THREE-RING CIRCUS#5 /2
(さて……)
中庭が見える片面ガラス張りの廊下を進み、二階へと向かう。コレクションルームへ連れて行かれたとき、テイラーは確か二階に書斎があると言っていた。
角部屋の扉を開け、中を確認する。
さほど広くはないが、デスクと革張りのソファーが置いてあり、壁の一面は本棚になっている。――当たりだ。
デスクの上にはモニタと葉巻入れ、万年筆が置いてあった。
PCはデスクと一体型になっているようで、天板の隅にポートが埋め込まれている。ハッキング用のデバイスを仕込めば、すぐさまシモンがPC情報を解析してくれるだろう。バックドアを作成するのに一分もかからないはずだ。
(まあ、無駄骨だろうが……)
やりとりのほとんどがWEB上で完結する現代においても、紙媒体というものは根強い人気を持つ。特に裏社会の人間にとって紙はまだまだ現役で、闇取引などでは大抵、紙の契約書が用いられていた。理由は簡単だ、ハッキングされないからである。
闇オークションの売買契約書程度であれば電子で済ませることも少なくないが、運営者が他国の第二王子となると話は違ってくる。おそらく、関係書類は全て紙で保存しているだろう。
ひとまず、ヤオはハッキングをしかけるべく、内ポケットに入れていた小型デバイスを取り出した。だが、それをコネクタに挿すことはなかった。
「…………」
切れ長の目が開け放たれた扉を捉える。
ヤオはデバイスをポケットに戻すと、指先を天板に滑らせ、音もなく万年筆を手に取った。
足音が五つ――いや、六つ。
現れたのは銃を構える黒服達と、勝ち誇ったような笑みを浮かべるテイラーだった。
「やはりな。ファミリアの言った通りだった」
黒服達がじわじわと部屋の中に入ってくる。
ヤオは手の後ろに万年筆を隠し持ったまま、ゆっくりと振り向いて両手を挙げた。
「怪しいと思ったのだよ。お前のようなアジア人の若造が、ヘクセンアクト・アートの芸術性を解するなどあり得ない」
「何か勘違いをしていらっしゃるようです、ミスター・テイラー。僕はただ迷っただけで」
「なるほど。迷ったついでに家捜しか。中国ネズミのやりそうなことだ。――殺せッ!」
テイラーの怒号と共に銃弾が放たれる。
ヤオは身を翻してデスクの影に隠れ、腰の裏からワルサーを抜いた。
「なっ……!?」
一拍遅れて、黒服の一人が仰向けに倒れる。その目に突き刺さっているのは万年筆だ。
「撃てッ、殺せ!」
黒服達がデスクに駆け寄ってくる。
ヤオはデスクを足で蹴り上げ、黒服連中目がけて吹っ飛ばした。
「うおっ」
「ぐあっ!」
たじろいだ黒服二人の頭を正確に撃ち抜く。
再度、身を低くしてデスクの影に隠れ、今度は横から飛び出して男の膝を撃った。
銃弾を前転で避け、別の男の脚を引っかけて床に引き倒す。男の首を脚で固めたまま最後の一人を撃ち抜くと、そのまま押さえている男の頭、膝をついている男の頭を流れるように撃ち抜いた。
「な、なに……」
目を疑うような光景に、テイラーが一歩、二歩と後ずさる。
ヤオは膝を狙って引き金を引いたが、テイラーはその体躯に見合わない俊敏な動きで足を上げ、銃弾を避けた。脇腹を狙った二発目も当たらず、テイラーはひぃひぃと情けない声を出しながら廊下を逃げていった。
銃を構えたまま部屋から出るも、すぐさま身を引っ込める。
刹那、開け放たれていた扉には数多の銃弾が撃ち込まれ、あっという間に蜂の巣になった。
(六……いや、七か)
壁の影に身を隠し、足音が近づいてくるのを待つ。
一番最初に踏み込んできた男の膝を撃ち、続いて頭を撃つと、その男の体を肉盾にして踏み込んできた二人組の銃撃から身を守った。
「ぐあっ」
「ぎあっ」
死体の背を蹴って黒服連中にぶつけ、その隙に二人目、三人目の胸と頭をそれぞれ撃ち抜く。
「行けッ、行け!」
廊下から声が聞こえてくる。
ヤオは部屋の外へと出ると、銃を構えたまま黒服連中に向かって走った。
身を低くして四人目の脚の間を滑り抜け、五人目の膝、七人目の頭を撃つ。
体勢を整えるのと同時に六人目の脚を蹴って床に引き倒し、脚で押さえると、そのまま向かってきた四人目の胸を撃った。
「――ぉ、あ」
もがいている六人目の頭を至近距離で撃ち、膝を押さえている五人目にもとどめをさす。
