THREE-RING CIRCUS#1
「***********!」
スーツを着た男は何かを叫び、袋に入ったパンを床へとばらまいた。
部屋には十五人程の少女がいるが、誰一人としてパンを拾おうとはしない。全員壁際で膝を抱え、男がいなくなるのをじっと待っている。
その中にはアンドレアの姿もあった。
シュネーシュメルツェ孤児院で見知らぬ男達に拉致されてからおおよそ一週間。トラックから巨大な箱のようなものに移される際、友人達とは離ればなれになってしまい、その後どうなったのかは分からない。唯一、親友のリタだけは同じ部屋に入れられたものの、三日前どこかに連れて行かれたきり戻ってこなかった。
ここがどこなのか全く見当がつかない。トイレやバスルームがあり、照明も設置されているが、窓はなく、扉には鍵がかかっている。
集められている少女達は半分がオーストリア、もう半分がリヒテンシュタインの出身で、話を聞く限り全員が孤児だという。住んでいたところが突然襲撃され、ここに連れてこられたというのも全員に共通することだった。
最年少は十歳、最年長者は十六歳のアンドレアだ。
みな恐怖に怯え、絶望している。連れてこられた直後は情報交換をし、逃げる手段についても話し合いもしたが、一人、また一人と連れて行かれるのを見て希望をなくしてしまった。
今となっては、ほとんどの少女が考えることをやめ、命を繋ぐだけの日々を送っている。
「******、**********!」
スーツの男はばらまいたパンのうち一つを拾うと、ラウラという少女に向かって放り投げた。辛うじて「EAT」という単語は聞き取れたので、おそらく食えと言っているのだろう。
一方、ラウラはパンをぶつけられても男へ視線を向けず、それどころか額を膝に押しつけてうずくまっている。それがささやかな反抗なのか、それとも男に反応する気力すらないのかは判断がつかない。
「*******!」
男は突然激昂し、ラウラの髪を乱暴に掴みあげた。
ラウラはぎゅっと目をつぶり、男からの理不尽な怒りに必死で耐える。
それが余計に気にくわなかったのか、男はラウラを床に転がすと、腹に容赦のない蹴りを食らわせた。
「ひっ……!」
「ラウラちゃん!」
他の少女達が顔面蒼白で身を竦ませる。
「******! ***!」
男はなおも英語で喚き散らしながら、ラウラの胴体を執拗に蹴った。ラウラは歯を食いしばって必死に耐えているが、蹴られる度に口からうめき声が漏れている。
「*****!」
「――ラウラ!」
男が一際大きく足を振り上げた瞬間、アンドレアは無意識のうちにラウラへと覆い被さっていた。
「あ、うっ……」
脇腹の辺りを踏みつけられ、嫌な汗が全身から吹き出す。
男はますます興奮し、今度はアンドレアを蹴ろうとした。だが他の少女達が男の足にしがみついたため、その爪先がアンドレアの腹に叩き込まれることはなかった。
壁際で震えていた少女達が次々にラウラとアンドレアの元に駆け寄ってくる。怒りと恨みのこもった暗い目を向けられ、男はさすがに尻込みをしたようだった。
「***」
忌々しげに何かを呟き、男は床のパンを蹴散らしながら部屋の外へと出て行く。静まりかえった部屋に施錠の音だけが無慈悲に響いた。
「……ラウラ、大丈夫?」
アンドレアは身を起こし、うずくまっているラウラにそっと手を添える。
ラウラは顔を覆っていた腕を少しだけずらし、アンドレアを見た。形の良い目からは大粒の涙がこぼれていた。
「怖かったよね。もう、大丈夫だよ」
ズッと鼻を啜る音。
ラウラは再び腕で顔を隠すと、大声をあげて泣き始めた。
(いつまで、こんなことが続くの。私達が何をしたの)
ラウラの背をさすりながら、アンドレアは何度も生唾を飲み込んで涙を堪える。最年長の自分がここで泣いては、みんなが余計に不安がってしまうからだ。
いや、もうそんなことを気にしている段階はとうに過ぎたのかもしれない。
泣こうが泣くまいが、不安と恐怖から逃れることはできない。いつ連れて行かれるのかも、連れて行かれた後にどうなるのかも分からないままだ。
それでも、アンドレアは諦めたくなかった。
ここを出る。そして、リタを探しに行く。
生きることを諦めたら、死んだ両親とシスターに合わせる顔がない。
「……これ、食べよ」
みなが嗚咽を漏らしている中、リリーという名の少女が床に散らばったパンを拾い始めた。
「お腹が減ってたらいざってときに動けない。もしかしたら明日……いや、一時間後にも、逃げ出すチャンスがくるかもしれないんだし」
無表情にそう口にして、集め終わったパンを全員に配る。リリーは男に踏まれて潰れてしまったパンを自分の分として残し、壁際に座ってそれをガツガツと食べ始めた。
他の少女達も互いに顔を見合わせ、袋を開けてパンを口にする。泣きじゃくっていたラウラすら、どうにか身を起こしてパンを手に取った。
(リリーの言うとおりだ。いざって時のために備えないと)
アンドレアも袋を開け、パンに齧り付く。孤児院で食べていた焼きたてのパンとは比べものにならないほど不味いが、今はこれを食べて命を繋ぐしかないのだ。
(待ってて、リタ。絶対助けに行くから)
閉じられた扉を睨みながら、アンドレアはパンを口に押し込む。
空色の瞳には、生きる事への並々ならぬ執念と、自分たちをこんな目に遭わせた者達への強い怒りが滲んでいた。




