最終話 旅立
「雨か……」
道場から出ると、いつの間にか大雨が降っていた。
そういえば、師匠と決闘を始める前に、天井から雨音がしていたっけな。
……今日は俺の師匠の旅立ちの日だ。
こんな日に、こんな天気は似合わないよな。
俺は腰に携えた剣を鞘からゆっくりと抜き、中段の構えをとる。
……師匠、見ていてください。
これが、俺からの手向けの一太刀です。
「奥義……『零ノ剣』」
これが、俺が二十年山にこもってたどり着いた剣の極地。
外から見たら、ただの素振りにしか見えない一振りは、その剣圧で空を裂いて、雲を割る。
空を切り裂くほどの剣技……これが『零ノ剣』。
防御不可のその一振りは、文字通り何でも斬ることができる。
見た目はちょっと地味かもしれないけどね。
「よし、晴れたな」
剣技の余波で空は晴天に変わった。
雨雲一つない、清々しい天気になった……はずなのにな。
「あー、くそっ……雨粒ひとつ、切り損ねたか」
頬に一粒の雫が流れ落ちる。
俺もまだまだ修行が足りないな。
「今まで、ありがとうございました」
道場の方へ振り返り、最後に深く頭を下げる。
あなたのおかげで、俺は剣の道を追い求めることができました。
師匠……お疲れ様です。
後は俺に任せて、ゆっくり休んでください。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お疲れ様、ライカ」
「いえ、こちらこそ色々とありがとうございました!」
師匠が亡くなって早三日。
つい先ほど、師匠の葬儀が終わったところだ。
師匠の親族はライカしかいなかったため、ライカが喪主として色々と式の手続きに奔走していた。
俺も師匠の弟子として、できる限りの手伝いをしようと思ったけど、ほとんどライカが先導してやってくれたおかげで俺の出番はほとんどなかった。
正直、お礼を言われるほど何かをしていないんだよなぁ……。
山に二十年もこもっていたせいで、こういう一般常識が欠けてるのが目下の悩みだ。
「シナイさんのおかげで父も最後は満足そうでした」
「……そう言ってくれたなら、少しは気が楽になるよ」
師匠も納得した上での決闘だったとはいえ、俺との決闘が結果的に師匠の寿命を縮めたのは事実だ。
実の娘であるライカに恨まれたって仕方ないとは思っていたけど、どうやらライカは気にしたいないようだった。
「それで、シナイさんはこれからどうする予定ですか?」
「そうだなー……とりあえず、ギルドから渡された依頼でもこなした後、王都で部屋でも借りようかな」
師匠が亡くなったから、この家にはライカが一人で住むことになる。
いくら弟子とはいえ、若い女性が一人暮らししている家に居候させてもらう訳にもいかないし、近いうちにこの家は出させてもらおう。
「……別に無理に出ていかなくてもいいのに……」
「そういうわけにもいかないでしょ」
俺にその気がないとはいえ、世間体も気にするし、万が一にでも間違いがあったら天国の師匠に顔向けができなくなる。
幸いなことに、バグや盗賊団の討伐金で当分、金の工面には困らない程度の貯蓄はあるし、住むところもすぐ見つかるだろ。
「それで、ギルドから頼まれた依頼ってのはどんな内容なんですか?」
「実は俺もまだみていなかったんだよな。……どれどれ」
師匠の葬儀には冒険者ギルドの方々もきていた。
この依頼者は、その際にギルドマスターから直々の依頼だと手渡されたものだ。
あのギルドマスターのことだから、ろくな依頼じゃない気がするけど……
「これは……その……、控えめに言ってヤバいですね……」
やっぱりろくでもない依頼だったよちくしょう。
一緒に依頼内容をみたライカもドン引きしてるし。
ギルドから依頼されたクエストは『『バグ』モンスターの討伐依頼』だった。
ただの『バグ』だったらまだ大したことないけど、問題はその量だ。
「『バグ』モンスターの討伐が五体ですか……。しかもバグの所在地が大陸の端から端まで散らばっていますし。多分、移動だけで一年以上かかるんじゃ……」
ふざけんな、あの魔女がぁぁぁ!!
俺に休みなく働けってか!?
少なくとも駆け出し冒険者がする依頼じゃないだろ!!
……ああ、いいよ、やってやろうじゃねぇか。
一年と言わず、半年以内にこのクエストを片付けて、あのギルドマスターに依頼達成書を叩きつけてやるよ!
それに、二十年も山にこもっていたから、国々を回るのは少しだけ楽しみだしな。
「さて、それじゃあ早速行こうかな……ライカは」
「勿論、すぐに準備をしてきます!!」
ライカも俺のクエストについてくるか確認しようとしたら、全てを言い切る前に旅の準備に走っていってしまった。
ライカの中で俺についてくるのは確定事項だったのね。
まあ、師匠にも頼まれたし、責任をもって面倒みますか!
それに、頼まれたクエストを面倒と思う反面、ワクワクしている自分もいる。
なぜなら、これから俺は未知の強敵と戦うからだ。
きっと、想像もつかない攻撃や能力が敵にあるに違いない。
そんな相手に自分の剣をふるえるのを楽しみに感じるのは仕方ないだろう。
結局俺も、師匠と同じで死ぬまで剣に取り憑かれていくんだろうな。
「……さて、俺も準備しようかな!」
準備といっても、荷物の準備じゃないけどね。
これは心の準備だ。
二十年の修行を経て、俺は剣の極地に到達した。
だから、これから身につける技術や知識、能力は剣の新しい可能性を開拓する道になる。
どこかで挫折するかもしれない。
道がそれたり、行き止まりが続くかもしれない。
それでも、俺は剣の可能性を信じて突き進む。
それが、剣の極地に辿り着いた責任であり、後から続く剣士の道標になれれば本望だ。
まあ、後から続く剣士にも負けるつもりはないけどな!!
「さて、それじゃあ一丁がんばりますか!!」
俺は抜剣し、空に向かって剣を高く掲げる。
俺の修行はこれからも続いていくんだ!!
これまで自作の『剣の極地に至る者 〜山で二十年修行したアラフォー剣士は、魔法世界で無双する〜』をお読みいただきましてありがとうございました。
まだ続けていく構想はあったのですが、ここで一旦話を結ばせていただきます。
途中、更新期間が伸びてしまったりして本当に申し訳ありませんでした。
また、本日から新しく『追放された呪咀士は同じ境遇の仲間を集めて成り上がります〜追放仲間にデバフをかけたらなぜか最強になりました〜』の投稿を始めましたので、お読みいただいた上でブクマや評価等していただけると創作の励みになりますのでよろしくお願いします!
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