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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
WITCH HUNT
41/86

INCENDIARY FIRE#3 /1

「――うん、かなり正確ですね」

 部屋の隅に突然現れたシャロンを見て、シモンは満足そうに(うなず)いた。隣ではトウコが無表情で拍手をしている。

 ヤルテ島イヅモ・シティ郊外、ミグダル・ビルディング四階。

 ラダーテクノロジーズのオフィス――を隠れ蓑とするシモンチームのアジトに、シャロンは今日、瞬間移動の魔法でもって出勤した。

 部屋の隅にはビニールテープが魔法陣めいた形で貼られており、それを囲むように大きなサボテンが三鉢置いてある。シャロンが姿を現したのは魔法陣の真上だ。

「瞬間移動の魔法はある程度使いこなせるようになったと思います。……おかげさまで」

「棘がある言い方だなぁ」

「そんなことないですよ。失敗すればサボテンの上に落下するという極限的な状況のおかげで、想定よりずっと早く上達することができました。シモンには感謝しています」

「君はまだ英語を覚えたばかりだから分からないかもしれないですけど、それを棘って言うんですよねぇ」

「勉強になります」

 皮肉をさらりと流し、シャロンはシモンとトウコがいるモニタの前へと移動した。壁一面の巨大モニタには()()何も映っていない。

 ――B&Bに加入してからおおよそ三週間。

 シャロンは現在、マクセル島グロームビル地区のマンションでひとり暮らしをしている。マクセル島には欧州出身者が比較的多く、近くにローラが住んでいることもあって生活にはさほど苦労していない。孤児院と違い、パシフィカはハンドヘルドデバイスさえあればどうとでもなるので、デバイスの使い方を覚えてからは大抵のことを一人でこなせるようになった。

 英語は猛勉強の甲斐もあり二週間ほどで喋れるようになった。現在はドイツ訛りの矯正と読み書きのマスターを目標にしている。シモン曰く「中国語、ロシア語、アラビア語も覚えておくといいですよ」とのことだが、流石にまだ多言語に手を出す余裕はない。

 諜報員としては半人前どころかスタートラインにも立っておらず、銃の扱いすらおぼつかないのが現状だ。

 だが、魔法使いとしては着実に成長を遂げていた。

 瞬間移動の魔法に関してはかなりの精度で望んだ場所に転移できるようになり、一日に使用出来る回数も格段に増えた。瞬間移動の魔法はリタが得意としていた魔法なので、使いこなせるようになったときはリタの意思を継いだような気がして嬉しかった。

 もう一つ、銃弾を跳ね返す魔法もある程度自分の意思で使えるようになった。ただ、こちらは体への負荷が大きいらしく、使った後は決まって強烈な頭痛に襲われる。連発できるものでもないので、いざという時以外使うことはないだろう。

 他の魔法についてはよく分からない。使える、使えないの前に、そもそもどういった魔法が存在するのか知らないのだ。

 魔法使いの先達がいてくれればいいのだが、生憎、あの忌まわしい一件以来魔法使いと出会うことはなかった。

「覚えたばかりと言うが、三週間でここまで話せるようになるのは相当だぞ。日常会話程度なら何の問題もない」

 トウコは腕を組み、「私が育てた」と言いたげな顔で椅子に座っているシモンを見下ろした。全く表情が変わらないのに随分と表情豊かに見えるのがトウコという女の面白いところだ。

 シモンは監視カメラの映像を眺めながらうんうんと(うなず)いている。

「あっと言う間に喋れるようになりましたもんね。いやあ、若いっていいなあ」

「若さ云々というより、シャロンが優秀なんだろう。ヤオは訛りが取れるのに大分かかったぞ」

「あー、ヤオさんのカタコト英語! 懐かしいな」

 ヤオ――その名前を耳にするが早いか、シャロンはあからさまに目の色を変えた。

「……ヤオって、昔は訛ってたんですか?」

「いかにもな中国語訛りでしたよ。『仕事以外で関わるつもりないヨ』とか『食事するしてから向かうネ』とかそんな感じの。あの時のヤオさん可愛かったなあ。あの時って言っても半年くらい前なんで結構最近ですけどね」

「半年……」

 確かに比較的最近だ。昔のヤオを知らないのがチーム内で自分だけだと思うと損をしているような気分になる。

「可愛いって言っても、激怒したらいきなり中国語で(まく)し立ててくるんで、その辺はやっぱりヤオさんなんですけどね」

「激怒って、何をやらかしたんですか」

「大したことしてませんよぉ。ちょっと質問しただけです。それなのに中国語でこれでもかってくらい口汚く罵られて……いやあ、あれは怖かったなぁ。シャロンも気が向いたら試してみるといいですよ。ヤオさんのレアな一面が見られますから」

「遠慮しておきます。――というか、いいんですか?」

「何がです?」

「ずっといますけど、本人」

 シャロンがチラリと視線を送った先には、鬱陶しそうな表情でソファーに座っているヤオの姿があった。

 今日はいつもの黒いスーツではなく、レザージャケットにデニムというラフな格好をしている。ツーリング中に呼び出された場合はそのままの格好で来ることが多いそうなので、おそらくシモンに突然呼びつけられて渋々顔を出したのだろう。 

