれ」
サラザールは一抜けとでも言うように両手を挙げ、それ以上口を開かなかった。
「我々黒山幇も不干渉の立場を表明させてもらう。ロトス島のことはロトス島内でけりを付けてくれ。関わってられん」
黒山幇のボス、陳も煙草の煙を吐いてからソファーに身を沈める。
「貴様らはどうする、ムエルテ」
ヴォルコフに問われ、フェルナンデスは不服そうに頭を振った。
「どうするもなにもねえだろ。皇帝サマのお望みのままに、だよ。……魔法使いどもを飼い慣らしてたのはてめえらだ。だったら始末もてめえらがつけやがれ」
煙草の煙を吐き出し、フェルナンデスは一層低い声で続ける。
「ただ、そこの悪魔を同じように飼い慣らせるとは思わねえことだな。そいつの目つき、まともじゃねえ。マチェーテでてめえの首切って死んだヤクの売人と同じ目をしてやがる」
ヴォルコフは返答しなかった。その沈黙は同意を意味しているように思えた。
「なあ、悪魔さんよ。ひとつ聞かせてくれ」
「なんなりと」
「てめえの狙いはなんだ? 何を考えてやがる」
「我々の目的は常に利益の追求です。あなた方と同じく」
「そうじゃねえ」
ぐっと前に身を乗り出し、フェルナンデスは静かな殺気を湛えた目でベイリアルを睨め付ける。返答次第ではここでことを構えることも辞さない――そう言いたげに。
「てめえ自身の目的はなんなんだって聞いてんだよ」
「…………」
ベイリアルは蠱惑的な、それでいて狂気を感じる笑みを浮かべた。
「命がけで逃れよ。後ろを振り返ってはいけない。低地のどこにも留まるな。山へ逃げなさい。さもないと、滅びることになる」
「……あ?」
「創世記、十九章十七節。お読みになったことは?」
「生憎、聖書を丸暗記する趣味はねえ」
「悪魔に唆されて悪徳が栄えることとなった町を見て、主は『もしこの中に善き人が十人いれば町そのものを救う』とおっしゃった。けれども善き人はロトとその家族の四人しかいなかった。ゆえに主はロトの一家に町から出るよう伝え、全ての悪徳を硫黄で焼き尽くした」
「ソドムとゴモラか。知ってるぜ。てめえが唆した町だ」
「ええ。この最果ての楽園も同様にせよ、と父は仰せです。そして……」
刹那、海色の瞳にぞっとするような光が宿った。
「私は、ロトの一家すら逃すつもりはない」
色濃い狂気に当てられ、全員が言葉を失った。
特にカトリックであるフェルナンデスとサラザールは、ベイリアルが口にしたことの恐ろしさを肌で感じているようだった。
「てめえ……」
まなじりを決したフェルナンデスを制止したのは、ヴォルコフの低い一声だ。
「もういい。……貴様らの立場は理解した。アルケー掃討の邪魔をしないというのであれば、これ以上の話し合いは不要だ。貴様らに要求することもなにもない」
場を支配していた緊張がにわかに和らぐ。話が終わりに向かっていると分かり、皆安堵しているのだろう。サラザールなどは一刻も早くこの場から立ち去りたいという顔をしている。
フェルナンデスは盛大に舌打ちをし、ソファーに身を沈めた。
「もう一度言う。今日より我々はあらゆる手段でもって〈アルケーの火〉を殲滅する。アルケーを支援する者、この戦争にかこつけ領域を侵す者も同様にだ。命が惜しいのであれば、大人しくしていることだな」
皇帝の宣言に異を唱える者は、ただの一人もいなかった。




