表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パンドラ-collapse-  作者: 兼明叶多
THE HELL
1/86

FALLING /1

「では、プリンシパル様に食前の祈りを捧げましょう」

 シスターに促され、少女達は一斉に両手を組み、目を(つむ)った。

 テーブルにはパンにスープ、マッシュポテトに果物が並んでいる。質素ではあるが、美味しそうな食事だ。

「プリンシパル様。あなたのご慈悲と深い愛に感謝して、この食事をいただきます。今日(こんにち)、食べ物に事欠く人々にも、どうか救いの手をお与えください」

 シスターの祈りに続いて、少女達の祈りの言葉が食堂に響く。

「――どうか救いの手をお与えください」

「よろしい。では、いただきましょう」

「いただきます!」

 育ち盛りの少女達にとって温かな食事は何にも代えがたい楽しみだ。みな、一斉にパンへと手を伸ばし、リスのように口いっぱいに頬張る。

 アンドレア・アーベルも、そのうちの一人だった。

 アンドレアは五歳の頃に両親を失い、このシュネーシュメルツェ孤児院に入った。住んでいたナッセライトから随分と離れたオーバーエスターライヒ地方にある孤児院だったが、シスターや友人達が温かく迎え入れてくれたため、アンドレアはすぐにこの孤児院のことを好きになった。

 両親が何故死んだのかはよく分からない。

 殺されたということは分かる。優しかった村の人達が突然恐ろしい顔になり、アンドレアの両親を暴行した。村人達は両親だけでなくアンドレアも殺そうとしたが、アンドレアは隙をついて森の中へと逃げ込み、二度と村へ戻らなかった。森を彷徨(さまよ)っているうちに疲れ切って気を失い、目覚めたときには、シュネーシュメルツェ孤児院のベッドに横たわっていた。孤児院に集まる少女らが、みな同じような目に遭っているということは後から知った。

 両親が死んだという事実を何度思い返しても、悲しいという感情はさほど湧き起こらなかった。両親のことを愛していただけにアンドレアは酷く思い悩んだが、シスターから「心の防衛反応」の話を聞き、幾分か納得した。孤児院の友人らも、悲劇を他人事として扱うことで、己の心を守っているようだった。

 だが、疑問は残る。

 人々を狂気に駆り立てたあれは、一体何だったのだろう。

 悪魔憑き? あるいは病の一種?

 考えても答えはでない。シスターは教えてくれないし、友人らも首を横に振るばかりだ。

 時折、アンドレアは「村の人達が悪魔に取り憑かれたのではなく、私達こそが異端なのかも」と思うことがある。

 学院長(プリンシパル)――この孤児院では、イエスでもマリアでもなく、謎の存在に祈りを捧げる。

 礼拝堂にある像は聖母マリアによく似ているが、顔がベールで隠された意匠(デザイン)になっていて、うっすらを笑みを(たた)えていることしか分からない。

 初めてプリンシパル像見たとき、恐れすら感じた。自分は神にさえも見放されたのだと思ったからだ。

 けれど、今となっては、そのふんわりとした笑みに懐かしさすら覚えて――。

「アンドレア、どうかしましたか? 手が止まっているようだけど」

「えっ……」

 シスターと友人達が心配そうな視線を向けてくる。

 アンドレアはスプーンの先をスープに入れたまま、動きを止めていた。

「ごめんなさい。考え事を……」

「体調が優れないのですか?」

「そういうわけではないんです。心配をかけてすみません、シスター」

「いらないんなら、これ貰っちゃお!」

 横から伸びてきた手が、葡萄(ぶどう)を一粒奪っていく。

「ちょっと、リタ!」

「早く食べないと、なくなっちゃうよー?」

 隣に座るリタが、手を開閉させながら悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 アンドレアは慌ててパンを口の中に押し込むも、喉を詰まらせてぴたりと動きを止めた。

「ちょっとアンディ、大丈夫!? 水飲んで、水!」

 詰まったパンを水で流し込み事なきを得る。

「リタ、そうやって急かすのはやめなさい」

「ごめんなさい、シスター」

「それに、そうやって悪戯をするから……ほら」

「えっ? ……あ!」

 リタの隣に座っていた小さな女の子が、リタの葡萄(ぶどう)を一粒奪って口に入れる。

「こら、アンナ! それあたしのぶどう!」

「もうアンナのだもん」

 やり返されて慌てているリタの姿がおかしくて、食堂には朗らかな笑いが起こった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