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パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
THE HELL
15/86

THREE-RING CIRCUS#5 /1

この話は残虐表現があるので注意してください。

 悪趣味――そう形容するほかない。

 じめじめとした地下室に、ローラーの回転する音と少女の叫声が響く。拷問台に横たえられた赤毛の少女は、両手と両脚を台に固定され、ゆっくりと体を引き伸ばされていた。

「どうした、魔法を使え! 死にたいのか!」

 ロジャー・テイラーは目を血走らせ、少女に野次を飛ばしている。ぶよぶよの手が握り込んでいるのはローラーを制御するためのスイッチだ。

「ほれ、背骨が引っこ抜けてもしらんぞ」

「ギ、あ、あガッ」

 ミシミシという嫌な音と共に少女の体が引き延ばされていく。もはや叫び声をあげることもできないのか、大きく開かれた口からは擦過音が漏れるばかりだ。

 ――オークション会場を後にしてから、すでに二時間ほどが経過している。

 テイラーの私邸はジェスル島の北西、ルールータウンの一角にあった。マクラン・ハリージュから車で約二十分ほどの距離にある高級住宅街だ。

 オークションで競り落とした少女たちは〝梱包〟時に問題が発生したらしく、到着が遅れていた。そのせいでヤオはテイラー自慢のコレクションルームへと連れて行かれ、アートの蘊蓄(うんちく)を延々と聞かされる羽目になった。

 商品が到着したのは、おおよそ一時間後。

 黒服からの報告を受けたテイラーは、興奮しながらヤオを地下へと案内した。

 隠し扉の先にあったのは、中世ヨーロッパからそのまま持って来たかのような〝拷問部屋〟だった。針の椅子、ガロット、ファラリスの雄牛、鉄の処女――博物館でしかお目にかかれないような処刑器具がずらりと並び、壁には血のついたペンチや(むち)がかかっている。石造りの天井や壁はわざわざ(かび)の加工がされているという徹底ぶりだ。床も赤黒く染まっているが、これは加工ではなく本物の汚れだろう。

 先に〝搬入〟されていた魔女達は、身を寄せ合って震えていた。

 テイラーに指名された金髪の少女は、部屋中央まで引きずられると、ヘルメット状の器具を頭に装着された。そのまま十五分かけて頭部を締め上げられ、最後まで魔法を発露しないまま頭蓋骨を粉砕されて死亡した。

 今、台の上で体を引き延ばされているのは二人目の魔女だ。膝関節の皮膚と筋組織が千切れ、骨が脱臼しかかっているが、魔法に目覚める(きざ)しは一切ない。

「ふん、つまらんな」

 吐き捨て、テイラーはボタンを強く押し込んだ。

 ローラーの回転する音と共に少女の体が引き延ばされていく。腹が割けたのか、仕立てのいいワンピースにはみるみる血が滲み、しばらくして少女は泡を吹いたまま動かなくなった。

「次だ、次!」

 黒服達が三人目を引きずってくる。オークション会場で魔法を発露した黒髪の少女だ。

(ん……?)

 男達に運ばれているのは、確かに長い黒髪と青い瞳を持った少女だ。だが会場にいた少女とは顔が違うし、そもそも年齢すら異なっている。会場の少女が十三、四歳ほどだったのに対して、納品された少女は十六、七歳ほどの見た目だ。

(……なるほどな、だから遅れたのか)

 おそらく、少女を〝梱包〟する際に魔法で抵抗され、誤って殺してしまったのだろう。困り果てたスタッフ達は容姿が近い少女に同じ服を着せ、代替品として搬送したのだ。

 十万アトルもはたいて偽物を掴まされたテイラーに幾分か同情心が湧いたが、本人は全く気づいていないようなので、ヤオは敢えて黙っておいた。

(チャン)くん、随分と待たせてしまったな。君に本物の魔女狩りを見せてやろう」

 テイラーは上機嫌でヤオの肩を抱いた。指の骨を折ってやりたかったがどうにか耐えた。

 黒髪の少女が無理矢理座らせられたのは、審問椅子と呼ばれる、全面に棘の生えた鉄製の椅子だ。首を固定する部分にはハンドルのついたボルトが取り付けられており、ガロットとしての役割も果たしているようだった。

