5話 壁
「はー……ここも大分変わったもんだなー」
俺が修行していた山から降りて数キロほど歩いたところにある最寄りの街に到着する。
確か、街の名前は『ルカリア』だった気がする。
二十年前、山ごもりの修行を始まる前に立ち寄っただかだから記憶もおぼろげだけどな。
ただ、少なくとも街の周囲をぐるりとおおい囲む石製の壁は、当時存在しなかったのは覚えている。
俺は何回かその壁をこんこんとノックする。
見た目は石製の壁だけど、触ってみるとなんだか不思議な力が流れているように感じた。
でも、これくらいなら……。
「……うん、斬れるな」
硬さは普通の石よりも硬いかもしれないけど、この程度なら何の問題もなく斬ることができそうだ。
「っと、いけないいけない。また悪い癖が出てしまった」
山ごもりの修行のせいか、つい初めての物を見ると斬れるか斬れないかで物事を判断する癖がついてしまった。
厳しい環境下だった授業中ならまだしも、これからは普通に暮らす予定なんだから、この癖は治していかないとなぁ……。
「おーい、そこのおじさん。そこで何やってるんだ?」
壁を眺めていると、遠くの方から若い男性に声をかけられる。
おじさん……おじさんかぁ……。
そうだよな、世間一般的にみて三十五歳は十分おじさんだよな……。
分かっていたことだけど、ちょっと傷ついてしまう。
「おい、聞いてるのか? 見たところ、街の住人でも無さそうだけど」
「ああ、すまない。ちょっと現実に打ちのめされていただけだ。ところで君はこの街の守衛かな?」
若い男性の装備を見ると、革製の胸当てと帽子。
それに、武器として槍を携えている。
簡単な武装だけど、片田舎の守衛ならこれくらいの装備でも十分だろう。
街の周りをうろついていた俺のことを不審に思って声をかけたってところだろうか?
それにしても、周囲に人影もなかったのに、この守衛はよく俺がここにいるって分かったな。
「そうだ。センサーに触った者がいたからすぐに駆けつけたんだよ」
「せんさー?」
聞き慣れない言葉だな。
「おじさん、さっき外壁に触っただろ? 壁内に流れる魔力がそれを察知して侵入者や不審者が近くにいることを守衛室に知らせる仕組みなんだが……」
「へー、便利なもんだ」
つまり、俺が何の気なしに壁に触ったから、こうして守衛が飛んできたってことか。
「おいおい、『魔力壁』なんて今や常識だろ? どれだけ田舎の出だよ」
「あははは……」
全く聞いたことありません。
魔力って言葉から連想するに、この『魔力壁』も魔法の技術を応用したものなんだろう。
それと、さっき壁を触った時に感じた違和感は、この壁内に魔力が流れていたからか。
俺が山にこもる前は、壁に防犯目的で魔力を流すなんて発想は無かったはずだ。
この二十年で、魔法の技術はどれだけ発展したんだろう……。
「ちなみに、その『魔法壁』ってのはセンサー以外に何か出来ないのか?」
「こんな片田舎の壁だと精々それくらいだけど、王都みたいな大都市の壁は凄いらしいぞ。そもそもが堅牢な上、自動修復機能に、攻撃してきた敵への迎撃機能まであるって聞いたことある」
どうやら『魔法壁』ってのは街によって性能が違うらしい。
魔法で強化された壁かぁ……試しに斬ってみたいなぁ。
「って、よく見りゃおじさん、服がボロボロじゃないか。装備もその古そうな剣しか無さそうだし」
「えっ、ああ、これは……」
「いや、何も言うな!! うん、そういうことなら分かった。とりあえず守衛室まで来てもらえるか?」
そう言うなり、守衛が俺の手を引き、守衛室まで引っ張っていく。
……何か勘違いされている気がするぞ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、俺が昔来ていたお古だけど、ぴったりじゃないか」
守衛室に連れられると、守衛が来ている服と同じモノを渡され、それに着替えるよう指示される。
「えっと、これは……」
「おっさんにその服やるよ。大方、盗賊にでも身ぐるみ剥がされたんだろ? 最近この辺で厄介な盗賊団が居座ってるらしいしな」
俺のボロボロな身なりを見て、守衛はどうやら、俺が盗賊に襲われたと勘違いしているようだ。
「いや、俺は別に盗賊に襲われた訳じゃ……」
「いい、いい。皆まで言うな。同じ男として誇りがある気持ちがあるのもよく分かる。襲われたなんて軽々しく言えないよな! これ以上は何も聞かないから、おっさんも何も言わずにこの服をもらってくれ!」
本当に違うんだが……。
守衛の勘違いは止まらないようだ。
だけど、服がボロボロだったのも事実なわけで、こうして服を頂けるのは正直凄く助かる。
今回は守衛の好意に甘えさせてもらおう。
「そうか、それならありがたくこの服はいただくよ。今は手持ちがないから、いつかお礼は改めて受け取ってくれ」
「ははは、まあ期待せずに待ってるよ……っと、また来客だ」
「来客って……なんで分かるんだ?」
今、俺たちがいる守衛室は正門の横にある。
部屋には小さい小窓がひとつ着いているけど、そこからは人影が見えないのに。
「ほら、そこの壁に三つのランプが着いてるだろ? 青いランプが点灯すると魔法壁の近くに人がいるって知らせてくれるんだ」
守衛が指差す方を見ると、ランプが青く光っている。
なるほど、だから守衛室にいながら人の接近に気づけるのか。
『魔法壁』ってのは本当に便利なもんだなー。
「ちなみに壁に触れる奴がいると黄色いランプが光って、壁に攻撃する奴がいると赤いランプが点灯して警報音が鳴り響くから、間違ってもその腰にある剣で壁に斬りかかったりしないでくれよ!」
「……イヤダナ、ソンナコトシナイヨ」
試しに斬ろうとしないで本当に良かった。
見ず知らずのアラフォーのおじさん相手でも、こんなに優しくしてくれる青年に迷惑をかけるところだったな。
「まあそんな骨董品じゃ魔法壁は斬れないだろうけどな! ハハハ! 俺は様子を見に出てくけど、おっさんはここでゆっくりしててくれ」
そう笑いながら守衛は来客の応対をするために守衛室を出ていく。
骨董品か……。
確かに、腰につけているこの剣は、人によっては骨董品に見えるかもしれないけど、俺にとっては二十年来の相棒だ。
長年の修行の成果によって剣の極地に至った俺は、こいつがあればなんでもできる。
守衛には服をもらった借りもあるし、仕事の手伝いでもしようかな。
もし、来客が盗賊のような招かざる客だったら、力になれるだろう。
俺は守衛の後に続くように守衛室の外に出ることした。