「別に聞かれて困ることでもないですからね。全部事実ですし。ねっ、ヤオさん」

「何が事実だ。あれは〝大したこと〟だろうが」

 ヤオは切れ長の目に殺意を滲ませてシモンを(にら)んだ。

(あれって、ヤオが激怒したって件かな)

 シモンに視線を向けるもわざとらしく目を逸らされてしまったので、トウコに身を寄せて「何があったんですか?」と小声で問う。

 シャロンの気遣いも空しく、トウコは普通の声量で返事をした。

「寄生虫だ」

「……寄生虫?」

「B&Bに加入する際、プロフィール確認のための面談をしただろう?」

「しましたね」

 つい数週間前のことなのでよく覚えている。経歴や主義思想、性的嗜好から好きな食べ物に至るまで、様々なことを確認された。

「ヤオは苦手な物の所に〝寄生虫〟と書いてあったんだが……うちの無神経なリーダーが『寄生虫ってこういうのですか』と、このモニタに表示させたんだ」

 トウコは親指で巨大モニタを指し示した。

「本当に無神経ですね」

「だろう? しかも――」

 トウコはヤオを一瞥してから、シャロンの耳元に口を寄せた。

「クジラの胃にみっしり詰まったアニサキスの画像を」

「…………」

 シャロンはじっとりとした視線をシモンに送った。

「それは、激怒されても仕方がないですよね?」

「いやぁー……ははは」

 シモンはバツが悪そうに首の後ろを掻いているが、あまり反省している雰囲気はない。

「確かに画像選びはアレだったと思いますけど、確認は必要じゃないですか。寄生虫って言ってもニョロニョロしたラーメンみたいなタイプから、ノミみたいなタイプまで色々いますし……」

「――なあ」

 地獄から響いてくるような低い声に、シモンは口を開いたまま凍り付いた。

「もう帰っていいか? これ以上ここにいたらお前の口に銃口を突っ込みそうだ」

 わざとらしく咳払いをし、シモンは胡散臭い作り笑顔を浮かべる。

「うん。やめましょう、この話。……というわけで、ブリーフィングを始めますよ。ほら行った行った。まったく、うちのメンバーはすーぐ無駄話するんですから」

「お喋りなのは主に君とロサドだが」

「正論はやめてください、トウコ。三十二歳の本気の大号泣をお見舞いしますよ」

「トウコは別に構わないぞ。撮影して本社に送る」

「それは本当にやめてください」

 よく分からない会話をしている上司二人をそのままに、シャロンはヤオの隣へと腰掛けた。ヤオは露骨に嫌そうな態度をとったが、いつものことなので特に気にならなかった。

 ヤオがシャロンを毛嫌いしている一方で、シャロンはヤオに強い興味関心を抱いている。

 理由は不明だ。嫌われているのだから積極的に関わるべきではないと分かっているのだが、ヤオという人間のことを知りたくて仕方がない。自分にとっての先輩であり、命の恩人であり、死神でもあるこの男のことを。

 その衝動は、()()()()()()()()()()()()()()()()感覚に近かった。

「…………」

 不愉快そうに顔を背けるヤオをじっと見つめる。

「……なんだ」

 こちらを向くことはないが、存在は認めてくれているようである。

「ヤオにも苦手なものがあるんだなあと、驚いてます」

「そうだな。虫と、あとは魔女が嫌いだ」

「どっちの方が嫌いですか?」

「今この時だけは魔女に軍配が上がってるな」

「じゃあ普段は虫の方が嫌いなんですね。勝てるように頑張ります」

 返ってきたのは舌打ちだった。

 最近分かってきたことだが、ヤオは〝ああ言えばこう言う〟に弱いようで、とにかく会話を続けると折れることが多い。シモンに「メンタル強すぎません?」とよく言われるが、無視されるわけではないので特段気に病むようなこともなかった。

「……そもそも、好きな奴がいるのか?」

「魔女をですか? 沢山いると思いますけど」

「虫だ。寄生虫」

「ああ、そっちですか。私は結構興味がありますね。日本にある寄生虫博物館とか割と行ってみたいです」

「行ってもいいが、そのあと半年間くらい俺に近づかないでくれ」

(そんなに嫌なんだ……)

 そもそも何故寄生虫なのだろう。当たったことがあるのだろうか。

「ヤオさんの虫嫌いは筋金入りですからねぇ。生魚絶対食べないですもんね」

 へらへらとした様子でシモンが向かいのソファーに腰掛ける。その隣にトウコも腰を落とした。

「麺類は克服したんでしたっけ?」

「基本的には問題ない。調子が悪くなければ」

「まあ、誰しも苦手な物の一つや二つありますからね。寄生虫博物館に行きたいからって無理強いしちゃダメですよ、シャロン」

「お前が言うな」

「シモンには言われたくないです」

 部下二人から同時に反論され、シモンはしょぼくれた顔をした。

 未だにふわふわとしている空気に緊張感をもたらしたのはトウコだ。

「チームメンバーと親睦を深めるのは構わないが、そろそろ仕事の話をしてくれ。緊急の任務ではないにせよ、時間に余裕があるわけでもない」

「そうですね。……では、ブリーフィングを始めましょう」

 その合図と同時にテーブルの天板がディスプレイに変わり、同様の画面が大型モニタにも表示された

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