SCARFAITH#2 /2
やにわに、懐のハンドヘルドデバイスが短く震えた。メッセージを受信した合図だ。
確認せずとも、どういう内容かはおおよそ見当がつく。
エディは口元に手を当てたまま、じっと拘束具の金具を見つめた。
通達が来た以上、この現場は今から特殊捜査課の管轄だ。本来ならば、髪の毛一本持ち出すことは許されない。――のだが。
エディは金具に絡みついている髪の毛を一本抜き取ってポケットにしまい、そのまま何食わぬ顔で地下室を後にした。
黒服の死体が転がる廊下を抜け、屋敷の外へと出る。
ジェスル支部捜査員達の視線を受けながら門の方へ歩いていると、ハンドヘルドデバイスから着信音が鳴った。これはメッセージの着信ではなく通話だ。
電話をかけてきているのはフレッド・マスダだった。
「――どうしたんだ、フレッド。こんな時間に」
捜査員達の間を足早に通り抜け、愛車の元へ急ぐ。フレッドとの通話は、出来れば人には聞かれたくない。
<こんばんは、エドワード君。今日も悪さをしてるみたいだねえ、うん>
「なあ、いつも思うんだが……フレッドは俺のことを監視してるのか?」
<えっ、してないよ? B&Bじゃあるまいし>
「それにしては、毎度毎度電話をかけてくるタイミングが完璧すぎやしないか。どこかから見られているみたいだ」
<それは考えすぎだねえ。電話をかけたのは、凶悪犯罪捜査課の人間がルールータウンの現場に一人で突っ込んできて迷惑だーってクレームを見かけちゃったからだよ。またボスの胃薬が増えるねえ>
どうやら、この短時間で何者かが凶悪犯罪捜査課にクレームを入れたようである。
捜査はちんたらやるくせに、そういうところだけは一丁前に早いんだな――と口にしたかったが、まだ車にたどり着いていないため、無理矢理呑み込んだ。
<ボスの胃もそうだけど、君も健康面に気を遣った方がいいよ。こんな時間に現場まで足を伸ばすなんて、ちょっとワーカーホリックが過ぎるんじゃない?>
「この時間に支部からのクレームを見てる人間に言われたくないけどな。カンパニースレイブにはならない主義なんじゃないのか?」
<僕は寝る前に諸々のメッセージを再確認する主義なんだよ。……それで、現場から何か見つかったかい?>
ようやく車にたどり着き、運転席に身を沈める。
マクセルのコンビニで買ったコーヒーはすっかり冷めていた。
「拷問をされて死んでいた少女が二人か三人。B&Bではなく、テイラーの仕業だろうな」
<ロジャー・テイラー氏かあ。ヘクセンヤクトアートの愛好家だし、色々黒い噂を聞く人だったし、魔女狩りを趣味にしていても不思議ではないね>
通話口からカタカタと音がする。フレッドがキーボードを叩いているのだろう。
<それにしても、二、三人って曖昧だね。ご遺体がぐちゃぐちゃになってたとか?>
「三人目がいた痕跡はあったが、死体はなかった。死んでるかもしれないし、生きてるかもしれない」
<なるほどねえ。その痕跡って?>
「拷問器具に髪の毛がついてた」
<採取は?>
「したよ」
<悪い男だねえ、エドワードくん。特殊捜査課持ちになった現場から証拠をかっぱらってくるなんて>
フレッドはカラカラと笑っているが、もし相手がパットだったらこうはいかなかっただろう。
<僕も悪い男だから、君が望むなら、ちょっとしたツテを使ってDNA鑑定をしてあげちゃってもいいよ。どうする?>
「そのために危険を冒してかっぱらってきたんだよ」
<オッケー。じゃあDNA鑑定にまわそう。でも髪の毛一本だと大した情報は得られないかも。大丈夫かい?>
「ダメで元々だ」
<うんうん、確かに>
大まかな年齢と、髪の毛、肌の色、目の色が分かれば御の字である。もし三人目の被害者がまだ生きているのなら、捜索するときに役に立つ。
ふと、リタの言葉が脳裡を過ぎる。
――アンディが危ない。助けないと。
地下で死んでいた二人のうち、どちらかがアンディだったのだろうか。それとも、あの場にいなかった三人目がそうなのか。まだ売られておらず、どこかに捕らえられているという可能性もある。
だとしても、その居場所を特定するだけの力や権限を今のエディは持ち合わせていない。組織的な人身売買は本部の組織犯罪対策課の担当だ。
