STAKE#4
ぐらりと倒れた男の頭にもう一発銃弾を見舞う。
短く戦慄いたきり、男はぴくりとも動かなくなった。
(大体片付いたか……)
ヤオは愛銃からマガジンを落とし、予備の弾をグリップに差し込んだ。スライドを引く音が静まり返ったフロアに響く。
――アズラク41に潜入してから、すでに十五分程度が経過している。
B&Bの襲撃を見越してか、『アズルムルド108』はそもそも営業していなかった。客やスタッフはおろか警備もおらず侵入は極めて容易だったが、それが罠だということは素人でも理解出来る。案の定、地下一階ではナギーブに雇われたフリーランサー達がヤオとローラを待ち構えていた。
そのフリーランサー達は今、物言わぬ死体となって辺りに転がっている。
ヤオとローラの二人がかりということを考えれば、殲滅に十五分もかかったのは手間取った方だと言えるだろう。命が惜しくなったフリーランサー達が逃走を図ったため、追いかけるのに時間がかかったのだ。
施設の管理システムはすでにシモンと情報部が掌握している。監視カメラのハッキングはもちろんのこと、ドアのロックやエレベーターの緊急停止まで思うがままだ。フリーランサー達は地下一階に閉じ込められ、一人また一人と死神の餌食になっていった。
<こっちは大体片付けたけど……そっちはどう?>
通信機からローラの声が聞こえてくる。
ヤオは耳元に手を当て、返答した。
「大方始末した。さすがにもう生き残りはいないと思うが――」
<こちらでも確認しました。地下一階に生存者はいません>
被せるように発言したのはシモンだ。ハッキングした監視カメラで各階の状況を見ているのだろう。
<了解。じゃあアタシは北側の階段から地下四階に向かうわ。ヤオ、貴方は予定通り南からお願い>
「了解した」
通信を終えるなり、ヤオは死体を踏み越えて南側の非常階段へ向かった。
銃を構え、壁に背を当てたままゆっくりとスチールドアを開く。しばらく待ってみたが、中から何かが飛び出してくることはなかった。
階段内へ侵入すると同時にクリアリングし、上下階にも人がいないことを確認して階段を降りる。地下四階の扉が見えてきたあたりで、ヤオの目が鋭さを増した。
(……いるな)
スチールドアの向こうに気配を感じる。一人や二人ではない。
地下一階にいたフリーランサーは大体二十人ほど。護衛の数が全部で五十人ほどだとすると、残りの三十人は全員地下四階にいるとみていいだろう。
連中は当然、B&Bが来たことには気づいている。戦闘はまず避けられない。
ブリーフィング時に3Dマップを見た限りだと、非常階段から制御室まではおおよそ二十メートル。廊下はさほど広くなく、制御室のあるバックルームは特に狭くなっているため、接近戦が予想される。
(まあ、文句は言っていられないか)
銃をホルスターに収め、ヤオは腰裏に装備していたナイフを逆手に持った。
カーボンスチール製、刃長三十センチの大型ナイフだ。ブラックパウダーコーティングが施されているため刀身は黒い。刃幅も広く、ナイフというよりマチェットの様にも見える。
たびたび銃撃戦に長けていると勘違いされるが、ヤオがもっとも得意とするのは近接格闘――特にナイフを用いた戦闘だ。
閉所、一人対複数、そしてサーチ&デストロイ。ヤオという殺戮機械の能力が最大限に発揮される状況である。
ヤオはスチールドアを勢いよく蹴り開けると、再び壁の影に身を隠した。
直後、けたたましい銃声と共に、無数の弾痕が階段室の壁に刻み込まれる。
「***!」
聞き慣れない言葉の後、中東系の男が階段内へ飛び込んできた。
ヤオは男の顎下から脳幹にかけてをナイフで刺し貫いて即死させ、階段室の外へと蹴り飛ばす。
二度目の銃声。そして怒声。
首を刺し貫かれた男は仲間が放った銃弾によって蜂の巣にされ、立ったままびくびくと体を震わせた。その足下を縫うように移動し、廊下にいた男の手首を銃ごと切り落とす。
「*****!」
悲鳴をあげる男をそのままに、隣にいた男の喉から顔面を縦に切り裂く。
に血しぶきをあげる体を奥の連中目がけて蹴りつけ、その影に潜んで懐へと入り込むと、ナイフを大きく薙いで後衛三人の首を一瞬で切り裂いた。
「***――ァ」
