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47話 終

 

「風魔法『暴風剣(テンペスト)』!」


 師匠が魔法を唱えると、『風ノ刃(ウインブレード)』を中心に巨大な竜巻が発生する。


 ……これが師匠の奥の手か。


「……すっげぇ、すね」


「だろ。剣とは似ても似つかないから本当は使いたくなかったけど、お前相手に出し惜しみしてられないからな」


 竜巻は風を掻き回しながら、師匠の周りの床や壁、天井を傷つけていく。

 発生する風のひとつひとつがまるで鋭い刃だな。


 師匠の言う通り、これは剣というより、最早一つの災害に近い。

 だけど、これも師匠が長年かけて習得した技のひとつ。

 ズルでも卑怯とも思わないし、思うはずもない。


「これは魔力の消費も激しいからな。発動して早々に悪いが、決着をつけさせてもらうぞ」


 魔法のことはよく分からないけど、これだけ大規模な魔法だと、維持するのもキツイんだろう。


 ……さて、俺はどうするか。


 回避は……可能。

 防御も、多分できる。


 守りに入りながら時間を稼いで師匠の魔力切れを狙うのが一番賢い戦い方だろうな。


 だけど、俺と師匠の決着がそれじゃあつまらない。


 つまり、俺に残った選択肢はひとつ!

 正面突破で打ち負かしてやる!!


