A DAYING DOVE /1
コンビナートの輝きが煙った夜空を照らし上げている。
マクセル島やジェスル島の住人はロトス島の臨海工業地帯を〝世界一美しい工場風景〟と賞し、写真集まで出版しているようだが、現地の住人にとってはコンビナートなど工業廃水と燃焼排ガスを垂れ流す邪悪な宮殿でしかない。
――ロトス島カリンスク港。
対岸にコンビナートを臨むこの小さな港は、パシフィカ裏社会における主要港の一つだ。銃器、薬物、臓器、子供、密入国者――あらゆる物がパシフィカに持ち込まれ、そして出荷される。
ロシアンマフィア〝ストラースチ〟の縄張りでもあるこの港は、昼夜問わずマシンガンを携帯した構成員が巡回している。一般人はおろかNPCIもよほどのことがない限り近寄ろうとしないため、港周辺は実質的な無法地帯と化していた。
「くそっ、一体何なんだ!」
そんな、本来であれば物々しい静寂に包まれているはずの港に、怒号と銃声が響き渡る。
四月二十六日午後十時。カリンスク港は正体不明の集団に襲撃され、混乱状態に陥っていた。
「撃て! 弾さえ当たれば……ぐあっ!」
銃を構えて叫んでいたスーツの男が、まるで見えないトラックに撥ね飛ばされたかのように後方へと吹き飛ばされる。他の男達も体が突然発火したり腕が独りでに捻れたりと、不可解な現象に襲われてのたうち回っていた。
港を襲撃しているのは二十人ほどの男女だ。マスクやフェイスカバーで顔を隠してはいるものの、素人臭さは隠し切れておらず、テロリストというよりもむしろコンビニ強盗のように見える。さらに、襲撃者達は武器を携帯していないようで、マシンガンを向けられても丸腰のままだった。
そんな連中を相手に、ストラースチの構成員達は手も足も出せず次々と倒れていく。
「魔女め……!」
地面に倒れていた男が拳銃の引き金を引く。銃口が捉えているのは襲撃者のリーダーらしき青髪の女だ。
だが銃弾は女の鼻先でピタリと動きを止めた。
「な……」
少しの間を置いて、銃弾は発砲した男の元へと戻っていく。男は目を見開いたまま脳天を撃ち抜かれ、短く戦慄いて絶命した。
「ヴァネッサ、あれ!」
襲撃者の一人が奥の方を指さし、声をあげる。
銃撃を掻い潜りながら走ってくるのは六人の男女だ。五人は他の襲撃者と変わらぬ格好だが、中央にいる一人は白衣を着用しており、頭に麻袋を被せられている。脚を負傷しているのか、あるいは元々悪いのか、ほとんど引きずられる形で走らされていた。
「ピーター達を援護しろ! 合流次第撤退する」
青髪の女から指示を受け、襲撃者達がますます攻撃の手を強める。
その一方で、構成員らもなりふり構わず引き金を引き続けた。
放たれた銃弾のほとんどは空中で静止し、そのままアスファルトへと落ちていく。しかし全てを食い止めることは出来ないようで、襲撃者の側にも銃撃による負傷者が増えつつあった。
「ヴァネッサ、俺たちはここから飛ぶ!」
声を張り上げたのは、白衣の男を連れている五人のうちの一人だ。
「飛べるか?」
「クロエがいるから大丈夫。飛ぶまで援護してくれると嬉しい!」
青髪の女は大きく頷き、突き出した左手にぐっと力を込める。構成員らは突風を受けたように吹っ飛び、アスファルトの上を転がっていった。
「クソッ……!」
構成員らが体勢を立て直した瞬間、白衣の男を連れた一団は跡形もなく姿を消した。
「よし、私達も撤退する。急げ!」
他の襲撃者達も次々に姿を消していく。
場に残ったのはリーダーである青髪の女を除き、銃弾を受けて負傷している三名と気弱そうな若者二名のみだ。
「ハリー、マイクを連れて飛べるか」
「大丈夫、いける」
ハリーと呼ばれた青年が負傷者の一人を抱きしめる。直後、二人の姿は瞬く間に消え失せた。
「よし。ロブ、君は私と……」
そばかす顔の青年は慌てて頭を振る。
「大丈夫、一人で飛べる」
「だが……」
刹那、銃弾が二人の間を通り抜けた。
青髪の女は咄嗟に構成員らへ向き直り、伸ばした腕をもう片方の手で押さえる。しかし限界が近いのか、銃弾の幾らかは見えない壁を貫通して青髪の女達の方へ飛んできていた。
「ヴァネッサ」
青髪の女はぐっと下唇を噛む。
「――必ず戻れ、いいな」
「うん」
青年は小さく頷き、堅く目をつむった。
直後、その姿はすっかり消え失せていた。