「ぁ、がっ……」

 金具が音を立てて少女の首を締め上げていく。足や腕、胸元などの拘束具も連動して動いているのか、全身からミシミシと嫌な音がしていた。

「ほれ、魔法だ! さっき使ったみたいにやってみろ!」

 テイラーはワインをラッパ飲みしながら、少女の周りを行ったり来たりして煽っていた。一定の距離までしか近づかないのは、魔法使いである少女を恐れているからだろう。――実際には、少女は魔法使いではないが。

「まだ足りないか? では、これならどうだ」

 顎で指示を出され、黒服達は審問椅子の背もたれ部分を操作する。

 しばらくすると、部屋の中にタンパク質の焦げる嫌な臭いが漂い始めた。少女の右腕から煙が出ているのが分かる。

heiß(ハイセ)NINE(ナイン)……heiß(ハイセ)!」

「やはり魔女は(あぶ)るに限るな! 次は左腕だぞ、黒焦げになる前に逃げた方が賢明じゃないのか」

 下卑た笑い声と、痛々しい叫声が響き渡る。気づけば少女の左腕からも煙が立ち上っていた。

(クソッ、いつまでこの茶番に付き合わされればいいんだ)

 見ず知らずの少女がどうなろうが知ったことではない――はずなのに、ヤオは得体の知れない不快感に(さいな)まれていた。黒髪の少女が拷問されている様子にも、それどころか黒髪の少女そのものにも、謎の苛立ちを覚えている。

 贅肉を揺らして喚き散らすテイラーの姿も見るに堪えない。

 そもそも潔癖症かつ虫嫌いのヤオにとっては、この拷問部屋そのものが苦痛だった。

「……すみません、ミスター・テイラー。ちょっと、気分が悪くなってしまって」

 ヤオはいかにも具合が悪そうな顔をして、テイラーに顔を寄せた。

「少し、外の空気を吸いに行っても? すぐ戻りますので」

「なんだ、この程度で音をあげたのか。そんな体たらくではノレを超えるなど夢のまた夢だぞ」

「僕にはまだ早い世界だったようです。面目ない」

「まったく、これだから若いのは駄目なんだ。……おい、お前。(チャン)くんを外へ案内してやれ」

 黒服の一人が短く返事をし、ヤオを一階へと案内する。

 テイラーの笑い声と少女の絶叫は、階段を上がってもしばらく聞こえていた。

「先にトイレをお借りしても?」

「もちろん、こちらです」

 黒服について歩きながら、屋敷の中を観察する。構造を把握しておけばいざというときに役立つからだ。

 警備の人間はおそらく十人ほど。小間使いをさせられている黒服も含めれば二十人ほどか。素手で相手をするにはいささか面倒な数である。

「どうぞ。私は外で待機していますので」

「ありがとうございます」

 トイレへと案内され、ヤオは愛想良く礼を言って中へと入った。

 洗面台とトイレの奥にガラス張りのシャワールームがある。あまり使われている形跡がないので、客人用なのだろう。

 ふと、鏡に映った自分を見る。

 地下での茶番がよほど不愉快だったのか、眉間に皺が寄り、張海彬(チャンハイビン)の仮面が剥がれかけていた。

(割に合わない仕事だな……)

 内心で愚痴を吐き、笑顔を作り直して扉を開ける。黒服は壁にもたれ掛かって退屈そうにしていた。

「どうかなさいましたか」

「僕の勘違いであればいいんですけど、ちょっと変なものがあって……見てもらえませんか?」

「変なもの?」

「ええ。何かの機械のような」

 黒服は困惑しながらトイレの中に入ってきた。

「どこですか」

「便器の裏です。その、影になっているところ」

 便器の周囲をさっと確認し、黒服はかぶりを振る。

「……見当たらないようですが」

「そんなはずは……。ほら、そこです。その影のところ」

 黒服の背に手を置き、ヤオは一生懸命に便器の裏を指さした。

「影のところ……? あ、がッ」

 刹那、ヤオは黒服の首に腕を回し、頸動脈を締めて気絶させた。

 ぐったりと動かなくなった黒服を床に横たえ、胸のホルスターから銃――ワルサーの9mmオートを抜き取る。チャンバーをチェックしてからベルトと腰の隙間に差し込み、予備のマガジンも一つ拝借してトイレを後にした。

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