SCARFAITH#2 /1
午前一時。ジェスル島ルールータウン。
エドワード・オランジュは愛車のシトロエンC8を道路脇に停め、ロジャー・テイラー邸へと歩を進めた。
屋敷に通じる道路は交通規制がされており、二人の制服警官がテープの前に立っている。
奥に停まっているパトカーは六台ほど。パトランプによって赤く染め上げられた夜空は、遠目には火事が起きているようにも見えた。
(まあ、ある意味火事みたいなもんか)
ブルゾンの襟を寄せ、エディは躊躇なく規制テープへと近づいていく。
制服のジャケットは明ノ島で接触した少女――リタに持って行かれてしまったので、仕方なく私服のブルゾンを着ているが、どうも落ち着かない。背中に〝NPCI〟の四文字がないだけで丸裸にされてしまったような気になる。
「止まってください」
制服警官に制止され、エディは大人しく足を止めた。
「ここは現在立ち入り禁止です。この先へ行きたい場合は、あちらの道から迂回を――」
「凶悪犯罪捜査課のオランジュだ」
懐から身分証を取り出す。
制服警官は驚いたように目を瞬き、慌てて敬礼をした。
「失礼いたしました。……ですが、凶悪犯罪捜査課の捜査官が何故この現場に?」
当然の疑問である。
凶悪犯罪捜査課はNPCI本部直下の組織であり、島を跨いでの捜査を許可された、いわばパシフィカのFBIだ。裏を返せば、事件への介入要請が降りない限り凶悪犯罪捜査課が捜査に加わることはない。
現状、テイラー邸の事件に介入要請は出ていないため、エディはこの現場において捜査に関与する権限を持ち合わせていなかった。
「バーンズ殺しの件で確認したいことがある。通してもらえないか」
「バーンズ殺し……ああ、魔女の。ご苦労様です」
警察警官は一瞬、同情的な表情を浮かべたが、それはすぐさま鬱陶しげな渋面に塗り変わった。
「オランジュ捜査官の立場は十分理解しておりますが、この現場は、その……」
「分かってるよ。連中に権限が移ったら大人しく引き上げる。心配しなくていい」
「…………」
明らかに納得がいっていない沈黙だ。「面倒事はご免だ」と顔に書いてある。
「あまり現場を荒らされると、我々の立場が」
「それも分かってる。少し見るだけだ」
「……今、上官に確認を」
「悪いけど、時間稼ぎにつき合うつもりはない。こうしてる間にも、通達が来るかもしれないからな」
エディの苛立ちを悟ったのか、制服警官は大きくため息をついてテープを持ち上げた。
「……お通りください」
「ありがとう」
テープをくぐり、テイラー邸へと向かっていく。
道中、ジェスル支部の捜査員達から忌々しげな視線を向けられたが、気にも留めなかった。支部から疎まれるのは本部の人間の宿命だ。
(相変わらず酷いな……)
テイラー邸のロータリーと駐車場、屋敷の玄関前には黒服達の死体が転がっていた。ざっと数えただけでも十体以上。ほとんどが頭を撃ち抜かれており、アスファルトに血と脳漿が染みこんでいる。
エディは死体と血溜まりを踏まないよう気をつけながら、屋敷の中へと入った。鑑識達に軽く挨拶をし、血痕が続く廊下の奥へと進んでいく。
鑑識達は一応写真を撮ったり、指紋を採取したりしているが、あまり本腰を入れている風ではなかった。
エディのクラウドに事件発生の通知が届いたのは、今から約一時間前。
被害者数三十人以上。生存者ゼロ。容疑者の手がかりなし。――簡潔に記された事件概要を見て、エディはテイラー邸の事件がB&Bの仕業だと確信した。
B&Bが関与した事件は本部の特殊捜査課が担当する決まりとなっている。
捜査権が移管されたら最後、他部署が事件に関与することは一切許されない。この規則に例外はなく、違反した者は重い処分が科せられる。