踵を返すがてら、手首を切り落とされて喚いていた男にとどめを刺し、地面を蹴って駆け出す。
廊下の先では、ちょうど開いたままだったスチールドアが乱暴に閉じられようとしていた。
壁を走って飛んでくる銃弾を避け、着地の勢いを乗せて先頭の男の首を斬り落とす。
しゃがんだまま後方二人の足を蹴り払い、その遠心力を利用して奥にいるもう二人の首を薙ぐと、最奥にいた男の眼窩にナイフを突き立てた。
「***、**……グァッ!」
袖口に仕込んでいたスローイングダガーを抜き、足を払った二人の脳天に打ち込む。二人は少し痙攣した後、目をぐるりと剥いたまま動かなくなった。
天井から血の滴がポタポタと落ちてくる。
返り血のせいで髪が顔に張り付き、ひどく不快だ。
ヤオは顔についた血を手でぐいっと拭った。それでもぬるぬるとした感覚が消えることはなかった。
ナイフに付着した血を振り落として廊下を進んでいく。靴の中にも血が入り込んでいるようで、踏みしめるたびにぐじゅと水音がした。
角を曲がったところにいた三人を斬り伏せ、バックルームへ通じる扉を開ける。
「*********!」
突然、雄叫びと共に横合いから襲いかかってきたのは、二メートルはあるだろう大男だ。
ヤオは男の手を素早く掴んで内側に半回転させ、遠心力で得物を手放させた。そこから流れるように胸へとナイフを突き立て、床へ引き倒す。
だが男はヤオの手を掴み、ナイフを押し返した。
華奢なアジア人男性と、二メートル超の大柄な中東系男性。どちらに分があるかなど考えなくてもわかる。
「****!?」
だが、ナイフの切っ先は再び男の胸元へと沈んでいった。
「****、*******!」
血管が浮き出るほどの力を込めても、男はヤオの手を押しとどめることが出来ない。最後には勢いよく心臓を刺し貫かれ、短く震えて絶命した。
(あっちも大体終わったか)
バックルームに侵入するなり聞こえていた銃声が途端に聞こえなくなる。ローラが北側に配置されていた護衛達を片付けたのだろう。
ナイフを腰裏のホルスターに収め、再び銃を抜く。
制御室へ向かうための角を曲がった刹那、何者かが反対側の角から姿を見せた。
一切の躊躇なく銃口を向ける。相手もまたこちらに銃口を向けている。
「……あら」
反対側の曲がり角から姿を見せたのは、ローラだった。
「銃声がしないから先を越されたかと思ってたけど、同時だったわね」
ローラが銃を下ろすのと同時に、ヤオも銃口をローラから外す。互いに銃を手にしたままなのは、制御室に敵が控えている可能性を考慮しているからだ。
ヤオとローラは揃って制御室の扉の前に立ち、無言で頷き合った。
ローラが扉を開けるのと同時に、ヤオが室内に向かって銃口を向ける。だが中には誰もいなかった。
「制御室に到着したわ。これからCBメモリをポートに差し込む」
一拍を置いて、シモンの声が通信機から聞こえてくる。
<了解です。プログラムが完走したら、こちらからお知らせします>
「よろしく」
ローラは制御盤に指先を這わせて目的のポートを見つけ出すと、容赦なくCBメモリを差し込んだ。小さなモニタにはインストール中であることを示す文字が表示された。
「そういえば、どっちが標的を始末しに行く?」
ヤオは顔についた血を拭いながら、興味がなさそうに返答する。
「どっちでもいいんだが……まあ、俺が行くか。お前はあのクソガキを探してくれ」
「了解。――それにしても見事に血塗れね、貴方」
「さっきから気持ち悪くて仕方がない。だからナイフは嫌なんだ」
「アタシは貴方のナイフ捌き嫌いじゃないわよ。敵がバッタバッタ死んでいくから見てて気持ちがいいの」
「それはどうも」
心底どうでもよさそうな返答だ。今のヤオにとっては、ローラとの雑談より返り血を拭うことの方がよほど重要だった。
やにわに、二人の視線が部屋の外へと向く。
遠くから足音がする。数は五か六。
「……おかわりみたいね。どうする?」
「俺が行く。連中を片付け次第、そのまま中央エリアへ向かう」
「分かった。標的を始末したら報告して」
「了解した」
端的な会話を済ませ、ヤオは銃を抜いて制御室の扉を蹴り開けた。
一人の男が曲がり角から姿を現す。
「*****!?」
銃を構えるより先に、男は脳天に銃弾を食らってその場に頽れた。




