STAKE#1
ヤオとローラがアジトへと戻ってくるなり、シモンは回転椅子を回して二人の方を向いた。
「戻ってきて早々で申し訳ないんですが、任務の話をさせてください。……正直、あまり時間がない」
神妙な面持ちだ。いつもの軽薄さは欠片も感じられない。
シモンがモニタへ向き直るのと同時に、ヤオとローラもいささか殺気だった様子でソファーへと腰掛ける。事態が差し迫っていることは二人も十分理解しているので、皮肉や文句を口にすることはなかった。
三十分ほど前、明ノ島の紅鶴花路でアンドレアとリタが拉致された。実行犯はクラウン・ファミリアだ。連中はNPCIの捜査官――エドワード・オランジュを見張り、魔女二人が彼に接触しようとするタイミングを狙っていたらしい。
リタとオランジュが一度接触していることはシモンも把握しており、動向も注視していた。それでも先を越されたということは、魔女捜しにおいてはファミリアの方が一枚上手だったということだろう。
ファミリアが向かった先は見当がついている。
――アズラク41。
図らずも、ナギーブ暗殺とアンドレアの救出、二つの依頼が同じ場所へ帰結する形となった。
「予定よりも少し早いですが、お二人にはこれからアズラク41に潜入し、カシム・ナギーブの暗殺およびアンドレアの救出……この両方を遂行していただきます」
シモンがキーボードを叩くやいなや、大型モニタに建物の3Dモデルが表示される。
「こちらは、僕の方で入手した建物の図面データと、トウコから上がってきた情報を合わせたものになります。調査が完全ではないので、このデータはあくまで暫定的なものです。それだけ承知しておいてください」
トウコとはシモンチームの諜報員でありサブリーダーだ。現地での情報収集と潜入工作が主な仕事なので、アジトにいることは少ない。
「出たとこ勝負なんていつもの事でしょ。そんなことより潜入経路を教えて」
「わかりました」
ローラからの催促を受け、シモンはPCのディスプレイをタッチペンで操作した。大型モニタに表示された3Dモデルが、内部構造を把握できる半透明モデルに切り替わる。
建物は地上三階建て、地下四階といった構造のようだ。
地上階は一階から三階までが吹き抜けのホールとなっており、そのホールを取り囲むように部屋がいくつか並んでいる。ナイトクラブか何かなのだろう。
一方、地下は大小様々な部屋と細い廊下、そして十台ほどのエレベーターが複雑に入り組み、まるで蟻の巣のような様相を呈していた。地下一階から各層への直通エレベーターを利用する仕組みのようだが、各フロアもいくつかのエリアに分けられており、かなり複雑な構造となっている。
地下四階にはひときわ広いエリアがあり、その中央に〝TARGET〟と表示された赤いアイコンがあった。
「アズラク41はナイトクラブ〝アルズムルド108〟の地下にあります。地下一階が受付になっていて、そこから各フロアへの直通エレベーターを使うシステムのようですね。ターゲットのカシム・ナギーブはおそらくここ……地下四階の中央A1エリアにいるものと思われます」
「エレベーターで直接地下四階……はちょっと大胆すぎるかしらね。非常階段は?」
「あります。南北に一カ所ずつ」
3Dモデル上の非常階段が赤色で表示される。片方は北東のB2エリア、もう片方は南のC1エリアに繋がっているようだ。
「セキュリティシステムは僕とトウコ、あとは情報部でどうにかしますので、監視カメラについては気にしなくて結構です。ただ、問題が一つ」
地下四階のうち、中央A1エリアに出入りできる扉と全てとエレベーターが赤く染まった。
「現在、地下四階のみ独立したセュリティシステムが動いているようでして、中央A1エリアへの侵入経路は全てロックされています。地下一階と地下四階を繋ぐエレベーターも同様です。なので、まず制御室を探し、地下四階のセキュリティを全てダウンさせる必要があります」
フロア西側にある小部屋が赤色で表示される。制御室だろう。
「地下四階のセキュリティについては、制御盤にCBメモリを仕込んで頂き、そこから直接マルウェアを流す形となります。ですので、復旧されると対処が難しい」
「じゃあ、片方が来客対応をした方がいいかしら」
「そうして頂けると助かります」
「ですって。どうする、ヤオ?」
ヤオは大型モニタに鋭い視線を向けたまま口を開いた。
「先に制御室へたどり着いた方がそのまま客の相手をする、でいいんじゃないのか。わざわざ二人揃って行動する必要もないだろ」
「確かに。じゃあアタシは北側の階段を使おうかしら。貴方は南でいい?」
「構わない」
「決まりね」
シモンがキーボードを叩くと、大型モニタの3Dモデルにヤオとローラ、それぞれの予想侵入経路が表示される。一拍遅れて、建物全体に赤いマークがいくつも現れた。警備の配置予測だろう。
「トウコの調べでは、警備の数は四十から五十。地下四階は特に警備が厳重であると予想されます。現在アズラク41は営業していませんので、地下にいるのは全員カシム・ナギーブの関係者と思っていただいて構いません」
「ファミリアの連中は」
ヤオの発言の直後、モニタに新しいウィンドウが表示され、監視カメラの映像らしきものが再生される。スーツの男達が車に乗り込んでいるところを撮影したもののようだ。場所はおそらくジェスル島だろう。
「つい先ほどトウコから上がってきた情報によれば、ファミリアはアズラク41、およびマクラン・ハリージュの劇場から撤退したようです」
ヤオとローラの視線が、にわかに鋭さを増した。
「……尻尾を巻いて逃げた、と?」
「あるいは、何らかの罠か……。正直、アンドレアさんを先に捕獲された件も含め、ファミリアの出方は全く予測できない。何か想像もつかないことをしかけてくる可能性はあります」
「地下クラブで遭遇した場合は、始末していいんだな?」
「構いません」
はっきりと口にし、シモンは回転椅子ごとヤオとローラを向いた。
「改めて確認です。今回の任務はカシム・ナギーブの殺害、およびアンドレアの救出。手段は問いません。両方とも確実に遂行していただきたい」
ヤオとローラの二人は返答をせず、真っ直ぐに上司を見ている。その目つきは完全に暗殺者のそれだ。
「警備の数も決して少ないとは言えません。比較的、難しいミッションになると思われます。……何か質問は」
部下二人が首を横に振ったのを確認し、シモンは小さくうなずいた。
「ありがとうございます。それでは、準備が完了次第、アズラク41へと向かってください。――ミッションを開始します」
「承知した」
「了解」
端的に返事の後、ヤオとローラは同時に立ち上がった。




