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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
THE HELL
29/86

STAKE#3 /2

「クソッ……!」

 トランシーバーを地面に叩きつけようとして、すんでの所で踏みとどまる。難しいとは思うが、科学捜査に回せば何か情報が得られるかもしれない。

 エディはもう一度周囲を確認し、(きびす)を返して劇場へと戻っていった。

 酷い有様だ。

 辺りに煙が立ちこめ、炎がみるみる()い広がっていく。地下では断続的に爆発が起きているようで、轟音に合わせて床が揺れた。

「みんな外に避難しろ、急いで!」

 スタッフ達を屋外へと誘導しながら、ブルゾンの襟で口元を押さえて奥へと進んでいく。まだ取り残されているスタッフがいるのか、パットや特殊部隊の面々は屋内に留まっていた。

「パット、状況は!」

「一階の連中は大体避難させた。二階、三階もそんなに残ってないはずだ。ただ、地下がな……」

 パットの視線の先では、特殊部隊が地下への侵入を試みている。だが炎に邪魔をされて先へ進めずにいるようだ。エレベーターシャフトも爆発の度に炎が吹き上がり、とてもじゃないが下へと降りられそうにない。

「そういや、さっき誰と話してたんだ」

「素性は分からないが、クソ野郎ってことだけは確かだ。――アズラク41という地下クラブに、リタがいる、と」

 パットの顔に緊張が滲む。

「そいつは本当か」

「罠の可能性もある。でも、もし本当なら……」

「どういう状況かは分からねぇが、急いだ方がいいってのは確かだろうな。……マッケンジー、来てくれ」

 パットが大声で呼んだのは、今回エディの要請に応えてくれた特殊部隊(SEU)第七班のリーダーだ。元自由パシフィカ軍の中尉であり、戦争終結後にNPCIへと入局した軍人気質の男である。

「どうかしたか、ハリス」

「悪ィがここを任せてもいいか。容疑者の居場所が分かった」

「構わん。胃痛が絶えないお前達の上司には俺から報告をしておく。さっさと行け!」

 片手を挙げて礼を伝え、エディとパットは劇場を後にした。その様子を遠くから見ている者がいることに、ついぞ気づくことはなかった。



 避難したスタッフ達や特殊部隊の人員、野次馬達をかき分け、エドワード・オランジュとパトリック・ハリスが広場を駆け抜けていく。ウッターリド・エリアにあるアズラク41へ向かうのだろう。

 ビルの屋上から見る広場の様子は、まるで飴玉に集まる蟻の群れのようだった。

 劇場から逃げてくる人々を野次馬達が好奇の目で見ている。ハンドヘルドデバイスで撮影している者も少なくない。救急隊員が広場に駆け込んできてもなお、人々はその場を離れようとはしなかった。

 上流階級の街等と呼ばれるマクラン・ハリージュも、一皮剥けばこの有様だ。どれだけ金を得たところで、人間の本質などそう変わりはしない。

「……よろしいのですか」

 背後に立つ無骨な男にそう問われ、アーサー・ベイリアルはふっと笑った。

「NPCIをアズラク41へ向かわせたことか?」

「はい」

「彼らはB&Bが失敗したときの保険だ。まあ、B&Bの手にすら余る相手をNPCIがどうこうできるとは思わないが……駒が多いに越したことはない」

 後ろを振り向き、ベイリアルは手にしていたトランシーバーを部下に投げ渡した。

 天使。――彼の姿を見た者が必ず一度は頭に思い浮かべる言葉だ。

 金糸のような髪と、サファイアを思わせる海色の瞳、そして均整の取れた体。顔立ちはまるで彫刻のように整っており、男女問わず見る者を魅了する。

 だが、それは罠だ。

 アーサー・ベイリアルという男の本性は、天使の見た目で周囲に破滅を撒き散らす、最低最悪の悪魔である。その口から吐き出される甘言と、人当たりの良さに騙されたが最期、地獄の底へ引き摺り落とされる運命が待っている。

「それにしても、気分の悪い仕事だったな。欧州から魔女を仕入れ、あまつさえそれを売るなどと……」

 柵に背中と両肘を預け、ベイリアルは大きくため息をついた。

「魔女を取り扱うのは勿論だが、少女に性欲を向ける獣どもと関わるのも心底不快だった。ジェスル島にはあんな連中しかいないのか?」

「ジェスル貴族の大半は、ああいった連中です」

「まったく嫌になる。買われていった少女達には同情を禁じ得ない」

「…………」

 無骨な顔の男――ヘルマン・シャッヘは、同意も反論もせず、ただ黙って年下の上司を見つめていた。

 ベイリアルが少女達に同情の念を抱いているのは、おそらく事実だ。

 彼は少女が拷問死したという話を聞く度に心を痛めていたし、サーカスへ視察へ行く際は決まって愚痴を口にしていた。その言葉がどこまで本当かは分からないが、少なくともナギーブとの取引に乗り気でないのは確かだ。

 ゆえに、不気味だった。

 ベイリアルは、少女達が哀れだと嘆くその口でナギーブと交渉をし、少女達のために十字を切った手で爆弾のスイッチを押した。自らの手で少女達を爆殺したことには一切の罪悪感を抱いていないようだった。

 魔女なのだから焼き殺すのは当然だろう。――そう口にした時のベイリアルの顔がいつまでもシャッヘの脳裏に焼き付いて離れない。目を見開き、薄く笑みを湛えるその顔は、まさに悪魔そのものだった。

「どうした、シャッヘ。何か言いたげだな」

 海色の瞳に見据えられ、シャッヘは生唾を飲んだ。

「いえ……。証拠隠滅にしては、少々派手すぎるのではと思っただけです」

「サーカスなのだからフィナーレは華々しくあるべきだろう。団長の挨拶を添えられなかったのが心残りだが」

 団長とはカシム・ナギーブのことを指しているのだろう。悪魔に見捨てられ、今にも死神にキスをされそうになっている哀れな男だ。

「まあ、所詮はくだらない茶番劇だ。全部まとめてひっくり返してしまうくらいでちょうどいい。幸いにも、愛すべき死神達が後始末を済ませてくれるようだし」

「……もし、B&Bが暗殺に失敗した場合は、どうするおつもりですか」

「その時は……そうだな。たまには()()をするのも悪くない」

 発言とは裏腹に、ベイリアルはいかにも人好きのする笑顔を浮かべた。

「あまり堅く考えるな、シャッヘ。こんな仕事だ。楽しむくらいでなければやっていられないぞ」

「命令というのであれば、善処します」

「…………、ふふ、はははッ」

 少しの沈黙のあと、ベイリアルは愉快げに破顔した。

 ほとんどの人間が魅力的に感じるであろう笑顔だが、シャッヘにとっては恐怖と緊張をもたらすものでしかない。

「本当にお前は面白いな。……いい、私が悪かった。お前はそのままでいてくれ」

 一頻(ひとしき)り笑って、ベイリアルは柵から身を離す。

「さて……そろそろ次の仕事に取りかからなければな。あまり遊んでいては大首領(ファーザー)に叱られてしまう」

 燃えさかる劇場には一瞥(いちべつ)もくれず、ベイリアルは場を後にした。少し遅れてシャッヘも彼の後ろをついていく。

 マクラン・ハリージュの優美な町並みには、絶えずサイレンの音が鳴り響いていた。

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