数分もしないうちに、廊下にはヤオ以外動いているものはなくなった。
手にしているワルサーのマガジンを落としてリロードし、弾倉にきちんと銃弾があることを確認する。死体から予備の銃――H&Kの9mmを奪い取ってベルトに挟み込み、ワルサーを構えて一階へと降りていった。
屋敷の外からは黒服達の慌てふためく声が聞こえる。どうやら狙撃をされているようで、警備達はどこから飛んできているかもわからない凶弾に次々と倒れていた。
(あの豚、どこ行った……)
ガラス張りの廊下を抜け、コレクションルームの中へと足を踏み入れる。
さすがに、狙撃されると分かっていて外に出るほど馬鹿ではないはずだ。テイラーはまだ屋敷のどこかにいる。
ふと、近くで呼吸音がした。
一際大きな彫刻像の裏に、何者かが潜んでいる。
ヤオはゆっくりと彫刻像へ近づいた。
「――死ねッ」
飛び出してきた銃身を左手で押さえ、弾道を逸らす。そのまま膝を撃ち抜こうとしたが、部屋に駆け込んできた黒服二人の銃撃を受け、咄嗟に彫刻像の裏に身を隠した。
「ひっ、ひい」
肥えた体が黒服を押しのけて部屋から出て行く。彫刻の後ろに隠れていたのはテイラーだったらしい。
ヤオは黒服二人の胸と頭を撃つと、銃を構えたままテイラーを追った。
「く、来るなッ……来るな!」
全力で走る巨体に銃弾を見舞い、追い込んでいく。
テイラーが最終的に逃げ込んだのは、地下――例の拷問部屋だった。
鍵を閉めようとするテイラーごと扉を蹴破り、倒れた隙に膝へと銃弾を撃ち込む。テイラーは潰された豚のような悲鳴をあげ、血塗れの床でのたうち回った。
「や、やめろ」
這いつくばって逃げていくテイラーを足で転がし、その分厚い胸板を踏みつける。逃れようと身をよじるテイラーだったが、銃口を向けると両手をあげて大人しくなった。
「オークションの運営者について何か知っていることは」
「オ、オークション? 知らねぇ。俺はただ参加してただけ――ぎゃっ!」
容赦なくテイラーの右耳を撃ち抜く。
そのまま銃口を左の耳へと向けた。
「知らねえ、ほんとだ。俺ぁただの客……ぎゃああッ!」
両耳を失い、テイラーは涙目になりながら浅く呼吸をしている。だが、その目はまだ理性を残しているように見えた。
自分は死なない。上手くやればこの場を切り抜けられる――そういう目だ。
この手の輩は大抵、まだ何かを隠している。
「お、おい、何する気だ」
ヤオはテイラーの胸ぐらを掴んで軽々持ち上げると、審問椅子の方へと引っ張っていった。椅子に座ったままピクリとも動かない少女を放り投げ、代わりにテイラーを座らせる。肥え太った体に、鋭い棘はよく刺さるようだった。
「いで、いでえ! やめてくれ、たのむ――ぎゃああッ」
胸元を踏みつけ、椅子の背もたれに押しつける。ブチブチと棘が皮膚を突き破る音がした。
「オークションの運営者は」
「知らねえ、知らねえって!」
踏みつける足に力を込める。
「わ、わかった、わかった! カシム・ナギーブとかいう男だ。それしか知らねえ、本当だ」
「居場所は」
「だから知らねえって言ってんだろ!」
「そうか」
ヤオは椅子の後ろに回り、スイッチを入れた。パネルには簡易的な椅子の図形と温度が表示され、その数字はみるみる上昇していった。
「ぎ、ぎぁ、あづ、あづい! あぢいいいい! 頼む、やめてくれ、頼むから!」
逃げようとするテイラーの胸ぐらを掴み、椅子に押しつける。ジュウという音と共にタンパク質の焼ける臭いが辺りに漂った。
「ぎゃあああッ! ぎゃあ、あづい、あづいいいいいッ!」
「カシム・ナギーブの居場所は」
「しっ、し、しらない、しらねえええ!」
「これで最後だ。居場所を言え」
「あ、ぎッ、ああ――」
大量の汗をかき、歯をガチガチと言わせながら、テイラーは逡巡するように視線を泳がせ、そして――。
「ウ、ウッ、ウターリド・エリアの地下クラブ……アズラク41……」
「間違いないか」
「一度だけ、行ったことがある……ほ、ほんとだ」
テイラーの目からは、理性が消えていた。
「……よし」
ヤオはテイラーの胸ぐらから手を放し、ゆっくりと後退していく。
「た、たすか――ッタ」
逃げようとしたテイラーだったが、脳天に鉛玉を打ち込まれ、椅子に座ったまま絶命した。