「剣技……『渦真斬(うずまき)』!!」


 剣の握りの部分を高速で回転させる。


「……なんだよ、それ」


 師匠が呆れたような、驚いたような声をもらす。


 その回転は風を纏い、そして次第に刃の部分に竜巻が作り出されていく。


 その竜巻はまるで師匠が魔法で作った『暴風剣(テンペスト)』に瓜二つだ。


「俺は剣があればなんでも斬れるし、なんでもできます。つまり、剣で竜巻を作るのも可能です」


「本当に無茶苦茶な奴だな。魔法より魔法らしいことを剣でやるんじゃないよ……」


「俺からしたら魔法を使える方がすごいですけどね」


 これは嫌味でもなんでもなく、俺の純粋な気持ちだ。

 魔法とかこの先修行してもできる気が全然しない。


 むしろ剣を使って、魔法を再現する努力をする方が簡単だと思ってしまう。


「さて、それじゃあ……決着(けり)つけましょうか!」


 俺の『渦巻斬』はただの剣技だから、魔力切れもないし、竜巻の勢いが落ちてきても、もう一回剣を回転させれば勢いを復活させることもできる。

 だから、実質時間制限なく技を維持できる。


 だけど、師匠の『暴風剣』は魔法だから、魔力を消耗し続けるから、威力を維持をするのにも時間制限がある。


 どうせなら、全力の師匠の技を、最高のコンディションで打ち負かしたいからな。


 だから、これで最後。

 師匠との楽しい決闘はもっと続けたいけど……楽しいものには終わりがつきものだ。


 この一撃で全部終わらせよう。


「いきますよ、ダメ師匠!」

「応! こいよ、バカ弟子!!」


 互いに駆け出し、そして二つの刃が合わさる。

 その瞬間、道場内に強風が吹き荒れ、道場内の天井や床のいたるところが風圧で破壊されていく。


 二人のうち、一人がその衝撃に耐えられず吹き飛ばされ、そのまま後方の壁に打ち付けられる。

 その場に立ち尽くしたもう一人は、これで勝利を確信し、手にしていた剣を鞘に納める。


「くっ……そっ、が。やっぱ、こうなった……か」


「俺の勝ちでいいですね、師匠」


「……はっ、今ので魔力も体力も切れちまった。……俺の負けだ」


 衝突に耐えきれずに飛ばされた師匠は敗北を宣言する。

 これで、この決闘は俺の勝ちが確定した。


「あー、くそっ……もうちょっとやれると思ったんだけどなぁ。どんだけ強くなってるんだよ、このバカ弟子が」


「伊達に二十年も山にこもって修行してないですからね。師匠も想像やりはるかに強かったですよ」


「けっ! ろくに一太刀も浴びせられなかったのに、強いって言われても嫌味にしか聞こえんわ」


 師匠の言う通り、俺は師匠の剣を一撃もくらっていない。

 結果だけ見たら俺の圧勝でこの決闘は終わったんだろう。


 ……だけど


「ほら、見てください。今の衝突で俺の頬に切り傷ができましたよ。一太刀とは言わなくても、一矢くらいは報いてますよ」


 師匠の魔法と俺の剣技がぶつかった衝撃で、風の刃が俺の頬をかすった。

 この傷はその時にできたものだ。


「……煽ってるのか? これだけ色々やって、そんなかすり傷一つつけただけなんて、逆に惨めなだけだろ」


「そんな事ありません。だって、俺が山を降りてから色々な敵と戦いましたけど、傷を負ったのは師匠が初めてですよ」


 山を降りてから、まだそれほどの期間は経っていないけど、それなりの場数は踏んできた。


 魔物の群れにゴールド級の冒険者パーティー、そして盗賊団や『バグ』と呼ばれる魔物の特殊個体。


 その全ての戦闘で俺は無傷で勝利してきた。


 そんな俺が初めて傷をつけられたのが、片腕がなく、余命も残りわずかの男……そんな師匠が弱いはすがないだろう。


「そうか……俺がシナイに初めて傷をつけた男か……。はははっ、そりゃぁ……いいなぁ……」


 師匠の言葉が少しずつ、途切れ途切れになっていく。


 師匠の余命は、本当に残りわずかだった。

 だけど、今回の師匠の動きは、そんな今際の際の人間が動くレベルを遥かに超えていた。


 体力も魔力も筋力も、全盛期には程遠い師匠がこれほどの動きをする方法はただひとつ……自身の残り少ない命を燃やして戦ったんだろう。


 その代償は大きい。

 多分師匠はもう……そう永くないだろう。


「それ……なら、俺から、シナイに……最後の命令だ。お前は……負けるな。勝ち、続けろ!!」


「っ……はい!!」


 俺が勝ち続けていくことで、師匠の強さも証明し続けることができる。

 それがこの人の弟子としてできる、最後の孝行だろう。


「あー、楽しかったなぁー……」

「そうですね。俺も楽しかったですよ」


 師匠との決闘は本当に楽しかった。


「強く、なりすぎだろ、お前」

「死ぬほど修行を頑張りましたから」


 それに元々師匠から鍛えられてきたしね。


「ライカは……いるか?」

「ええ、すぐ呼びますよ」


 俺は離れて観戦していたライカを呼ぶ。


「父さん!」

「ライカ……最後まで、ワガママいって……すまなかった、な」


「もう、いいよ。私も、父さんとシナイさんの戦いを見せてもらえてよかった」


「そう、か……。父さん……は、どうだった?」


「強かった。……すごく、強かった!」


「ははっ、そうだろ? ……俺は、強い……だろ?」


 師匠はもう、声を発するのすら辛そうな上、目の焦点もあっていないようで、もう視力もほとんど残っていないようだ。


 俺は師匠と剣で十分語り合った。


 最後はライカと二人、親子水入らずの時間を過ごしてもらおう。


「……し、ない……」


「……はい」


 何も言わず去ろうとしたけど、どうやら気配を察知されたようで、名前を呼ばれる。


「……また、な、バカ弟子……」


「……っ!?」


 最後の別れの挨拶も師匠らしい。


 この先、何があっても……俺がどれだけ強くなっても、俺の師匠はこの人だけだ。


「またな、ダメ師匠」


 だから俺も師匠を見習って、いつも通りの別れの挨拶をする。


 俺と師匠の二人の顔には同じような笑が浮かんでいた。



 師匠、あなたは最高の剣士でしたよ。

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