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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
THE HELL
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BROAD&BLIND#2 /1

 猥雑なネオンに彩られた町を、作り物めいた顔の男が歩いて行く。

 底なし沼のように暗い瞳と、目の下に浮かぶ濃い隈は、紅鶴花路(ホンホァストリート)の病的な町並みによく馴染んでいる。道端に転がっている薬物中毒者達は、通り過ぎていく男に見向きもせず、とろとろと溶けていく世界に自我をひたし続けていた。

 ニューパシフィックスの中で二番目に大きい島である明ノ島(あけのしま)は、かつては美しく近代的な町並みが広がっていたという。しかし日本の開発企業が中国に買収されてからは、無計画な土地拡張と都市開発が横行し、ペンシルビルがひしめき合う混沌都市へと姿を変えた。

 中心部のアマハラ・シティは辛うじて美しい景観を保っているものの、周辺のエリアは日本語、中国語、韓国語が雑多に混じり合うギラついたスラムとなっている。老人らはネオン看板がモザイクのように並んでいる様から「第二の九龍城」と称しているようだが、どちらかと言えば一九八二年に公開された某SF映画の町並みの方が雰囲気は近い。

 男――ヤオは、吐瀉物と腐った魚の臭いがする通りを足早に通り過ぎ、路地裏にある雑居ビルの階段を降りていった。

 赤いライトで染め上げられた廊下を突き進み、最奥にある小さな鉄扉を押し開ける。ヤオを迎えたのは天井まで金網が張ってあるカウンターと、壁中に張られた〇〇年代映画のポスターだった。

「おう、ヤオじゃねえか」

 金網の小窓部分から顔を覗かせたのはラテン系の男だ。ウェーブのかかった髪を緩く束ね、髭を生やしたその姿は、さながらロックミュージシャンのようである。実際、彼は九〇年代のロックをこよなく愛しているので、寄せている部分はあるだろう。

 だが、男が扱うのはマイクでもギターでもない。――銃だ。

 リカルド・ガラヴァーニはヤオが懇意にしている唯一のガンスミスだった。

「今日はどうした? 女房に内緒で若い女を見繕いにきたのか?」

PYa(ヤリギン)の調子が悪い。すぐジ詰ま(ジャム)る」

 ヤオはベルトのホルスターから9mm拳銃を抜き、カウンターに置いた。スチールフレームに赤いライトが反射し、無骨な印象が余計に際立つ。

「だからロシア女はやめとけって言ったろ。PYaなんてな、出た当初から品質がやべぇってボロクソに言われまくってたんだぞ」

「これは中国製のPYaだ」

「ますます悪ィよ。……ま、浮気はほどほどにしとけよ。お前さんには女房のイタリア女(ベレッタ)がお似合いなのさ」

 リカルドはカウンターに置かれた銃を手に取り、マガジンを落としてからチャンバーをチェックした。左手で受け止めた空のマガジンにも軽く目を通し、再度グリップへと差し込む。

「フレームは歪んでねえから、問題があるとすればスプリングかもな。修理すんのは問題ねぇが、いっそのこと新調しちまったらどうだ? ちょうどいい()が揃ってんぜ」

「メンテナンスでいい」

「ったく、相変わらず金にシビアだな。仕事ねぇのか?」

「余計なお世話だ」

 ハハッと笑い、リカルドは奥へと引っ込んでいった。

「中入ってろよ。ちょうどピザが届いたところだ、つまんでてもいいぜ」

 奥からの声にあえて返答はせず、ヤオは慣れた様子で金網の扉を開け、中へと入った。

 オフィス――という名の居住空間はボロボロの家具とガラクタで溢れかえっており、ひどく埃っぽい。先ほどから粗い画質でニュースを垂れ流している箱形の機械は、ブラウン管テレビという九〇年代の家電製品だ。画面の下についている挿入口にはビデオテープなるものを入れるそうだが、二〇三六年の現在で現物を目にするのは難しいだろう。

