INCENDIARY FIRE#1 /1
ガラクタがひしめいている薄暗い部屋に、ボタンを連打する音が響いている。
ヤオとリカルドがプレイしているのは三十四年前に発売された格闘ゲームだ。グラフィックは古めかしい2Dドットで描かれ、最近のゲームに比べると挙動もかなり遅いのだが、格闘ゲームとしての完成度が高く今なお根強い人気を誇っている。
画面ではライダースーツのようなものを着た男と金髪を柱のように逆立てた色男が戦っていた。良い勝負だが、どちらかと言えばライダースーツの男に分があるようだ。
「おまっ……今のはずりぃだろ!」
前のめりになり、全身で感情を表現しながらゲームをプレイするリカルドに対して、ヤオは一切表情を変えずつまらなそうにコントローラーを操作している。とはいえ、こうして対戦に興じている以上ヤオも楽しんではいるのだろう。かれこれ十五戦目になるが、コントローラーを置こうとする気配はない。
しばらくして、軍配はライダースーツの男の方に上がった。
「やっぱお前、家で練習してんだろ。でなきゃこんなに早く上達するわけねぇ」
リカルドはグラスに残ったジンをぐいっと呷り、悔しそうにキャラクターを選択し直している。一方、ヤオはコントローラーを膝に置き、すっかり冷めてしまったデリバリーの焼きそばを食べ始めた。
同じ明ノ島の住民ということもあってか、ヤオは度々リカルドの店に顔を出してはこうして無為な時間を過ごしている。店にいる間ずっと九〇年代のロックミュージックを聴かされているせいで、ヤオの音楽の趣味は二十歳とは思えないほど古くさいものになっていた。
「そういや、お前ンとこにはファミリアの新しいボスの話はいってねえのか?」
「はみいあ?」
「アーサー・ベイリアルだったか? あの俳優みてえな男」
天使じみた顔が脳裏に浮かび、思わず眉間に皺が寄る。
ジェスル島における劇場爆破の一件以来、クラウン・ファミリアに新しいボスが着任したという情報はパシフィカ中に知れ渡ることとなった。B&Bも比較的早い段階で情報を入手していたようで、劇場爆破の翌日にはアーサー・ベイリアルの顔と簡易プロフィールが社内全体に周知された。
アジトのモニタに映し出された写真を見たとき、ヤオは言葉を失った。
車に乗り込む所を盗撮されたであろうその人物は、以前オークション会場で会話をした男――エリック・ウォルシュとまったく同じ顔をしていたからだ。
「……あれくらいの大物だったら、俺みたいな木っ端フリーランサーじゃなくB&Bに依頼がいくだろ」
ヤオは興味がなさそうに返答し、再び焼きそばを啜った。
「それがよ、その辺のフリーランサーに依頼が舞い込んできてるんだと。しかもかなりの額らしいぜ」
「殺しか?」
「さあな。今のとこ分かってるのは、依頼を受けた奴のほとんどが生きて戻らなかったってことだ」
話をしながら、リカルドはようやく次のキャラクターを選択した。選んだのはサスペンダーを着用した体格の良い男、アジア系の道着を着た精悍な男、ベストとキャップを着用した男の三人だ。
「もしかしたら、B&Bもあの王子様にしてやられて依頼の受付を停止したのかもしれねえな」
「どうだか」
ヤオは焼きそばの箱をテーブルに置き、迷いなくキャラクターを選択する。選んだのはライダースーツの男、弁髪の男、赤いベストを着た女の三人だった。
キャラクターの使用順を決め、対戦が始まる。一戦目は道着の男と弁髪の男の対決だったが、ヤオが選んだ弁髪のキャラクターの方が押されていた。
――リカルドの読みは大方当たっている。
アーサー・ベイリアルの存在がパシフィカ中に知れ渡ってすぐ、B&Bには彼の調査依頼が続々と舞い込んできた。
ファミリアという得体の知れない組織に所属しているとはいえ、相手は一介のギャングだ。調査はすぐに終わる――はずだった。
調査により判明したのは、ベイリアルの存在は八年ほど前から欧州で確認されていること、パシフィカに来る前は主に中欧で活動していたこと、以前は「エリック・ウォルシュ」という名前で活動していたということのみ。それ以外のことは判然とせず、特にファミリアへ加入する前の経歴はB&Bの調査能力をもってしても一切分からなかった。
B&Bは詳細な情報を手に入れるべく、ベイリアルの周辺に諜報員を派遣した。しかし、この行動が最悪の結果をもたらした。
派遣された諜報員は誰一人として生きて戻らなかった。
それだけならまだしも、任務にあたっていたうちの一人がスーツケースに詰められた状態でアジトに送りつけられてきたのだ。
遺体は損傷が激しく、至る所に拷問の痕跡があった。中にはビニール袋で覆われた手紙も入っており、殺害された諜報員の個人情報と「Do unto others as you would have them do unto you. 」という一文が美しい字で書き付けてあった。
己の欲する所を人にも施せ――マタイ伝七章十二節の言葉だ。キリスト教の黄金律とも言われる教えである。
ベイリアルはこう言いたいのだろう。
構成員の情報は公にはしない。その代わり、お前達もこれ以上コソコソと嗅ぎ回るのはやめろ、と。
B&Bは今回の件を重く受け止め、ベイリアルに関する依頼の受け付けを一旦停止した。調査任務自体は現在も継続しているようだが、慎重な立ち回りを要求されていることは想像に難くない。
シモンチームは、ベイリアルの件に対し早々に不干渉の立場を表明した。
依頼の新規受付を停止した以上、暗殺任務も当面は発生しない。メンバーのほとんどが暗殺者のシモンチームにとって、ベイリアルの件はある意味で対岸の火事のようなものだ。
〝目に見えている地雷は踏まない〟というシモンの方針に、チームメンバーは皆納得していた。――ただ一人、新入りを除いて、だが。




