INCENDIARY FIRE#2 /1
四月二十八日午後三時。イーストヘイヴン島アルバーン地区、NPCI本部。
凶悪犯罪捜査課のオフィスではエドワード・オランジュ、パトリック・ハリス、そしてフレッド・マスダの三人がPCモニタと睨み合っていた。
他のデスクに設置されているモニタはせいぜい二台程度だが、フレッドのデスクだけはモニタが五台も設置されている。そのうちの一台で再生されているのは監視カメラの映像だ。
フレッドは映像を一時停止させ、映り込んでいる人物をズームにした。頭部が緑の枠でピックアップされるのと同時に、AIによる画像鮮明化処理が施される。
浮かび上がったのは、口元をフェイスマスクで隠した気弱そうな青年の顔だった。薄茶色のふわふわした髪とパープルの瞳を持ち、鼻筋にはそばかすが散っている。ひそめられた眉は、青年が強い不安を抱いていることを如実に表していた。
「西洋人なのは間違いなさそうだね。意外と若そうに見えるけど……二十歳くらいかな? そんな歳でテロに関与するなんて良くないなあ。いやまあ、アルケーの魔法使いかどうかはまだ分からないんだけどね。でもこれは限りなく黒いよね、うん」
モニタを指先で突きながら、フレッドはぶつぶつと独り言を口にした。
フレッド・マスダはNPCI凶悪犯罪捜査課ブラッドリー班に所属する捜査員の一人だ。
日系アメリカ人で、パシフィカへは十八歳の時に大学進学のため移住してきたらしい。わざわざパシフィカの大学に入学した理由は「新しく出来た大学の一期生になってみたかったから」だそうだが、真偽の程は不明である。
顔立ちはいかにも日系といった雰囲気で、良く言えば親しみやすく、悪く言えば印象に残りにくい。ただ、髪を不似合いなアッシュグレーに染め上げているので、その点で言えば印象には残りやすいといえるだろう。本人曰く「アッシュグレーの方が僕に似合ってる気がするんだよねぇ」とのことだが、猫背気味なのも相まってか老人のようにしか見えず、チームメンバーからはすこぶる不評だった。
犯罪博士を自称したり、「前世は神様だった」などと言ってのけたりと、相当にエキセントリックな人物ではあるものの、情報処理能力は極めて高く、チームメンバーからの信頼も厚い。まさにブラッドリーチームのムードメーカー的存在である。
「それにしても、また魔法使い関連の事件を回されるなんてアレだね。うちのチームもいよいよエクソシストじみてきたよね」
フレッドはふわふわと笑い、〝leave work on time(定時退勤)〟と書かれたマグカップを口に運んだ。湯気のせいで眼鏡が思いっきり曇っているが、あまり気にしていないようだった。
「エクソシストが退治するのは魔法使いじゃなくて悪魔じゃなかったか?」
真面目すぎる返答をしたのはエディだ。
「えー? そうだっけ?」
「そうだよ」
「魔法使いも悪魔も似たようなものじゃない? いや分かんない。違うかも。適当言っちゃった」
エディの物言いたげな視線を気にもとめず、フレッドは目にも留まらぬ速さでトラックボールを操作した。
少ししてモニタの一台にロトス島の3D地図が表示される。赤くハイライトされているのは一昨日の晩にテロが発生したカリンスク港だ。
「まあ、容疑者が魔法使いさんだろうが悪魔さんだろうが僕らのやることは変わらないよ。犯人を逮捕して事件を解決する。できれば定時のうちに。それが僕らの仕事だ」
続いて南西のエリア――ノヴォヴィチキ地区がオレンジ色でハイライトされる。赤いピンが立っているのは一昨日の晩に起きた殺人事件の現場だった。
四月二十六日午後十時半。
ロトス島ノヴォヴィチキ地区の路地裏で男女二名の遺体が発見された。
被害者はトム・ケレイニーとレベッカ・ファラー。死因は両者とも頸部圧迫による窒息だが、女の方は扼殺された可能性が高いのに対し、男の方は自分の手で自分の首を絞めたようだった。
ロトス島警は現場検証の末、ケレイニーがファラーの首を絞めて殺害した上、自分自身の首も絞めて自害――そう結論づけ、被疑者死亡で片付けようとした。しかしファラーが死亡の直前にNPCIへ通報していたことと、現場付近の防犯カメラに怪しい人物が映っていたことから、魔法使いが事件に関与している可能性が高いと判断され、凶悪犯罪捜査課に捜査権が回ってきた。
つまり、エディ達ブラッドリーチームはまたもや外れくじを引かされたというわけである。
「俺らの仕事とは言うけどよ、こいつはどう見たってアルケーの魔法使いだろ。なら組対か軍の仕事だ」
パットは指の裏でモニタをコンコンと叩いた。魔法使いと関わるのはごめんだ、と顔に書いてある。
相方のぼやきに、エディは諦観を滲ませつつ返答した。
「仮にアルケーの仕業だとしても、テロとの関連性がはっきりしない以上はうちの仕事だ。アルケーの魔法使いが単独で事件を起こした可能性もある」
「まず、魔法使い関係の事件を凶悪犯罪捜査課に回すなって話なんだけどな」
「それは言わない約束だろ」
「へいへい」
「そもそも、容疑者がアルケーの魔法使いだと決まったわけじゃない。もしかしたら、魔法使いの仕業ですらないかもしれないし……」
「確かにな。被害者が自分の首の骨を自分の手で折るような、覚悟が決まりまくってる男だったって可能性もゼロじゃない」
意地の悪い言い方だ。ほとんどゼロだと言っているようなものである。
「扼痕からして、被害者が自分で自分の首を絞めたことはまず間違いないよ。それが自分の意思だったのか、という部分はさておきね」
フレッドがトラックボールを操作すると、モニタの一台に被害者二名の簡易プロフィール、もう一台には遺体写真が複数枚表示された。被害者の男女はどちらも首に絞められた痕が残り、苦悶の表情を浮かべている。
「指紋が残ってたから、レベッカ・ファラーが交際相手のトム・ケレイニーに扼殺されたのもほぼ間違いない。問題はケレイニーがその後自死をしたのかどうかという話だけど……まあ、僕なら無理かなあ。自分で自分の首の骨を折るの」
「奇遇だなフレッド、俺もだぜ」
パットの返答に、フレッドは「だよねー」と軽い調子で口にした。
二人が他人事のように笑い合っている中、エディだけはペリドットの瞳をモニタに向け、真剣な表情でそばかす顔の青年を睨んでいる。
「仮に魔法使いの仕業だとして……あり得るのか?」
フレッドはこてんと小首を傾げた。
「あり得る、っていうのは?」
「人の体を操るような魔法」
「さあ……。僕は魔法使いの専門家じゃないから何とも言えないなあ。でも、あってもおかしくはないんじゃない? 魔法なんだし」
「そんな魔法が存在するなら、もう何だってできるだろ。大統領だって殺せるよ」
フレッドの表情がかすかに翳りを帯びる。
「だから魔法使いは恐れられてるんだよ。彼らがその気になれば、僕たち一般人なんてあっという間に倒されてしまうだろうね」
フレッドの言葉は正しい。
以前、リタを追い詰めた時に間近で魔法を見たが、一般人が太刀打ちできるようなものではなかった。もしあの時リタが明確な殺意を抱いていたら、パットは無事でいられなかっただろう。
睨んだだけで相手を殺せる存在――そんなものが身近に潜んでいる恐怖は計り知れない。欧州の人々が恐れる気持ちはよく分かる。
それでもエディは魔法使いに対する差別や、魔女狩りといった行為には良い印象を持てなかった。




