SCARFAITH#1 /2
「…………」
穴だらけの手で、ぎゅっとワンピースを掴む。
この男が善人でないことは分かっている。慰めの言葉など微塵も期待できない。むしろ泣き言を言った瞬間に罵倒が飛んでくるだろう。
それでも、アンドレアは胸の内を吐露せずにはいられなかった。
「私の父と母は、魔女狩りで殺されました。村の人達が突然おかしくなって、父と母を殴って殺した。魔法使いは害獣だって、生きてる価値なんてないって、そう言いながら」
返事はないが、男はデバイスを見ている。話をする気はあるようだ。
「教えてください。この世界では、魔法使いは生きていることが許されないんですか。そもそも魔法使いとはなんなんですか。どうして、迫害されているんですか。私達が何をしたっていうんですか!」
画面に長い英文が表示される。
男は軽くため息をつき、返答を口にした。
<私は欧州の出身ではないので、魔法使いのことは詳しくありません。先ほども言った通り、実物を目にしたのは貴方が初めてです。パシフィカにも魔法使いはいますが、みな姿を隠しているので関わることはほとんどありません>
背もたれに体を預け、男は続きを口にした。
<確かに、欧州では魔法使いは悪いものとして扱われているようです。欧州で今一番人気のスポーツは魔女狩りだと言われているほどです。先ほど欧州の人間と話す機会がありましたが、そのジョークはあながち間違っていないようでした>
「どうして……」
<知りません。詳しいことは自分で調べてください。私は興味がない>
アンドレアは今まで、何も知らずに生きてきた。
だが、孤児院の外に出て、ようやく理解した。
父と母を殺した村の人達は、決して狂ったわけではなかった。父と母は本当に魔法使いであり、そのせいで迫害されて殺された。
シスターが「魔女」という言葉を極端に嫌っていたのも、孤児院から出ることが許されなかったのも、子供達が全員魔法使いの末裔だったからだ。黒い森の囲まれたあの建物は、哀れな魔女達を残酷な世界から守ってくれていた。
拷問部屋での、あの感覚を思い返す。
一瞬、何でも出来るような気がした。自分という存在が、まわりより一段上のものになったような気さえした。
もし、あの力を完全に使いこなせたら。
それはきっと、想像よりもずっと恐ろしいことなのだろう。
「……私は、魔法使いとして覚醒してしまいました。まだ魔法の使い方は全然分からないけど、私は確かに魔女になりました」
胸の内がぎゅうと苦しくなる。血塗れになって死んでいった父と母、頭を撃たれて死んだシスター、モニカの顔が順番に頭に浮かぶ。
「私は、生きていてはいけない存在なんですか」
振り絞るような一声だった。
男は軽くため息をつき、ぽつりと返答する。
<そういうことになります>
慰めははなから期待していなかった。けれど、はっきり言い切られるとさすがに堪える。
<――貴方が、欧州の物差しを絶対として考えるのなら>
遅れて表示された文章に、アンドレアは目を瞬いた。
<貴方は、他人に死ねと言われれば死にますか? もしそうなら、今、私が貴方に命じるので、死んでください。銃なら貸します>
「そ、れは……」
――嫌だ。こんなところで死ねない。
<死にたくないのなら、他人の基準など気にしない方がいいです。この世界には、貴方に死んで欲しいと思っている人間なんて沢山います>
「……今、目の前に一人います」
<その通りです。思ったよりも賢いですね>
この男と翻訳機なしでコミュニケーションがとれたら、どれだけの嫌味を言われるのだろう。翻訳越しでもこれなのだから、翻訳がなければ相当酷いに違いない。
ただ、何となく――この男の言葉には、激励が混じっているような気がした。
<生き残りたいのなら、手段を選ばないでください。地獄から這い出すことは簡単ではありません>
「……ここは、地獄なんですか」
<全身を穴だらけにされ、体を焼かれるなんて、いかにも地獄という感じがします>
確かにそうだ。これ以上の苦痛はそうないだろう。
<私もかつては地獄にいたので、貴方の気持ちは多少分かります>
「え……?」
意外な一文に驚き、アンドレアは男の顔へと視線をやった。だがその視線は、窓の外にいる何者かへと吸い込まれていった。
扉を開けたのは褐色肌の女性だ。ウェーブのかかった黒髪を緩くまとめ、レザージャケットをまとい、ギターケースを背負っている。指先と唇は水色に彩られており、女性の美しさより一層を際立たせていた。
<遅くなりました。これを食べてください>
女性は扉を開けると、白いビニール袋を男に渡した。中には色々と食べ物が入っているようだ。
<それが例の子ですか? ボロボロに見えます。怪我は大丈夫ですか>
<話をするだけの元気はあります>
<一応、応急処置をします。翻訳アプリはこちらで使うので、貴方は食事をしていてください>
<言われなくてもそうします>
男はデバイスをベストの胸ポケットにしまい、袋の中からシリアルバーのようなものを取り出して食べ始めた。作り物のような顔をしておきながら、大口を開けて食事をする姿がなんだか不思議で、アンドレアは男の顔をまじまじと見た。
そうしている間に女性がアンドレア側の扉を開け、デバイスを座席のヘッドレストあたりにセットする。ぶら下げている袋の中には消毒液やガーゼ、包帯が見えていた。
<驚かせてごめんなさい。私はローラ。そちらはヤオ。貴方は?>
「アンドレア、です……」
<よろしく、アンドレア。ちょっと怪我の様子を見せてください。悪いことはしません>
出力される訳文の雰囲気に変わりはないのに、何故か女性の方が優しげな文章に見える。実際、女性の口調は穏やかで、その表情にもアンドレアへの心配が滲んでいた。
(この人達が何者なのか未だに分からない、けど……)
「お願いします」
アンドレアはぎこちなくうなずいた。
女性は微笑み、アンドレアがいつの間にか着ていたジャケットを脱がす。ワンピースの背中側はすっかり焼け焦げているようで、ひんやりとした外気が背中と首の火傷にしみた。
<ああ、ひどいですね。可哀想に。ヤオ、女の子のお着替えなので、あちらを向いていてください>
言われる前から、男はアンドレアとは反対側の窓を見ていた。シリアルバーを食べる音だけが聞こえてくる。
<無愛想な男なんです。ごめんなさい。そういえば、お腹は空いていませんか>
「えっと……ちょっと、だけ」
<ヤオ、アンドレアにも何か食べさせてあげてください>
少しだけ間を置いて、男は向こう側を向いたままシリアルバーを一本放り投げてきた。
<投げなくてもいいでしょう。まったく>
女性はシリアルバーを手に取り、袋を開けようとする。
「自分で、できます」
アンドレアの言葉を見て、女性は「そう言うなら」と言いたげにシリアルバーを渡してきた。
シリアルバーを受け取り、上手く動かない手でどうにか袋を開ける。力を込める度に手のひらの火傷が痛んだが、泣き言は言っていられない。
バーに齧り付く。何度も、何度も。口の中がいっぱいになってもなお。
腹が減っていたわけではない。それでも食べなければならない。
――生き延びる。なんとしてでも。
この地獄から這い上がるためには、手段を選んではいられないのだ。
<私、この子のことが結構気に入りました>
女性の発言に、男はフンと興味がなさそうに鼻を鳴らした。
気づけば、アンドレアの膝には二本目のシリアルバーが放り投げられていた。