<ああ、そういえば、組織犯罪対策課のお友達からこっそり聞いたけど、〝サーカス〟の件……捜査が難航してるみたい>
エディはハンドルを叩いていた人差し指を止めた。
「それは捜査能力的な理由か? それとも政治的な理由?」
<多分後者だね。ファミリアが裏で糸を引いてるのは間違いないけど、その取引相手が政治的に色々とアレな人みたい。国家の犬っていうのはホント首輪がキツくて嫌になるねぇ>
「俺たちだってそうだろ」
<僕らはほら、犬の中でも狂犬の方だから……>
フレッドは咳払いをし、二の句を継ぐ。
<ただね、ちょっと良い話もある。ファミリアが少女達を監禁、あるいは売りさばいている会場は、すでにいくつか目星がついているみたい。ロジャー・テイラー氏もサーカスとやらで魔女を買っていたのなら、その辺の情報からさらに候補が絞れるはずだよ>
「会場が分かったところで、組織犯罪対策課は介入しないんだろ?」
<組対は介入しないかもだけど、ジャケットを取り返しに行く分には問題ないんじゃない?>
フレッドの発言の意味が分からず、エディは目を瞬いた。
「……ジャケット?」
<うん>
「誰の」
<君の>
「なんで?」
<だって、取られちゃったじゃない>
「…………」
会話を何度反芻しても、フレッドの言わんとしていることが理解出来ない。この男には、時折こうしたエキセントリックな発言をして、人を困惑させる悪癖がある。
「悪い。全然分からないんだが」
<君の制服はリタって女の子に奪われちゃったでしょ? リタちゃんは魔女で、人身売買の被害者。アンディってお友達を探してる。だったら、女の子達が監禁されてる場所に現れる可能性はゼロじゃないんじゃない?>
「そうか? いや、まあ……そう、なのか?」
<理屈としてそうであればいいんだよ。つまり君は自分のジャケットを取り返すため、そしてバーンズ殺害の容疑者を追うために、サーカス会場へ聞き込みをしにいく権利があるってワケ>
「ああ、なるほど」
めちゃくちゃな理論だが、筋は通っている――気がする。
<一日、二日もすれば会場の場所はある程度絞れてると思う。組対は動かないだろうけど、警備課なら手を貸してくれるんじゃないかな。あそこは軍隊上がりの人が多いし>
「組対の代わりに、俺が人身売買の根城に突撃するって? ボスが聞いたらどんな顔するだろうな」
<苦虫を噛みつぶした顔をするだろうね>
「ボスにプレゼントする胃薬を事前に用意しとくよ」
通話口からフレッドの少年じみた笑い声が聞こえてくる。どんなことに対してもケラケラと笑ってみせるのがフレッド・マスダという男だ。
<ま、とりあえず今日はもう帰って休みなよ。詳しいことは明日オフィスで話そう。僕ももう眠いし>
「分かったよ。連絡してくれてありがとう。おやすみ、フレッド」
<はあい、おやすみ。帰りの運転気をつけてねぇ>
あくびと共に、通話は切られた。
エディはハンドヘルドデバイスを助手席に置き、車にエンジンをかける。カーラジオからは、十年前くらいに流行ったポップミュージックが流れていた。
(……サーカス潰し、か)
罪なき少女を売りさばくサーカスなど一刻も早く潰すに限る。ファミリアの摘発は難しいにせよ、今なお捕らえられている少女達は助けられるはずだ。
だが、その少女達の中にリタはいない。地下で死んでいたあの二人も。
リタはすでに傷つけられ、そして人を殺した。エディの本来の仕事は、殺人事件の容疑者であるリタを逮捕することだ。
少女達とアンディを救い出したら、リタは自分の罪と向き合ってくれるだろうか。
欧州から連れてこられて、身も心も傷つけられ、友人とも引き離され、見知らぬ土地で裁判にかけられ、そして――。
「…………」
ハンドルを握る手に力が籠もる。
ジェスル貴族を殺した魔女にどういった判決が下るのかなど、考えずとも分かる。少なくとも情状酌量は与えられない。死刑か、あるいは数十年間をパシフィカの刑務所で過ごすことになるだろう。
――それでも。
――それが法であるのなら。
「……俺だって大概、国家の犬だよ。フレッド」
誰に言うわけでもなく独りごちる。
珍しく気弱な呟きを笑い飛ばしてくれる者は、車内にはいなかった。