 ヤオは革張りのソファーに座り、革手袋を外してピザを口に運んだ。

 生地がやたらと薄く、甘辛い肉とマヨネーズが乗っているアマハラ風のピザだ。決して不味いわけではないが、物足りない。日本風の上品な味がする。

<パシフィカ独立記念式典は各国の首相も参列を表明しており、中でも注目されているのは――>

 テレビの音声を耳にし、ふと壁にかかっているカレンダーを見る。

 パシフィカ独立記念日の三月二十四日まであと一週間。それはつまり、ヤオがパシフィカにきてからおおよそ一年が経過したことを示している。

 様々な思惑渦巻くこの群島は、ヤオのような人間には居心地がよかった。


 パシフィカの正式な名称はニューパシフィックス諸島共和国。一つの自然島と周辺を取り囲む六つの人工島からなる島嶼国(とうしょこく)で、北太平洋の真ん中に位置している。

 全ての始まりは、二〇〇二年に起きた海底火山の噴火だった。

 二〇〇二年六月七日。北緯二十九度、東経百七十九度の北太平洋上に土地面積百五十平方キロメートルほどの島が突然隆起した。その島は暫定的にP27FEと名付けられ、周辺国であるアメリカ、日本、オーストラリアが共同で調査にあたった。

 P27FEは石油、天然ガス、レアメタルなどの資源が豊富で、資源不足が危ぶまれていた人類にとってはまさに楽園のような場所だった。調査団は島の名前をイーストヘイヴンと改称し、一年後にはロシア、中国、南米も調査に加わってイーストヘイヴン探査同(EEA)盟が発足された。

 仮に神がイーストヘイヴンを作ったのであれば、神はきっと世界中の人々で恵みを分け合うことを望んでいたのだろう。

 しかし、そうはならなかった。

 イーストヘイヴンの所有権を巡ってアメリカ、日本、オーストラリアの西側陣営とロシア、中国の東側陣営が対立するようになり、第二の冷戦が勃発。二〇〇八年頃には各国企業がイーストヘイヴンの開発に着手し始め、二〇一四年、西側陣営の共同企業体による半ば強引な人工島建設計画が発表された。もちろん東側陣営が黙っているはずもなく、二〇二〇年にはロシア企業による人工島の開発計画が発表され、両陣営の競争はますます激化した。

 島の開発が進む中、イーストヘイヴンの所有権についてはいつまでも決着がつかず、東西陣営の対立は無視できないレベルにまで悪化していった。

 結果、起きてしまったのがパシフィカ戦争だ。

 西側陣営と東側陣営が所有権を巡って争い、そこに島民による自治を求める自由パシフィカ軍が加わって三つ巴の争いとなった。

 二年にわたる戦いの末、勝利を勝ち取ったのは自由パシフィカ軍だった。東西どちらにも肩入れできない第三国が自由パシフィカ軍を支援するなど、国際世論に後押しされる形での勝利だった。

 二〇二九年三月二十四日、ニューパシフィック自治(NPAA)機構が発足。政府は国連の承認を得てニューパシフィックス諸島共和国と名を変え、国内における一切の諜報活動、不安定化活動を許容しないと宣言した。

 その後、アラブ、イスラエル、インドの企業が人工島の建設計画を発表し、ニューパシフィックスは現在の姿へと至る。

 第一の島――イーストヘイヴン。

 第二の島――マクセル。

 第三の島――明ノ島。別名を海龍島(ハイロンダオ)

 第四の島――ロトス。

 第五の島――ジェスル。

 第六の島――ヤルテ。

 第七の島――マハーハ。

 神の遺骸(イーストヘイヴン)と、その周囲を取り囲む島々からなる最果ての地。

 すべての争いと混沌を遠ざけたはずの楽園には、今日も数多の陰謀と悪意が渦巻いている。

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