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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
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INCENDIARY FIRE#3 /2

「多分ヤオさんが一番気になっているところだと思うので先にお伝えしておきますが、今回の任務はシャロンに潜入調査を行ってもらいます。情報を入手次第、ヤオさんに標的の暗殺をお願いする形です」

「まさかクソガキのお守りをしろだなんて言わないだろうな」

「その点はご心配なく。現状、B&Bで今回の潜入調査を行えるのはシャロンしかいません」

 ヤオが僅かに目を細める。

「……魔法使い絡みか」

「はい」

 シャロンも自分が何故呼ばれたのかを理解し、膝の上に置いた拳を軽く握った。

「シャロン」

 シモンの塗りつぶしたような目がシャロンへと向けられる。

「正直、君はまだ仕事を受けられる段階ではありません。それは君自身が一番よく分かっていることだと思います」

 シャロンは真剣な面持ちで深く頷いた。

 一応、諜報員としてチームに在籍しているものの、シモンのように多言語を操れるわけでもなければ、トウコのように役を演じきれるわけでもない。身体能力は人並みだし、知識も乏しい。言ってしまえば、今のシャロンは〝田舎から来たただの小娘〟と大差ない。

 一つだけ特別なのは、シャロンが正真正銘の魔法使いだということだ。

「ですが、先ほども言った通り、今回の仕事は魔法使いである君にしか頼めない。初仕事でこんな厄介な案件を任せてしまうのは僕としても心苦しいですが……」

「大丈夫です。魔法使いという私の立場が役に立つのなら、いくらでも使ってください」

「……わかりました」

 シモンがタッチペンの背で机の天板を叩くと、モニタにとある男性の顔写真とプロフィールが表示される。

(この人、なんだか……)

 写真を目にした瞬間、得体の知れない悪寒がシャロンの全身を走っていった。

「今回の任務の最終目標はこの男の暗殺です」

 シモンの操作で標的の写真が大きく表示される。

 男の相貌は、ひと言で言えば「不気味」だった。

 目は落ち窪み、頬も痩けているためか、一見すると骸骨のようだ。顔の半分以上を覆う赤黒いアザが余計に病的な印象を強めている。

 髪と瞳の色は黒。アジア系のようにも中東系のようにも見える独特な顔立ちをしており、長く見つめていると得体の知れない不安が背筋を這い上がってくる。

「標的の名前はアントニー・サーフィット。アメリカ出身の脳神経学者です。十三歳で高校を卒業後、カリフォルニア工科大学で生物学、心理学、工学の博士号を取得し、神経ネットワークの研究や人工脳技術の発展に寄与したと言われています」

 シモンが例に挙げたのはほんの一部のようで、プロフィールには難病の原因解明からクローン技術の発展にいたるまで、多種多様の功績が並んでいた。

「天才科学者として名声を欲しいままにしていた彼ですが、五年ほど前にロシアへ亡命し、その後一切消息が分からなくなりました。CIAが探り続けたものの一向に情報が得られず、死んだのではないかとまで言われていた頃……突如、パシフィカに現れたとの情報が舞い込んできまして」

「また亡命か」

「いえ、なんらかの目的があってロシアからやってきたものと思われます。ストラースチが受け入れる予定だったようなので」

 ロシアンマフィア、ストラースチはロシア政府の出先機関と揶揄されるほど国との関係が強い。ストラースチが動いているのなら亡命ではないだろう。

「どちらにせよ、標的の所在が判明し、なおかつロシアから離れている今なら始末する絶好の機会だな。アメリカからイズミル宣言撤回の申し入れが来るんじゃないのか?」

 イズミル宣言――他国からの政治的干渉を一切拒絶し、ニューパシフィック国内における情報機関の活動も一切許可しないという宣言である。

「イズミル宣言撤回申し入れよりCIAが直に乗り込んでくる方が早いと思いますよ。B&Bへの依頼はポーズでしかなく、実際には自分たちで片を付けるつもりなんだと思います」

