INCENDIARY FIRE#3 /3
「まったく、君たち二人がスパスパと話を進めるせいでシャロンが困っているぞ」
口を開いたのは、シモンの隣で成り行きを見守っていたトウコだ。
「要点だけ整理しておこう。まず今回の任務はアンソニー・サーフィットの暗殺だ。暗殺任務自体はヤオが担当するが、今現在サーフィットの居場所は分からないため、ヤオは動けない」
「はい」
「現在、サーフィットは今どういった状態にある?」
「〈アルケーの火〉に拉致され、行方が分からない状況です」
「サーフィットを拉致した〈アルケーの火〉の目的は?」
「シモンの仮説が正しければ、サーフィットを人質とし、自分たちへの兵器の使用をやめさせることです」
「つまりサーフィットは生きている可能性が高い。ストラースチに奪取されないよう、どこかに監禁されているはずだ。例えば、魔法使いしか立ち入れないような特殊な場所に」
(……ああ、そうか)
シャロンはようやく自分に課せられた使命を理解した。ヤオが口にした皮肉の意味も。
「私の仕事は、魔法使いとして〈アルケーの火〉に潜入し、アンソニー・サーフィットの居場所を探ることです」
「その通りだ」
トウコは大きく頷き、それ以上何も言わなかった。
沈黙に腰を折られた会話をシモンが引き継ぐ。
「カリンスク港でのテロの後、アルケーの魔法使いと思われる青年がロトス島ノヴォヴィチキ地区で男女を殺害し、ユーリエフ地区へと逃走しました。青年はその後、チェルミ正教会という小さな教会へ逃げ込んだことが分かっています」
モニタにロトス島ユーリエフ地区の3Dマップと、チェルミ正教会の位置が表示される。
「まずはこのチェルミ正教会から調査を始めてください。ただ、ここがアルケーのアジトとは限りませんし、仮にそうだとして、どうすれば仲間として認めてもらえるかは全く分かりません。丸投げとなってしまって本当に申し訳ないですが……」
「大丈夫です。相手も魔法使いならきっと何か通じる部分があるはずです。最悪、教会で魔法を使うという手もあるので」
「〈アルケーの火〉は魔法使いの解放を訴えている組織ですから、魔法使いだということを証明できれば何らかの反応は示してくれるでしょうね。まあ、相手が魔法使いではなかった場合のリスクが大きすぎるので、最終手段として取っておくのをおすすめしますが」
「そうですね、確かに」
欧州に比べれば差別はそこまで酷くないものの、パシフィカでも魔法使いは嫌われている。魔法使いだと知られれば色々と面倒なことになるだろう。
――そう、魔法使い。
アルケーに潜入するということは、言い換えれば同じ魔法使いを騙すということだ。
罪のない人々を殺害し、暴力によって解放を訴える〈アルケーの火〉を同胞だとは思いたくない。だが、迫害されてきた被害者同士という立場になった時、自分がアルケーの魔法使いにどういった感情を抱くのか――そのことを考えると、胸がずんと重くなる。
「シャロン。厳しい話をしますが、大事なことなのでよく聞いてください」
真っ直ぐ見据えられ、シャロンは居住まいを正した。
「……はい」
「君をチームに迎え入れた人間として、僕は君のことをできる限り信用したい。これでもそれなりに経験を積んだ諜報員なので、君の行動に裏があるかどうかはある程度把握できるつもりです。ただ――」
隣に座っているヤオが横目でシャロンを見る。その目つきはまるで獲物を狙う猛禽のようだった。
「君がB&Bの諜報員ではなく魔法使いという立場を選んだ、あるいはそう判断せざるを得ない状況になった場合、僕は容赦なく君を切り捨てます。どういう意味かは分かりますね?」
シャロンも横目でヤオを見た。自分がもし組織を裏切ったとき、容赦なく殺しに来るであろう死神の姿を。
「分かります」
「結構です」
背中に嫌な汗が滲む。
まるで全方向から刃物を突きつけられているような気分だった。
「……とまあ、脅してはみましたが、僕は君のことを信じています。裏切りさえしなければ僕とトウコが全力でサポートするので、やりたいようにやってください。あとヤオさんはそんな裏切ることを期待するような目でシャロンを見ないでください」
ヤオはシャロンから視線を外し、ソファーの背もたれに体を預けた。
「そんな目はしてない。後始末はしてやるから心置きなく裏切れという先輩からの温かい激励だ」
「余計ダメですよ」
まったくもって笑えない会話なのだが、トウコは無表情のまま口を押さえて肩を震わせていた。おそらく笑っているのだろう。
「殺意が高すぎる先輩からの役に立たない激励は置いておいて……先輩諜報員の僕からアドバイスを一つ。――決して、善人でいようとしないでください」
「善人?」
意外な言葉にシャロンは目を瞬いた。
「僕たちは裏社会の人間です。必要であれば何でもします。今にも飢えて死にそうになっている親子を見捨てることだってあれば、泣いている子供を蹴り飛ばすことだってある。聖人君子のような人の首をかっ切ることだってあります。それが仕事であれば」
ふと、消費されていった魔女たちの顔が脳裏を過ぎった。
孤児院の友人達や、サーカスで知り合った少女達――そしてリタ。全員、何の罪も犯していないのに死んでいった。汚い大人達にとって幼い魔女は商品でしかなかった。
許されるはずがない。そんなものは誰の目から見ても悪だ。
けれど裏社会に身を投じてしまった以上、シャロンには悪を悪として断罪する資格がない。B&Bという組織と友人達を殺したクラウン・ファミリア、この二つに大きな違いなどないのだから。
「どれだけ正しいことをしようと、僕たちはもう天国には行けません。なので天にまします神ではなく、B&Bという会社に信仰を捧げてください。全ての判断基準は任務を達成出来るかどうか。道徳なんてものは任務を遂行する上で何の価値もない」
珍しく真剣な面持ちだ。
イスラエル出身であるシモンにとって、神への信仰を捨てることがどれだけの覚悟を要するのかは想像に難くない。
「……肝に銘じておきます」
幾度となく祈りを捧げたプリンシパル像が脳裡に浮かぶ。魔法使いにとっての神の姿が。
ゆっくりと瞬きをすると、その姿は霞のようにふっと頭の中から消えた。
「なんだか柄にもなく真面目なこと言っちゃいましたね。物騒担当の先輩からは何かあります?」
話を振られ、ヤオは食い気味に返答した。
「ない」
「言うと思いましたよ。……まあ、そんなわけで、君には期待しています。諜報員としての初仕事、受けられそうですか」
迷いはなかった。
ヤオの手を取ったあの時から、何をしてでも生き抜くと決めたのだから。
「はい。必ず標的の居場所を見つけ出してみせます」
シャロンは天板の上に右手を載せ、受注契約を結ぶべく自身の社員ページを呼び出した。