先ほどの制服警官やジェスル支部の捜査員達が忌々しげな目でエディを見ていたのも、この現場が特殊捜査課持ちになることを分かっていたからだ。下手に現場を荒らされれば、エディを通したジェスル支部にも責任が生じかねない。
エディも、テイラー邸での事件が特殊捜査課持ちになることは分かっていた。むしろ、分かっていたからこそ、夜中の零時過ぎにマクセルからジェスルまで車を飛ばしたのだ。現場を確認するのならば、権限が移管する前に済ませなければならない。
事件発生通知に記載されていた「拷問死したとみられる身元不明の白人の少女二名」という一文――エディはそれが気になって仕方がなかった。
ほとんど勘だ。根拠は無いに等しい。
それでも妙な確信がある。
被害者の少女二人は、もしかすると〝魔女〟なのでは――。
「これは……」
血痕を辿った先に見えてきたのは地下へと続く階段だった。点々と続く血の跡はそのまま階下へと伸びている。
地下は闇に満たされており、物音は一切聞こえてこない。鑑識は全員引き上げたようだ。
(行くしかないか……)
エディは簡易ライトで辺りを照らしながら、慎重に階段を降りていった。
ワインセラーの横を通り過ぎ、石造りの狭い通路を抜ける。突き当たりにあったのは、中世からそのまま持って来たかのような物々しい鉄扉だ。
扉を押し開け、警戒しながら中に入る。
入ってすぐのところには黒服の死体が三つ転がっていた。
壁には鋏や鞭のようなものがかかっており、拷問器具もいくつか見受けられる。床は血で汚れ、部屋の中心には――。
「……ッ!」
エディはたまらず顔を背けた。
部屋の真ん中には、棘付き椅子に座らされた男の死体があった。少し離れたところには頭を粉砕された少女の死体と、体を引き延ばされた少女の死体。どれも直視できるようなものではない。
(酷すぎる……なんで、こんなことを)
ライトを持たない手で口元を押さえ、死体へと近づいていく。
よく見てみると、男の体は背面が焼け焦げていた。直接の死因は額に打ち込まれた銃弾だろうが、苦悶の表情からして、殺される前に拷問を受けたのは間違いなさそうだ。
(多分、この男がロジャー・テイラーだな。こいつはB&Bがやったとして……)
エディはもう一度少女たちの死体へと視線を向けた。見るに堪えないが、目を背けるわけにはいかなかった。
二人とも、拷問器具を使われた上で絶命している。テイラーと違ってとどめは刺されていない。
つまり、死ぬその瞬間まで苦しみ続けたということだ。
「…………」
気づけば、エディは唇を強く噛んでいた。
少女二人はB&Bの仕業ではない。連中も標的を拷問にかけるが、それはあくまで情報を得るための手段であって目的ではないからだ。現にテイラーは銃弾でもってとどめを刺されている。
おそらく、少女らはこの家の主――ロジャー・テイラーに殺されたのだろう。
地下にこんな部屋がある時点で、テイラーがサディストであることは疑いようがない。わざわざ中世ヨーロッパ風の内装にしている理由も容易に察しがつく。
――魔女狩り。
心底虫唾が走る話だが、パシフィカの金持ちの中には、その最低最悪な迫害行為を趣味として愉しんでいる者が少なからずいる。
(これは……)
ふと、椅子についている拘束具に目がとまった。
金具の隙間に黒い髪の毛が絡みついている。
テイラーは茶髪なので、この髪の主ではない。拷問死した二人の少女も、片方が赤毛、片方が金髪なので違う。
となると――。
(……まさか、もう一人被害者がいるのか?)
途端に、嫌な冷たさが背筋を這い上がった。
テイラーの前に拷問椅子に座らされた人物がいるとして、その人物は何故この場にいないのだろう。死体を持ち去られたのか、あるいはまだ生きているのか。
B&Bが目撃者を生かしておくとは考えにくいが――。




