SCARFAITH#3 /2
「……チッ」
銃弾は少女の脳天ではなくコンクリートに穴を開けた。
アンドレアと少女の姿は、一瞬のうちに消えてなくなっていた。
「どう、なってるのよ」
車の側で倒れていたローラが地面に手をついて苦しげに上体を起こす。車体には大きな凹みが出来ており、ローラがどれほどの強さで車に叩きつけられたのかを如実に物語っている。
「大丈夫か」
「なんとかね」
ヤオが差し出した手をとり、ローラはふらつきながらも立ち上がった。
駐車場の端からは、シモンが足を引きずりながら歩いてくる。くしゃくしゃの髪は余計に荒れ果て、眼鏡のレンズにはひびが入っているようだ。
「いやぁ、魔法は反則でしょう」
ようやく戻ってきたかと思うと、シモンは特大のため息をついた。
「引き渡しの場所、色々考えて決めたんですけどね。さすがに魔法使いが瞬間移動使って襲撃してくるのは想定外だったなあ」
「やっぱあれ魔法なの? 間近で見たの初めてかも」
「タネや仕掛けがあるんなら教えて欲しいくらいですよぉ。……というかヤオさん、さっき、なんで涼しい顔して立っていられたんです?」
ヤオは小首を傾げる。
「むしろ、お前達はなんで突然吹っ飛んでいったんだ」
「いやいや、突風みたいの吹いたじゃないですか。衝撃波って言えばいいんですかね? 僕、いきなりトラックにはねられたのかと思いましたよ」
「何も感じなかったが」
シモンとローラは信じられないと言いたげに顔を見合わせた。
「どういうこと?」
「分かりません……。もしかして、魔法って効く人と効かない人がいるんですかね?」
「あるいはヤオの体幹が化け物じみてるか、ね」
「体幹云々で済ませられるレベルじゃなかったですよ!?」
シモンはまだしも、ローラが為す術もなく吹っ飛ばされている以上、先ほどの少女が魔法を使ったのは事実なのだろう。実際、少女が目を見開いたとき、周りの空気が歪むような嫌な感覚があった。
だが、それまでだ。突風が吹くこともなければ、衝撃波を食らうこともない。髪の毛一本さえ動くことはなかった。
(魔法が効かない……そんなことがあるのか?)
原理が分からないものについて、あれこれと考えても無意味なことはよく分かっている。それでも〝魔法が効かない〟というのは、自分がいつの間にか魔法使い側の話に巻き込まれているような気がして、気味が悪かった。
「あのガキが魔法を使いこなせてなかっただけだろ。……で、どうするんだ」
シモンは困り切った様子で腕を組み、渋面を浮かべる。
「地道に探すしかないでしょうね。こんなことなら発信器でも付けておけば良かったなあ」
「クソガキはさっきの魔女のことをリタと呼んでいた。おそらく知り合いだろう」
「じゃあ一緒にいる可能性が高そうですね。いやまあ、監視カメラで居場所を見つけても、瞬間移動されちゃったら手の打ちようがないんですけどぉ」
わざとらしいため息を漏らし、シモンはヤオを見た。捜索を手伝ってもらえることを期待しているのだろうが、ヤオもローラも一切視線を合わせようとしない。
「そもそも、あの子の保護って正式な依頼なの? テイラー邸からは救出したんだし、もう放っておけばいいじゃない」
「れっきとした依頼ですよ。僕が担当してるお仕事です。あのお嬢さんを保護し、安全な場所まで連れて行く。……今の状況で任務完了ですと報告をする勇気は、僕にはないですね」
「だったら、責任を持って探さなきゃね。貴方が」
「ええ、ええ、僕が責任を持って探しますよ。僕の仕事なんで! ああもう転職しようかなぁ!」
両手で頭をガリガリと掻いているシモンに対し、ヤオは一回り低い声で問うた。
「保護するのは構わないが……その後、どうするつもりだ。俺もローラも顔を見られてる。B&Bのルールに則るなら、あのクソガキは始末されなければならないが」
「ヤオさんのおっしゃるとおり、無事に任務が終わったあと、再びアンドレアさんの暗殺命令が下る可能性もあります。その辺は僕にはなんとも。上の判断次第ですね」
「面倒だな。やっぱり屋敷で殺しておくべきだったんじゃないのか」
「そういう説もありますが……それをやっちゃうと僕のお仕事がアレなことになっちゃうのでぇ」
ヤオは呆れの含んだため息を漏らしたきり、それ以上何も言わなかった。
「とりあえずお二人はアジトに帰投後、待機していてください。王子サマの件については調査が終わり次第、こちらから指示を出します」
ローラはぐっと背伸びをし、そのまま大口を開けてあくびをした。
「はあ、今すぐシャワー浴びたい。シャワー室先に使っていいわよね?」
「その前にまず飯だろ。あと十分もしないうちに餓死しそうだ」
「そういえばゲームの勝敗がまだ決まってなかったけど……ま、いいか。ヤルテのツァディ・ストリートに良い店があるのよ。そこに行きましょ」
「前みたいに菜食主義の店じゃないだろうな」
「あの件は悪かったわよ。今度は違うから安心して。朝っぱらから靴べらみたいなベーコンが出てくるから。コーヒーは不味いけど」
「量が多いんだったらなんでもいい」
ヤオとローラは疲れた様子でBMWに乗り込んだ。その様子をシモンが羨ましそうに見ている。
「いいなあ、僕も何か食べたいなあ。気の利く部下が何か買ってきてくれないかな」
「お前はさっさとアジトに戻ってガキの捜索をしろ」
吐き捨てるように言うと、ヤオは助手席の扉を閉めた。
「はーい、おっしゃるとおり! いやあお仕事楽しいな幸せだな、助けて公正労働管理局!」
BMWが駐車場から出て行くのを見届けて、シモンも自分の車に乗り込んだ。静まりかえった駐車場には、中間管理職の嘆きを聞いてくれる者は誰もいなかった。