「CIAとの共同作戦か。確かにクソガキの初仕事にしては立派な案件だな」

「それだけならまだよかったんですけどねぇ」

 シモンが天板をペン先で操作すると、モニタには夜の港に停泊する巡視船らしき画像が表示された。

「四月二十六日午後十時。サーフィットはロトス島カリンスク港からパシフィカへ入国しました。おそらく、そのままストラースチのアジトへ向かう予定だったと思われますが……」

 さらに天板を叩くと、今度はいくつかの動画ファイルが表示される。

 再生されたのは、どこかの港で悲鳴をあげながら倒れていくスーツの男達の映像だった。

「お二人も知っての通り、〈アルケーの火〉によるテロが発生。サーフィットはこのテロに巻き込まれ、魔法使い達に拉致されました」

 淡々と言ってのけるシモンとは対称的に、ヤオとシャロンは事態の厄介さに言葉を失っていた。

「巻き込まれたというより、テロの目的がサーフィットだったのではないかと僕は推測しています。つまり魔法使い達は何らかの方法でサーフィットの入国場所と日時を知り、ストラースチと接触するそのタイミングを狙って襲撃した」

「だとすれば大した諜報能力だな。うちの新人と交換した方がいいんじゃないのか」

「すぐそういうこと言うんですから」

 軽くため息をついてから、シモンは話を続ける。

「サーフィットの入国場所と日時についてはB&Bですら知り得なかった情報です。なので、僕としてはストラースチに内通者がいるのではないかと踏んでいます。サーフィットの件を知り得るのはロシアとストラースチだけですからね」

「ストラースチの人間がアルケーに情報を渡し、サーフィットをわざと拉致させた、と? 何のために」

「そこまでは分かりません。ただ、まあ、これは未確定の情報ですが――」

 シモンが天板を操作すると、今度は炎上しているトラックヤードの映像が再生された。

「アルケーが四月十七日にもテロを起こしたことはご存知ですね。場所はイーストヘイヴン島ウィロウブルック。ストラースチの息がかかった物流拠点に甚大な被害が及び、スタッフ、一般人、ストラースチの構成員を合わせて一〇二名が犠牲になりました」

(ここのところ、ずっとニュースで流れている事件だ……)

 シャロンは心臓を握りしめられているような気分になり、ぐっと下唇を噛んだ。

 カルト教団〈アルケーの火〉が以前からイーストヘイヴン島を標的としてテロを繰り返していることは話に聞いていた。だがニュースで流れるウィロウブルック地区での惨状は、シャロンの想像を遙かに超えていた。

 真っ赤に染まったアスファルトと、道に転がる数多の死体。魔法でもって殺害されたであろう人々の姿は見るに堪えず、自分が同じ魔法使いだということが恐ろしく思えるほどだった。

「ウィロウブルック地区でのテロを受けてストラースチがアルケーの殲滅を決意し、何らかの大量破壊兵器をロシア本国から密輸入した……そんな話も出てきているんです」

 大量破壊兵器――剣呑な単語にヤオの眉根が寄る。

「……核か?」

「分かりません。そうではないことを祈りたいですが、可能性はゼロじゃない」

 いつもよりも一回り低いシモンの声が、事態の深刻さを物語っている。

「ここから根拠のない推察なので話半分に聞いて欲しいんですが、サーフィットはその破壊兵器の調整を行うためにパシフィカへやって来たのではないかと僕は考えています。つまり、サーフィットがいなければ兵器を使えない」

「なるほどな。その兵器とやらが核レベルでまずい代物の場合、ストラースチの中に阻止しようとする奴が出てきてもおかしくはないわけだ」

「そういうことです。アルケー側もサーフィットを人質にすることで攻撃の中止をストラースチに要求できる。だからこそ殺害ではなく拉致という手段を選んだ」

「……よかったなクソガキ。大仕事だ」

「えっ」

 話についていくだけでやっとのシャロンは、ヤオの言葉――いや、皮肉の意味を理解出来なかった。

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